『作戦成功!!』
〜第三関門ヲ突破セヨ〜
関門。初めてのフルマラソンの時以来、気にかけたこともなかったこの2文字が、今回レースの前に立ちはだかっていた。
私は腕時計の脇に次のようなメモを貼り付けた。
25km 1:38 1時間38分 キロ3:55
35km 2:16 38分 キロ3:48
40km 2:38 22分 キロ4:24
それぞれ関門地点、制限時刻、区間の時間、その間をキロ何分のペースで走るべきかを示している。
キロ平均3分55秒なら、前回防府マラソンで記録しているので、それほど恐れることはない。
しかし問題は第二関門であった。この10kmをキロ3:48のハイペースで駆け抜けなければならない。
これまでのレース経過をすべてチェックしてみたが、35km地点通過タイムは、最高でも前回防府の2時間17分。
1分足りない計算だった。
今回の最大の目標である完走を果たすためには、この第二関門をいかにして突破するかが重要な鍵となった。
そこで、超イーブンペースだった前回とは打って変わって、
35kmのレースで2時間16分を切る、という気持ちで臨むことにした。
レース当日は雨。せっかく前日にはいい天気だったのに、また雨だ。
しかし、思ったよりは寒くなさそう。それに今回は秘策としてコンタクトレンズを着用する。
眼鏡だと雨粒やくもりで視界が悪くなるが、コンタクトならこういうときにこそ威力を発揮してくれることだろう。
ウェアはいろいろ迷ったあげく、キャップはなし、半袖の上にFRUNランシャツ、下は相変わらずのスパッツとした。
もちろん股ずれ防止のため。そして防府のときに成功を収めたキネシオテープもしっかり貼り付けた。
いい記録が出たときの行動は、再現してゲンを担ぎたいものなのだ。まさに神頼み。
スタート10分前。
いよいよ整列の召集がかかる。
なぜか火災報知器のベルが鳴り響いたが、召集のためなのか、単なる故障なのかはわからないままトラックへと向かった。
FRUNの僚友にも健闘を誓い合って、それぞれの整列位置に散った。
場内アナウンスが1分時間を勘違いしていたのか、スタート直前まで何かしゃべっていたが、
正午ちょうどにピストルが鳴り、ちょっと拍子抜けした感じもあったが、ともかくレースは始まった。
申請タイム順であるゼッケン番号順にきっちり並べただけあってか、全く滞ることなくトラックを回る。
競技場を出て程なく、1km地点を発見。赤字に白で大きく書かれた看板が掲げられている。
これは有り難い。1km地点通過、4分2秒。
今回は出場資格が緩和されただけあって、私と同等のレベルのランナーが多数参加している。
というわけで、いつまでたっても集団はばらけることなく、巨大な塊に流されるままの走りが続く。
それでも1kmごとのチェックは欠かさず行い、キロ3:40〜3:50ペースであることを確認。
これは楽だ。流れに合わせてさえいれば、目標ペースは守られる。
しかも、周りにたくさん選手がいるので、ぶつからないように気を付けたり、
水たまりをよけることに気を取られたりするので、気が紛れて、時間の経過が気にならない。
気が付けばもう1km走っている、という状態が続いた。
ここで手元の関門メモを見て、あることに思い当たった。
そうか、先にキロ3:48のペースで10km以上走っておけば、35kmまでの残りはキロ3:55ペースでいいんじゃないか。
何でこんな簡単なことに気が付かなかったのか。
てっきり上から順番のペースという発想しかなかったので、とても気が楽になった。
気は楽になったが、体は決して楽ではない。
何せフルでは未知のペース設定、しかもレース前しばらくは風邪のために全く走れない日々が続き、1週前にようやく復帰してきたばかりだったので、いつどこでペースダウンに襲われるかわからない状態だった。
コースは大分市街に別れを告げ、海岸沿いの国道に差し掛かった。
いわゆる別大としてよく知られた風景だ。
子供の頃からよくテレビで見ていたあの風景を今自分が選手として走っている。夢のようだった。
何で自分がここにいるんだろう…そんな感慨にふけりながら、相変わらずキロ3:48前後のペースを刻んでいた。
この海岸沿いの道、風景は良いが走りにくいことこの上なかった。
というのも、カーブになったところにはかなりきつめのバンクがかけてあり、普通に走っているつもりでもカーブの内側に寄ってしまうのである。
これに抗するためにやや外側に体を向けて走ったが、随分バランスが崩れて余計に体力を消費してしまう。
そんな中、反対側に35km地点を見やる。果たして、ここを通過できるのか。
この気持ちを見透かすかのように、沿道の応援の人が「帰ってこいよ」のメッセージを掲げていた。
そうだ、是が非でもここまで帰って来るぞ。
今回一般参加の選手はスペシャルドリンクは置けない。
ゼネラルドリンクでヴァームウォーターは手に入るが、やはりエネルギー切れが心配だ。
そこで実はゼッケンの内側にあめ玉をつけておいた。20km過ぎで口にした。
甘い。おいしい。少し元気が回復した。
ようやく別府の市街に入ってきた。25kmの関門、折り返しまでは何とか行けそうだ。
程なく先頭集団が現れた。なるべく中央に寄り、「行けよ!ファイト!」
と大声で叫んだが、テレビに映ったかどうか。
タイス選手がちょっとだけこちらを見てくれたような気がする。
その後も続々と選手とすれ違う。ただ、道路幅が広いので、遠くて誰が誰だかよくわからない。
そうこうするうちに、第一関門25km地点が迫ってきた。
第一関門通過:1:35:10(関門閉鎖まであと2分50秒)
よし。3分弱の貯金ができた。これで第二関門まではキロ4分でも行ける。
しかしここまでのハイペースで、どこまで持つのか。全く予想が付かなかった。
すぐ反対側車線に僚友のG氏を発見。エールの交換。何とかお互いゴールしたいものだ。
折り返して25km地点の反対側にたどり着く頃には、もう関門閉鎖時間を過ぎていた。
次々と歩道に上げられていく対向のランナー。おお、怖い。明日は我が身か。くわばらくわばら。
普段の別大では、折り返すと追い風になるそうなので期待したのだが、折り返しても状況は変わりなかった。
というのも、雨だったせいか、風が弱かったので、そもそも往路の向かい風も普段ほどひどくはなかったためらしい。
風による援護もなく、徐々に底をついてくる体力。
ましてや海岸線に入ってまたあの走りにくいバンクをこなさなければならない。
我慢の走りが続いた。何とかキロ4分前後で押していった。
道路脇には日豊本線の線路があり、特急列車が駆け抜けて行く。ソニックだ。
嗚呼その美しき銀に空色の筐体、願わくばその韋駄天魂を我に分け与え賜え。
強気と弱気、絶望と希望が何度も交錯しながら、ついに35kmの標識が見えてきた。
行ける。間に合う。
第二関門通過:2:14:31(関門閉鎖まであと1分29秒)
当初の目的は達成された。ここからは延長戦に突入だ。
もう一つの関門が残っている。これを突破しさえすれば、ゴールまでたどり着ける。
私は、自分自身に対してすぐさま次の目標を命じた。
第三関門ヲ突破セヨ。
この区間のペースはキロ4:24でいいことになっている。
しかし、この状況において、そのペースが決して楽ではないことを体が訴えていた。
今まで経験のないハイペース。ここで急にペースダウンしても何の不思議もない。
奇しくもちょうど今から2年前、木津川マラソンで圧倒的自己ベストを確信しながら、35kmから地獄を見たことを決して忘れはしまい。
案の定、ペースは降下をたどった。ちょっと気が緩んでしまったことも否めない。
ここは給水でもってリフレッシュ…と思ったそのとき、ミスを犯した。
給水はテーブルの上に500mlのペットボトルが置いてあるのだが、寒さで手がかじかんでいたので、これを取り損ねてしまった。
しかも運の悪いことにそれが最後のテーブルだった。
しまった、取りに戻ろうか、しかしそれはできない、
それとも、他のランナーが捨てる(500ml全部飲む選手など皆無なので)のをもらおうか、考えあぐねているうちに、ふと海岸の歩道の上にペットボトルが立ててあるのが目に止まった。
ひょっとして係の人がほとんど残っているのがもったいないと置いてくれたものなのかも知れなかったが、そんなことはどうでもよかった。
残り物でも、とにかくゲットだ。今度は慎重に、拝むようにしてキャッチした。
うむ、捨てる神あれば拾う神ありだ。おぉ神よ、あと5km私にレースをさせてください…
やっと市街地の雰囲気になってきた。ようやく大分まで戻ってきた。
応援の人もまた増えてきた。この雨の中、本当に有り難い。
ここまでくると、私よりずっと若い番号のランナーでも歩いたり潰れていたりするのがちらほら見受けられるようになった。
そうだ、苦しいのは私だけじゃない、何とか、関門まで、何とか、ゴールまで…。
応援してくれる人たちのことを思いながら、気力で走り続ける。
お願い、あなたの元気を、少しだけ私に分けてください…。
ペースは既に4:20程度まで落ち込んでいたが、まだ、大丈夫だ。
ついに、40kmの標識が見えた!この区間が精神的には一番長かっただろう。
RCチップのビープ音が、また、審判員が自分の番号を読み上げる声が、心地よく耳に響いた。
第三関門通過:2:35:32(関門閉鎖まであと2分28秒)
やった、作戦成功だ、これでゴールまでたどり着ける…。
だがこれで終わりではなかった。タイムを見れば、自己ベスト更新のチャンスだ。
残りをキロ4分で走れば確実なのだが、今はペースが落ちている。
キロ4:10なら…しかし、すでに意識がかなりもうろうとしていて、細かい計算などできる状況ではなかった。
また、あとどれぐらいのペースで走れるのかがそもそも予測しようがなかった。
大分川に架かる舞鶴橋を、気力で駆け上がる。フォームとか、ピッチとかは、もうめちゃくちゃだった。
競技場のライトが見える。あと1kmの標識だ。もう少し、あと少し…。
とうとう、競技場のゲートをくぐった。時計を見ると、2時間43分になるところだ。
行ける!45分も切れる。
2〜3人前のランナーを見据えて、第4コーナーで、防府のときと同じように、また、吼えた。
駆け抜けたゴールと同時に押した手元の時計は、2時間44分18秒を指していた。
時計の脇に付けていたはずの関門のメモは、既にちぎれてしまったのか、もうそこにはなかった。
記録 2:44:18(自己ベスト更新)
順位 244 位(完走者 341人中)
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