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二つの名言を引用して (『果てなき蒼氓』クロスレビュー)

 この項を依頼された後、さてどうすれば『果てなき蒼氓』を要領よく説明できるかと、しばし考え込んでしまった。この作品は非常に情報密度が高く、とても圧縮し辛いのである。もっとも、圧縮率が高くても、伝えるべき本質さえ押さえればいいはずなのだが、悲しいことにわたしには本質をうまく抽出するだけの力がない。真に申し訳ない限りである。では、全く手も足も出ないかと言うと、そんなことはないのである。過去に述べられた SF に関する名言を引用するという奥の手があるのだ。

「充分に発達した科学は魔法と区別がつかない」

 まずは、言わずと知れたクラークの第三法則である。『果てなき蒼氓』には超科学を操る種族と超生物たちの――おそらく数千万光年の時空の広がりを持つ――驚異に満ちた物語が描かれている。しかし、それが読者であるわれわれにわかるのは、作者である谷甲州氏が常に科学の視点に立って、物語を紡いでいるからなのだ。同じ物語を科学の言葉を使わずに語ったとしたら、そこに描かれていたのは少年たち、少女たちによる凄まじい魔法と甘い恋に満ちた異世界の物語だったはずだ。それもまたファンタジーの名作になりえたであろうが、SF ではない。『果てなき蒼氓』をハード SF たらしめた作家性を持つ谷氏に出会えたのはわれわれの幸運である。

「SF は絵だ」

 そして、野田昌宏氏の有名な言葉である。SF は非日常の文学である。非日常の文学であるが故に、読者に非常に高い想像力を要求することになる。もちろん、それ自体はなんら欠点ではない。高い想像力を持つ質の高い読者の存在はジャンルそのものを豊かに発展させる原動力になる。しかし、それが今だ未熟な読者を SF の世界に誘う事の障壁になっていることもまた事実だ。現在、なぜか大人向きの文学作品の単行本には挿絵を載せない事が主流になっているが、SF には読者を作品世界にスムーズに導入させる挿絵が是非とも必要だと常々考えてきた。そう言った意味で、『果てなき蒼氓』のような企画は待ち望んでいたものだ。できれば、早川書房には今後もこの企画を続けていって欲しい。しかし、こんな本を出せる谷氏が本当に羨ましい!

(<S-F マガジン> 平成13年5月号)


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