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市原野ごみ問題の概要
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〜住民無視の立地選定に怒り〜
1991年5月31日、京都市清掃局は、地元住民に事前になんの 相談もなく突然、新聞紙上で京都市左京区静市市原町向山 に京都市最大のごみ焼却場(日量900トン=300トンX3炉)を 建設する計画を発表しました。
そして、新規清掃工場の建設予定地は「左京区静市市原向山」である と明記した京都市清掃局名のパンフレット「清潔で住みよい町京都− 新規清掃工場の建設についてご協力を」を保健所等で一般市民に頒布 し、地元住民への何らの説明もないままに、市原野・向山地区での新規 清掃工場建設が決定事項であるかのような宣伝を行いました。
このような京都市の地元住民無視の一方的な決定と突然の発表に対し、地元住民は市原野自治連合会 と野中町自治振興会を母体として、全自治会・町内会から選出された委員によって対策特別委員会(執行 機関)と対策協議会(審議機関)を設置し、地域ぐるみの民主的な体制で、京都市当局との交渉に当たる こととなりました。
〜疑問点を徹底的に追求し、数々の問題点が見えてきた〜
地元のごみ問題対策特別委員会は、発足以来一貫して賛成・反対の結論を保留しながら、
徹底した民主的運営のもとに立地選定の正当性や本当に地元住民の健康や自然環境にとって安全かなど、
あらゆる疑問点を徹底的に京都市に問いただしていくという方針にのっとって、
京都市と話し合いを続けて来ました。
これらの活動を通じて、京都市がごみの減量、分別収集、リサイクルを徹底せず、
全量焼却を中心とした方式を続けていること、ごみの増加予測が過大であること、
立地選定の正当性や安全性に疑問があることなど数々の問題点が露呈しました。
「京都市の立ち遅れたごみ行政の転換を!」
--全量焼却から減量・分別・リサイクルへ--
