僕はポール・バーホーベンという監督さんがとても好きだ。たしかに傑作ばかり撮ってるわけではないし、実際「ショーガール」では、あのラズベリー賞(アカデミー賞に対抗した「ダメ映画賞」)まで受賞してしまっている。「トータルリコール」(なつかしい!)とかは、たしかにダメ映画一歩手前かもしれない。でも、それでもやっぱり「ロボコップ」は刺激的な映画だし、「スターシップトゥルーパーズ」は、スピルバーグの「プラーベート・ライアン」に肩を並べる戦争映画の傑作だと、僕は思う。
なぜか?それは、この人の演出が常に、「限界一歩先」を突っ走っているからなのだ。「限界一歩手前」で踏みとどまる監督はいくらでもいる。そのほうがより多くの客層に受けてヒット作を狙えるし、なによりバッシングの心配がない。しかしそこをあえて一歩先まで突っ走り、非難が出ることを承知で「わざと」露骨な表現をむき出しにして、しかもそれをきちんと理性的にまとめあげる。だからこの人の露骨は、悪趣味だけれどけっして低能ではない。そこが、この監督の偉大なところなのだ。
実際この「インビジブル」も、そんな露骨な悪趣味がとぐろをまいている。
「インビジブル」とは「不可視」、ようするに透明人間のこと。いわずとしれた透明人間映画なのだが、この映画のなかには、透明になってしまった人間の苦しみや悩みはまったくと言っていいほど登場しない。透明になることで増大するのは、まさに「欲望」のみ。さすがバーホーベン。透明人間になれる薬を発明した天才化学者(ケビン・ベーコン)は、その研究成果に酔いしれるよりも、自分が透明になることでモラルまで消滅させることに喜びをみいだすマッドサイエンティスト。なんせ、透明になってまっ先にやらかすのが、同僚の女性研究員の服をめくりトイレをのぞくこなのだ。もうこれは、発想としては小学生レベル。ばかじゃないかと思う観客を、お前だってやりたいくせにとほくそ笑むような演出。これぞバーホーベン節!
とにかくすべてがこの調子で、観客の神経を逆なでしつつも、ぐいぐいと力技でストーリーを加速させるのはさすが。しかし残念なことに、それは前半だけ。物語後半、突っ走り過ぎたケビン・ベーコンが透明殺人マシーンに変貌するあたりから始まるアクション演出が、あまりにもありきたりでスリルに欠けるのだ。どこかでみたようなシーンの連続で、まったくハラハラ感がない。
もっとすごいオチを期待してたのになあ・・・・・。なんていうのは、ないものねだりなんだろうか。
まあ、それでもけっしてつまらない駄作ではないので、それなりの満足は味わえると思う。
ただ、ファンとしては、もうちょっと突き抜けきってほしかったなあ・・・・。ところで作品とはぜんぜん関係ないけど、タイトルの「インビジブル」は実は邦題で、原題は「Hollow Man」つまりは「実体のない男」。こっちのほうがあきらかに作品をよくあらわしているのに、なぜ一般的な英語とは言えない「インビジブル」なんてタイトルをつけなおすんだろう?同じ変えるなら、もっとちゃんと日本語で考えればいいのに。