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秘蔵の書 『銀河旅行 恒星間飛行は可能か』

 少年の頃、星々の間を旅する物語を書きたいと思った。

 しかし、実際に書き始めて見ると、次々と壁にぶつかる。どのくらいの大きさの宇宙船が必要なのか? 別の世界に到達するためには、どれだけの時間が必要なのか? そして、どんな原理を使って、それを飛ばせばいいのか?

 当時 (驚くべきことに現在でも)、実際に人間を他の天体に運ぶことができた宇宙船は一つ種類しかなかった。その名はアポロ宇宙船。

 しかし、それは、アニメやドラマに登場するような、数百人の人間を乗せ、遥か数万光年先まで燃料補給なしで到達し、めくるめく冒険を繰り広げるそれらとは似ても似つかない代物だった。

 アポロ宇宙船は、全長百メートルを越えるミサイルそっくりのサターン五型ロケットによって打ち上げられる。総重量二千九百トンのうち、燃料 (厳密に言うと、推進剤) が二千五百トンを占める。物体を軌道上に持ち上げるためには、とてつもないエネルギーが必要になる。そのために燃料を大量に搭載しなければならない。そして、その燃料を持ち上げるためにさらに大量の燃料が必要になる……。アポロ宇宙船は燃料を消費しながら、自分自身を分解しては切り離すことを繰り返し、ようやく月に到達する。月着陸船の重量は四十五トンに過ぎない。出発時の一・六パーセントにも満たないのだ。

 目的地に到達する前に自らの大部分を捨ててしまう乗り物――これは身近に存在する自動車や列車や船舶や飛行機とは全く違う概念だ。本当にそのような存在を乗り物と言ってもいいのだろうか? しかも、それだけの苦労をして到達できるのは、つい隣の天体である月でしかない。距離にして、四十万キロメートル足らずである。火星が最も接近した時ですら、その二百倍も離れている。ましてや、地球によく似た環境の惑星に到達するとなると、どんなに少なく見積もっても、その数億倍の距離を越えなければならないのだ。

 自分が書きたかった物語に登場する宇宙船はアポロ宇宙船とは全く違うシステムで動くものでなければならない。しかし、当時の僕には、その明確な姿を創り出す方法が思いつかなかった。

 そんな時、『銀河旅行』に出会った。この本には、人類を銀河旅行に連れて行くための様々な星間航行システムや必要な時間、宇宙船の形状、そしてそれらを算出するための数式があった。この本を手に入れてからの数ヶ月間、僕は勉強そっちののけでとりつかれたように計算に没頭した。

 宇宙船の近傍で絶え間なく核爆発を起こし、その反動で超高速に達する宇宙船。星間ガスを強大な磁場で集めて燃料にすることにより、出発時に無駄な燃料を持たずにすむ宇宙船。同じく燃料を持たず、地球からの超強力レーザーより必要なエネルギーを受け取る宇宙船。時間は伸び縮みし、地球の百万年が宇宙旅行者の一日となる。

 物語世界は大きく広がり、少年の夢は成長を続けた。

 そして、今再び銀河の物語を紡ぎ出し始めている。

(<一冊の本> 平成14年9月号)


Copyright © KOBAYASI Yasumi 2002, 2005


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