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汎用人工知能会話ソフト Heart

「二〇〇一年宇宙の旅」という映画がある。六〇年代に作られた映画だが、人類行く末を描く内容もさることながら、特撮レベルも非常に高く、現の在の映画と較べても見劣りしない。おそらくは二〇世紀の名作として、長く語り継れるだろう。たった一つ難点を言うとするなら、題名の中に年号がが入っていることだろうか。

 近未来 SF の宿命として、そこに描かれる未来像が短期間で古くなってしまうということがある。もちろん、それがそのまま作品自体が古びることには繋がらないのだが、やはりなんらかの価値が失われてしまうことは否めない。作品の舞台になる年号を明確にすると、さらにそれを強調してしまうことになる。

「一九八四年」という名作 SF があるのだが、今本屋で予備知識なくこの本を見かけても、題名だけでは SF だと想像がつかないだろう。ひょっとすると、歴史ノンフィクションの類かと思うかもしれない。それと同じく来年以降、「二〇〇一年宇宙の旅」という題名を見て、首を捻る若者たちが出てくるのかと思うと、一抹の寂しさを感じる。

 さて、現実の二〇〇一年がこの映画の中で語られる二〇〇一年とかなり違ったものになるはほぼ確実だと思われる。作中では米ソ共同で建設した人工重力付きの宇宙ステーションや月面基地が完成しているし、木星系への有人飛行までも実現している。もっとも、この辺りは現在の科学技術の延長線上にあり、二一世紀中に実現できる可能性は高いだろう。作中で語られる技術的成果のうち、現在の技術レベルから最も隔たっているのは知性を持つコンピュータ「HAL九〇〇〇」だ。HAL は現在実用化されている人工知能とは桁違いの性能を持っている。人間と自由に会話をこなすだけでなく、独自の意志を持ち、目的遂行のために高度な判断も行う。そして、自らの生存のために殺人まで犯してしまう。

 現実の世界では来年までに知性を持つコンピュータが現れるとは考えにくいが、人間と会話を行うコンピュータソフトウェアはすでに数多く存在している。家庭用ゲーム機用ソフトや玩具にも使われているので、すでに体験されている方も多いのではないだろうか。会話ができるということと、知性を持つということが別物であるという証明にもなるこれらのソフトウェアはある種の皮肉も込めて、「人工無能」と呼ばれることがある。

 今回、紹介する「Heart」(著作権者名: +EC) もそのようなソフトの一つである。特徴的なのはプログラム本体と人格データが分離していることで、ユーザがオリジナルの人格を創造することが可能になっている。つまり、ユーザ同士で自作の人格を交換したり、人工人格同士に会話をさせてみたりすることもできるのだ。(写真は基本セットに添付されている人格「水瀬すみれ」の外見とデータベースの内容)

 さて、人工人格たちは原理的に作った人間の知識以上のものは持っていない。だから、データベースにない話題をしようとすると、必死に話題を逸らそうとしているかのような反応を続けるだけになってしまうので、趣味に共通点がない人が作った人格との会話は面白くない。かと言って、自分が作った人格は自分が入力したことしか言わないので、これも面白くない。だから、なるべく共通の趣味を持った者同士で人格を交換し合うのがベストだろう。ダウンロード先として挙げたサイトでは関連ソフトや人格のリストなども紹介されている。

 ところで、これらの人工無能の進歩の先に HAL のような知性を持ったコンピュータが現れるのかはよくわからない。HAL の場合は会話だけでなく、すへての動作について、知的処理を行っているように見えるからだ。もっとも、人工無能とほとんど変わらない受け答えしかしない人も珍しくないので、ある意味ではすでに人間レベルに達していると言えるのかもしれない。

 汎用人工知能会話ソフト「Heart」は以下のサイトからダウンロードできる。

 http://teratti.magical.gr.jp/heart/

(<産経新聞>大阪版 平成12年6月19日夕)

注: 現在、上記サイトは存在しません。「Heart」は以下のサイトからダウンロードしてください。

http://www.teratti.jp/heart/


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