【防府読売マラソン完走記】2000.12.17

 『定刻主義』
〜キロ3分55秒のmailman〜

「10時現在の気象情報をお知らせします。天候:雨、気温:11度、北西の風、風速1m、気圧:1020ヘクトパスカル…」

雨、か。惜しいな。それまでの週間予想では、ずっとレース当日が雨だったが、少し天気の変化が早まったようで、雨が上ってくれることを期待していたのだが、そうはうまくいかなかった。 ただ、だいぶ小降りになっており、ときおり止んでいたので、まずまずの条件だった。

待合室は、競技場フィールドすぐ横の器具庫。レース10分前になってようやく呼び出しのアナウンスがかかる。 まともに並び始めたのは5分前になってからだ。 何十分も前から並ばされるマンモス大会と比べたら、何と楽なことか。

特段レースを盛り上げるようなセレモニーもなく、ピストルが鳴り、淡々とレースは始まった。 500人の出場者の真ん中やや後ろあたりにいたが、渋滞することもなく、さくさくとトラックを流れていった。 さすが出場者のレベルが安定しているだけのことはある。

競技場を出て程なく、道路に黄色いペイントで1kmと書かれているのを発見した。 しめた、このパターンなら丹波高原のときと同じだ。1kmごとにペースチェックができるではないか。

「1km通過、4分0秒、定時っ!」
自分に言い聞かせるように声に出した。 いつもなら最初は入りが速すぎるのを少しずつ調整して、目標ペースに落ち着くところだが、今回は最初から目標通りであせることができた。

ちなみにこのレースは途中関門があり、もっともペース的に厳しいのは25km地点の1時間40分である。これは、平均するとちょうどキロ4分で、最初からキロ4分で行くと本当は危うい。 しかし、あえて前半で稼ぐことは避け、キロ4分をちょっと切るぐらい、キロ3:55を目標に走ることにしていた。

当然、このペースでは周りよりやや遅いぐらい。抜き去っていくランナーが多かったが、ここは我慢のしどころだった。 それでも、同じぐらいのペースの集団にも簡単に合流でき、流れにあわせるだけでペース維持ができるというありがたい状況になった。

やがて前方に見覚えのある姿。S君だ。 彼には2ヶ月前の新潟マラソンで後半抜き去られたので、この借りは是非とも返してやらねばならない。 しかし、ここでは前に出なかった。いや、逆に絶対に前には出るなと自らに厳命した。

そう、今回は自分自身にこう言い聞かせていた。
「いいか、30kmまではお前はレーサーではない。郵便屋になれ。1kmごとのポストに、正確にキロ3:55でこの体を届けろ。 その任務を30kmまで無事こなせたら、残り12kmはレースをさせてやる」

厳密なペース管理。まさに「定刻」主義であった。

10km付近、平坦と言われるこのコースの数少ないアップダウンがやってきた。
今まであわせていた集団のペースがやや落ちたような気がしたので、得意の妙見山モードに切り替え。 さらに1つ前の集団に合流。ちょろいもんだ。 でも前の集団に追いついて平坦に戻ったら、再び目標ペースにきっちり戻す。 このパターンは途中3回ぐらいあるアップダウンで繰り返した。

雨が降ってきた。ちょっと寒い。 風をまともに受けないように、前のランナーの後ろにつけて、コバンザメ戦法を取るも、水たまりを踏みつける水しぶきがかかるのでやりにくい。 もう少し考えて走らんかい、と思いつつ、水たまりをよけたコース取りをした。

そろそろ中間点が近づいてきたあたりで、対向車線があわただしくなってきた。 先頭が現れるのだな。パトカーなどが数台行って、やがて白バイが見えてきた。 外人選手が多いみたいだが、とりあえずすれ違いざま「ファイト!」と声をかけ、放送カメラの方に振り返ってみたのだが、映ったかどうか。
#先頭25km付近。後にビデオで見たが、そのような姿はなかった(T-T)

中間点通過。1時間22分38秒。目標通り。言うことなしだ。あとはこの足がどこまでもってくれるかにかかっている。

実は今回、秘策を練っていた。 いつもふくらはぎから疲労して、ペースが落ちていたので、キネシオテープをふくらはぎと、そして常に不安な足底筋に貼っておいたのだ。 ちょっとつっぱる感じだったが、慣れると気にならなかった。

20km台後半。雨はまだ降っていてうっとうしい。街中に戻ってきたので、沿道の応援が増えてきた。 そうそう、今回の工夫がもう一つ。沿道の応援の人に、声を出して応えることだ。 かすみがうらのとき、そして丹波高原のときでも、会話する相手がいると気が紛れた。

さすがにこのレースでは話し相手になってくれそうなランナーはいないようなので、沿道の人に「ありがとう」なり応えたのだ。 そうすると、余裕は決してないのだけれど、何か自分に余裕があるような気がしてきて、プラスのサイクルが生まれるようなのだ。 このおかげで、先日の福知山で襲われた25km地点の原因不明のトラブルは退治した。

ついに30km地点通過。1時間57分52秒。mailmanよ、ここまでよく任務を果たしてくれた。 さあ、ここからが、本当のレースの始まりだ。あと、12.195km。

キネシオテープのおかげか、ふくらはぎの疲れはまだ来ていないようだ。 相変わらずキロ4分わずかに切るか切らないかの走りなのだが、既に前のランナーを抜くようになってきた。 今までの失敗レースでは、抜かれる方の立場だったのだが、今回は違う。

やがて2時間11分を過ぎたあたりで、花火の音が聞こえる。 先頭がゴールしたんだな。しかしこちらは残り9kmはあるぜよ。まだまだ、これから。

35km通過、2時間17分27秒。35kmの壁は、感じなかった。 このままキロ4分ペースで行くと、2時間46分ぐらいか。そろそろそんな計算をしはじめた。 何とか2時間45分を切りたいのだが。

ようやく残り5kmの看板が見えてきた。もう面白いように前のランナーに追いつき、追い越していった。 そうか、これがマラソンなのか。 そういう思いをかみしめながら、ここにはいないライバルKの姿を仮想し、その背中を追い続けた。 このあたりで、例のふくらはぎがやってきたが、ここまできたら逃げ切るのみだ。 いつもより10kmも発症を遅らすことができた。それで十分。

41km地点最後の給水所は何も取らずに通過。時計と、そして自分との闘いとなっていた。 このままだと2時間46分か、それとも45分台か。 しかし無理なスパートはせず、若干ペースを上げた状態で、競技場へ駆け込んだ。

今までこれほど気分良く最後のトラックを走れたことがあっただろうか。
ありがとう、みんな。ありがとう…
そんな感慨にふける間もなく、第4コーナー、残り100mで、私は、吼えた。

前方3人程のランナーを一気にブチ抜いて、ゴールを駆け抜けた。 手元の時計を見ると、最後1kmのラップは3:38をマーク。総合タイムは2時間45分36秒。
もう一度、吼えた。
自己ベスト3分更新の瞬間だった。


記録 2:45:36
順位 209位(完走者380人中)



indexに戻る