駄文6 救出


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 通勤途中、妻から電話があった。

「えらいことやねん。トイレの戸ぉが開かんようになってん」

「10円玉を鍵にして開けてみ」

 しばらくすると、また電話がかかってきた。

「あかん。効果なしや」

「ほんなら、管理人さん呼びに行って、なんとかしてもらい」

 しばらくして、今度はこちらから電話する。

「戸ぉ、直ったか?」

「開くことは開いたんやけど、鍵がつぶれてて、勝手に閉ってしまうみたいやねん。鍵やさんには電話したんやけど、直しにくるまではなんかかましとくようにて、言うたはった」

「中からは開くんか?」

「中からも開かへんみたいや」

「一応念のため、コードレスの子機をトイレに入れとき」

 しばらくして、また電話がかかってきた。

「えらいことになってしもた」

「今度はなんやねん?」

「トイレの戸が開かへん」

「それはさっき聞いたがな。なんかかましとき、って言われたやろ」

「かましといたけど、外れてしもてん」

「ほんなら、また管理人さん呼びに行き」

「どうやって?」

「どうやってって。さっきみたいに1階に降りてや」

「降りられへん。て言うか、家から出られへん」

「……。つまり、あれか今トイレの中にいるんか?」

「うん」

「ほら、子機持っていっといてよかったやろ」

「子機持って入ったら、閉ったんや」

「とにかく、管理人さんに電話しぃ。電話してまた開けてもらうんや」

「玄関、鍵かけてある」

「ほんなら、管理人さん入られへんなぁ。わかった。今から帰るわ」

「今どこ?」

「会社まで、あと5分ぐらいのとこや」

「そんなとこから帰ってたら、2時間近うかかるがな。もっと早出たい」

「そう言われてもなぁ。……そや。うちの親に電話し、確か鍵渡してあるはずや。あそこからやったら、タクシー乗ったら、10分ほどやろ」

 しばらくして電話すると、話中。会社について、電話すると、話中。30分ほどして、やっと繋がる。

「どやった? 出られたか?」

「あのな、お姑さんに来てもろたんやけど、鍵の他にチェーンがかけてあってん」

「あれはチェーン違うやろ。チェーン言うんは鎖のことで、うちのあれは太い金属やねんから」

「ほんなら、なんて言うんや」

「さあ、なんて言うんかなぁ?」

「そやったら、チェーンでええやん」

「うん。まあ。チェーンでええ」

「お姑さんが管理人さん呼びに行って、『このチェーン切ってください』て言わはってんけど、うちのチェーンは鎖と違て太い金属やろ。簡単に切られへんねん」

「いや。チェーンは鎖やで」

「ほんで、お姑さんが『戸ぉごと取り外してください』て言わはるんやけど、『そんなことしたら、しばらく戸ぉなしで住まなあきまへんで、それはもう不便でっせ』て言わはるから、どうしたもんかと思てたら、『ほんなら隣の家のベランダ伝いに部屋に入りましょう』てことになってなぁ」

「どうせまた、窓の鍵も閉めてたんやろ」

「窓は開けっぱなしや」

「ほんなら、うまいこといったんや」

「いや。それが両隣とも今日に限って留守でなぁ。集まってきたみんながっかりや」

「みんなって誰やねん?」

「わたしの友達とか、近所の人とか」

「なんで知ってるねん?」

「わたしが電話したからや」

「ほんで、さっきからずっと話中やってんな」

「今。外、黒山の人だかりや」

「そら、おおごとになったもんやな」

「警察まで来てるで」

「そうか。警察まで来たか」

「窓から顔出したら、みんな『あっ。顔見えた』言うて大騒ぎや」

「一躍有名人やな」

「どうしよう?」

「何がや?」

「わたし、恥ずかしい」

「なんや。恥ずかしかったんか」

「あっ。来はったから、電話切るわ」

「えっ! 誰が来たんや?」

「うん。レスキュー隊の人や。梯子車2台も来てるらしいで」

 かくして、妻は救出された。


Copyright KOBAYASI Yasumi 1999


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