| Ignatus |
待ってました!ソロになってから一等最初のアルバム「空気が違う」。そろそろそよ風に寒さを感じるようになった、ある晴れた日の午後遅く、黒いジレを着て丸眼鏡をかけた一人の男が大の字になり、かろうじて未だ碧い芝生が覆う地面を、背負っている。ほんとは勿論、芝生にねっころがっている写真を天地逆さまにしているジャケットなんだけど。どうも私には、私達の上にのしかかろうとする地球を空中で押しとどめているかのように、見えてしまいます。決してスーパーマンではない、普通の、いや寧ろ体力にはあまり自信はなさそうで、今自分が相当の努力を払って成し遂げている使命にも自信を持っていなさそうな、だからなるべく"何でもなさそうな表情"をしてるジェローム君。
アルバムに収められた13曲は、どれも「都会の音」がする。そりゃぁ、彼の住んでるパリは世界でも屈指の大都会なんだけどさ。例えば、日本に於ける「都会」の代表は東京な訳です。が、「東京」ってコトバは、意外に強い、オブジェクティヴな意味を持っていると思う。白状すれば、こんな私も21才までは東京が日本だと信じてたクチなんで、なかなかこの感じは、「東京」を生きている人にはわかりにくいとは思います。パリも、ニューヨークなんかも、(その他は知らん)そういう面がガッチリあって、そこで西洋文化のいろんな変化が編み出される。凄く特殊な職能的な場。だから魅力的だし、それに惹かれて人も集まる。
でもまぁ、ゆうても、街は街なんで、たまたまそこで生まれ育ったり、やりたい事をやっているうちにそこに流れてきてとりあえず居ついてるような人々も沢山いる訳で、そういう人々にとっては東京やパリである以前に単なる「都会」なんです。でもって、でもよくよく考えてみれば、やっぱかなり特殊なところだよなー、てな感じですか。たとえば「サザエさん」の世田谷みたいな(ちょっと違うか)。
だからこのジャケ写の緑は「ナチュラル」でも「癒し」でもなくて、割とそこら辺にある公園なんだと思う。確かにそれはある種、心の拠り所になったりもする場所ではあるのだけど、中味の音楽と同様、決してただ「ホッとする」だけのものではない。だって、よく見りゃ葉っぱの表面は空気中を漂う排ガスの灰色っぽい粉がふいている筈だから。っとと。しのごの言ってないで、音楽の話をせなね。元Oui OuiのMathieu BALLETとか、いろんなアーティストのライブやCDでギターを弾いてるYan PECHINや、Arielleだとか。パリのお友達コネクションがジェロームのためならと、ひと肌ぬいでます。愛だねー。去年のミニアルバムで、「この路線大好きなだけに、もちょっとちゃんとした形で聴いてみたいかも」と期待していたので、アレンジの出来に関しては大満足!メロディはいたってシンプル、詞はミニアルバムの暖かさを引き継ぎつつも、更に冷たさも兼ね備えたユーモアでいっぱい。ってーゆうか、どちらかといえば、今の社会を生きる虚しさや残酷さを「都会」に暮らす男が描くとこうなる的な、グルーミーな傾向の方が今回は勝ってるかな。詞といい、使用サンプルのアンビエンスの雰囲気といい。いやいや、"ほらフランス映画って暗いじゃんー"っていうノリじゃなくって。日々素直な人なんだなー、って感じ。
サンプラー多用してトリップホップみたいなんや、ドラムンベースもどきや、ごくごくアコースティックなボサのもあるし、ピアノ一本で昔のゲンさんみたいな古臭いシャンソン系もあり。曲順とか曲間を、もうちょっとどうにか出来たんじゃないかなーというのが心残り(って、あたしのアルバムじゃないってば)なくらいですが、全編ヴァラエティーに富んでて、一瞬たりとも聴き手を飽きさせません。お見事!自分の居場所をパリに地道に着実に築いたIGNATUS。シングル・ヒットとかそーゆーゲイノーな世界とは関係無いアーティストだから、周りに振り回される事無く、マイペースに音楽人生を歩んでいって欲しいです。そしてその日誌を一年か二年に一枚、海を隔て同じように「都会」で音楽を生きている私達に届けてくれたら・・・。心の片隅がぽっと暖かくなる、遠い友達からの便りのように。 ●11 Octobre 1997

ジャケットには、爺さんみたいな帽子を被り丸眼鏡をかけた男の横顔の白黒写真。鷲鼻であごがしゃくれてて、目をつぶってて、晴れた日の公園のベンチで日差しを楽しんでいるような、ちょっと上向き加減の彼の口元は、なにやら満足そうな笑みを浮かべている。なんか古典の神話とかにでてきそうな名前はIgnatus(コーネリかっ??という噂も)。その下には一言『独り』とだけ書かれている。どことなく世捨て人の風情さえ漂わせているこのソロアーティストは実は元Les ObjetsのJerome ROUSSEAUX。ソニーから過去に二枚のアルバムをリリースし、私個人的にはVillage VertのJoe DASSINトリビュートで披露してくれたこの上なく素晴らしいL'equipe a Jojoのカバーバージョンが忘れられない、フランスには珍しいちょっとヒネクレた上品なポップのバンドだった。
3枚目の製作でレコード会社ともめたかどうかして結局解散してしまい、メジャーにほとほと嫌気がさしたヴォーカルのJeromeは全くの自主制作で作品を世に出すことにした、といういきさつらしい。
一曲だけ元Taxi GirlのMirwaisがプロデュースを担当しているが、それ以外はホントにびっくりするくらいホームメイドな録音。こんなもん人前に出してもいいわけ?と聞いてるこっちが身をよじってしまうようなトラックもあるけど、それがかえって妙な魅力になっているのも事実。誠実そうで好青年な声もすごく身近な感じがしていいんだけど、何と言っても詞がマニフィック!なのです。絶対メジャーじゃOK出してくれないようなことを思う存分やってる、というか…。もともと不条理な世界を描くのが得意だったヤツが野放しになっちゃっただけあって天然入ってる上、イッちゃってます。
一番(といってもたったの4曲入り)のお気に入りは《Jean》で、80才になるジャンという爺さんの話。最後に残った歯を失う瞬間の彼の心の描写に、いつの間にか気持はぽかぽか、おなかはひくひく、くすくす楽しいひとときを過ごすことが出来ます。彼は今年の春から、Guinguette pirateというセーヌに浮かぶ長細い船の上でアコースティック・ライブを隔週で企画しています。パリにはアマチュアが出られるライブハウスが皆無なので、若いバンドを何とかして育ててこの街の音楽シーンを自分達の手で(メジャーには任せられないから)築き上げてゆこうと、やる気を出しちまった若き老人Ignatus。すごく勇気づけられてしまいました。 ●15 Juillet 1996
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