おろかな願い
Les Souhaits ridicules
シャルル・ペロー Charles Perrault
天沢退二郎訳
もしあなたがもっとききわけのわるいひとだったら、これからお話しするつもりのばかげた、あまり上品でない物語は、お話しせずにおくところですが。
これは一オーヌ(約1.2メートル)のソーセージのお話しです。
一オーヌのソーセージですよ!
「かわいそうに! 最悪!」と、ある才女が叫びました。この人はいつも優しくてきまじめで、恋のうわさ話しか聞きたがらないのです。
けれど、あなたは誰よりも、物語ることで人の心を惹きつける術をよくごぞんじですし、表現のしかたはいつもとてもナイーヴで、聞いていると場面がまるで目に見えるよう。
それこそは、題材をはるかに越える何かが創造される方法で、そのおかげで物語全体が美となるのです。
そんなあなたですから、私のお話とその教訓をきっと愛して下さるでしょう。このことは、あえて言わせていただければ、私には全くの確信があります。
物語
むかし、あるところに貧しい木こりがいて、つらい生活に疲れきっていましたが、いつも口にするのは、何とかして、アケロン(死者の国にある五つの河の一つ)の岸辺へ行き、休息をとりたいものだということでした。深々と、嘆きに沈みながら、
「わたしがこの世に生まれて以来、非情な天は、一度だって、わたしの願いを一つもかなえてくれたためしがない。」
と、くりかえしておりました。
ある日、森の中で、愚痴を言いはじめたとき、目の前にジュピター(ギリシャ神話の最高神・雷神)が、雷を手にもって、姿をあらわしました。
このときの木こりがどんなにおびえあがったか、とうて言葉では表現できないでしょう。
「わたしは何もいりません」
と木こりは、地面に身体を投げ出して、言いました。
「お願いはしません、雷もいりません。どうぞ、うらみっこなしということに」
「こわがるのはよすがよい。おれが来たのは」とジュピターは言います。「おまえの愚痴に、心動いてな、おれに対する誤解を解きたいのさ。良く聞け。約束しよう。おれはこの世界全体をつかさどる至高の神だ。そのおれが、約束しようというのだ。どんなことでもいい、おまえが抱く最初の三つの願いを、完全に、聞き入れてやる。おまえが幸福になれること、おまえが満足できることを考えろ。おまえの幸福は、おまえの三つの願いにかかっておるのだぞ。その請願をはっきり口にする前に、よーく考えることだ。」
こう言いおえると、ジュピターは、天に戻っていきました。
木こりは陽気になって、松や樺の束を抱えて、それを、家へ運ぼうと背にかつぎました。この荷がこんなに軽く思われたことは、これまで一度もありませんでした。
「こんどのことは、何一つ、軽々しくやってはならないぞ」と木こりは考えました。
「とにかく、場合が場合だ、うちのかみさんの意見をきいてみなければならん。おい」と木こりは、シダで葺いた屋根の下へ入りながら言いました。
「ファンション、景気よく炉に火をもやせ、お祝いだ。おれたちは、大金持ちだぞ、願いごとを、しさえすりゃいいんだ」
木こりは、おかみさんに、すっかり話しをしてきかせました。
これを聞くと、おかみさんは、あっというまに、数えきれないほどたくさんの、大計画を思いつきました。しかし、ここは慎重の上にも慎重に、事を運ばなければなりません。
「ブレーズ」とおかみさんは、夫に向かって言いました。「わたしたち、気が急いて、台無しにしないように気をつけましょう。こんな場合に、何をしなければならないか、ふたりでよくよく考えましょう。最初の願いごとは、明日にのばして、今夜、寝ながら考えるのよ」
「わかった、そうしよう」と、気のいいブレーズは言いました。「ただ、柴の向こうから葡萄酒を持ってきてくれ」
おかみさんが戻ってくると、ブレーズは景気よく燃える炉のそばで、ゆっくりと心地よい休息を味わいながら、葡萄酒を飲みました。椅子の背にもたれて、木こりは言いました---
「こんな、すてきな火があるうちに、一オーヌのソーセージが出てきてくれたらな!」
と、言いおわるかおわらないうちに、なんとまあ、驚いたことに、おかみさんは見てしまったのです、一本の長い長いソーセージが、炉のすみから、ひょろひょろ伸び出して、蛇のようにおかみさんに近づいて来るのをですよ!
おかみさんはとっさに金切り声をあげました。
けれど、この出来事の原因は、そそっかしい夫が底ぬけの愚かしさから、願いごとをしてしまったせいだと思うと、あわれな夫に向かって、もうあらんかぎりの、ののしりやうらみごと、怒りの言葉を投げつけました。
「金や、真珠、ルビー、ダイヤモンドでも、きれいな服でも、帝国ひとつだって、手に入るときに、何でソーセージなんか、ほしがらなきゃいけないわけ?」
「なるほど、おれがまちがってた」と、木こりは言いました。「へたな運び方をしたわい。まったく、へまをやらかした。この次は、うまくやるさ」
「もう結構」とおかみさんは言いました。「あんたはニレの木の下で待っててちょうだい。あんな願い事をするには、よっぽどバカでなくっちゃね」
木こりは、またしても、怒りにかられて、もう一度独り身に戻りたいもんだと考えました。そしてたぶん、ここだけの話ですが、それでもやはり、これよりましなことはできなかったでしょう。
「男ってものは、つらい思いをするために生まれてきたんだ」と、木こりは言いました。
「まったく、ソーセージなんて、くたばっちまえ! どうか神さま、このガミガミばばあの鼻に、ソーセージをぶらさげてやって下せえまし!」
この願いは、即座に天に聞きとどけられました。
夫がこの言葉を言い放ったとたん、怒り狂っているおかみさんの鼻に、一オーヌのソーセージがくっついたのです。思いがけないこの奇跡に、木こりは、いまいましくてしかたありませんでした。ファンションは美人で、かわいらしい女。ところが、はっきり言って、こんな所にこんなアクセサリーは、まったくもって似合わない。せめてこれが顔の下のほうにぶらさがっていて、おしゃべりのじゃまになる---というだけなら、亭主にとってはもっけのさいわい、この幸福の瞬間、これ以上何ひとつ願いごとなどなかったのです。
木こりは心の中で考えました---
「こんなひどい不運のあとで、最後にひとつ残る願いごとを使えば、ひとっとびで王さまにもなれる。たしかに、王位は並びなき栄誉さ。しかし、王妃はどうなる? これはもう一度、よく考えなければならんぞ。一オーヌよりもっと長い鼻をしたままで、王妃の座につかせるなんてのは、なんとまあ、かわいそうじゃないか。これはよくあいつに訊いてみなくては。みっともない鼻をぶらさげて、一国の王妃となるか、それとも、ふつうの鼻をして木こりのかみさんのままでいる---つまりこの不幸以前にもどるか、これはあいつ自身に決めてもらおう」
さて、よくよく考えてみたのでした。王妃になると、どんないいことがあるか、おかみさんにもよくわかっていましたし、いったん王妃になってしまえば、誰も鼻のわるくちなど言わなくなります。でも、人に好かれたいという気持ちは、何にもましてつよいので、みにくい顔で王冠をかぶるより、田舎女らしい帽子のほうを選んだのでした。
こうして、木こりはもとの身分のまま、王様にも皇帝にもならず、財布を金貨でいっぱいになどしないで、残った最後の願いごとは、おかみさんの鼻をもとにもどすというささやかな幸福、つつましい行いに使って、とてもしあわせだったのです。
つまり、分別のない人、そそっかしい人、心配性の人、ころころ意見の変わる人、こういうあわれな人たちは、願いごとをするには向きません。そんな人たちの中には、せっかく天の恵み給うた贈り物を、使いこなせる者はほとんどいないのです。
出典:『ペロー童話集』(岩波少年文庫:113):197-207、岩波書店, 2003.
翻訳の底本:Comtes, ed. par Marc Soriano, GF-Flamarion, 1695 & 1697→1991.
翻訳者:天沢退二郎