オバサン・ドライバーが行く 4
徳島、海辺のユース
(徳島)
徳島のタウン・ウォッチングを終えた私には、またユースへの最終アプローチというタスクが残っていた。徳島から国道五十五号線を南下して、そこから左に右にまた左にと何度も曲がって、大神子浜という浜へ出る。
なんとか浜まではスムーズに出たのだが、目的のユースが見つからずにうろうろとした。実はユースのまん前を二度三度と通りすぎていたのだった。別にユースの建物がやたらぼろかったわけでも、やたらきれいだったわけでもなかったが、建物が見えた時点でユースへの道しるべがぱったりとなくなったので、それと気づかなかった。
目の前にあっても気がつかない、というような勘の悪さは私の欠点のひとつだった。よくぞ今まで迷わずに外国人のガイドをしてこれたと感心してしまう。
ユースに荷物を置いてから、私は浜辺を散歩した。この日は一応の晴天だったが、抜けるような青空が見えるわけではなかった。そして、夕暮れの浜辺の空はいつのまにか灰色の曇天に変わっていた。そのため、徳島の海の色はちっとも青く見えなかった。もちろん期待した夕陽もなく、ただ寄せては返す波がこせこせとしていた。
メキシコでいつも見ていた広い空も、なっがーい海岸線も、真っ青な海の色も、ザッブーンと寄せる波もなかった。狭い入江に、ちょこまかとひいてせわしなく返る波は、狭い日本の慌ただしい生活のリズムを象徴するかのように、あくせくしていた。
この日のユースの宿泊人は昨夜と同じような構成だった。オートバイで気ままに一人旅している30歳ぐらいの青年と私だけだった。オートバイの青年は、県境で警察の検問にひっかかり、荷物をすべて調べられたと言って憤慨していた。
「オートバイの若者って、警察からはいちばんに睨まれるんですよ。まあ気にはしてませんけどね。でも荷物をぜーんぶ検査するんで、いやんなっちゃいましたよ」
夕食は二人っきりなので、この青年とおしゃべりしながら食べる。
三十歳ぐらいの彼は、コンピューター関係の仕事をしているそうだが、旅行が大好きで、旅行したさに前の会社をやめてバイクの長旅をし、その後は友人が経営している会社を手伝っているとか。友人に頼み込まれて手伝うことを決めた時に、彼の方から提示した条件は、旅行のための長期休暇を取れること、だそうだ。
ペアレントさんから、ユースの前の浜辺で夜釣りを楽しめると聞いた彼は、かなりの釣り好きだったようで、夕食後にいそいそと浜辺に出かけていった。
このユースの食事はなかなかのものであった。お刺身と、ひじきの煮たのと、揚げだし豆腐、それに野菜サラダがついていた。ユースの食事は、昔とはくらべものにならないほどよくなったと聞いていたが、品数にしても、器や盛りつけの工夫にしても、900円という値段からは想像できないリッチさであった。
もっとも私は変な日本人で、お刺身が大嫌いなのだ。仕事柄、いつも外国人には、
「おいしいですよ。ぜひ、騙されたと思って食べてみてくださいよ」などと勧めておいて、おいしさの実演のために一切れや二切れは食べてみせるが、あとはそっと残したりする。
観察力の鋭いお客に、
「おいしいと言ってたのに、なぜ食べないんだね」と突っ込まれたりすることもあった。 ユースの夕食で出されたお刺身は、私よりひと回りも体格のいい同宿人に差し上げた。
と、翌朝にはそのお返しにありつくことができた。彼の夜釣りの収穫をユースの人が調理してくれて、朝御飯に出してくださったのだ。カサゴという魚だそうだが、お刺身と唐揚げの二品があった。新鮮な魚のあつあつの唐揚げは、なかなかの味だった。
朝食には大満足であったが、翌朝の徳島は大雨だった。長期旅行の私は雨も覚悟のうえだし、車だからそう困ることもない。だが、オートバイの青年は、ざあざあ降り頻る雨をながめて、その日の計画変更を考えているようだった。
「あのぅ、もう一晩泊めてもらっていいですか?」と彼はペアレントさんに尋ねた。
「はい、と言いたいところだけど、今夜は満員なんだよ。地元の専門学校の新入生合宿が入るんで、部屋がふさがっちゃってる」
「そうですかぁ」と、恨めしそうに雨空を眺めている彼に同情したのか、ペアレントさんが続けて言った。
「でも、ひとつ手がないこともないが・・・」
ユースホステルにはヘルパーと呼ばれる助っ人制度がある。ヘルパーは半分ボランティアのような仕事で、とても安い日当、あるいは無料でユースの仕事を手伝う。たとえ日当はなくとも三食つきでステイできるし、ある程度の自由時間はあるから、旅好き、人好きの若者は無料あるいは小遣いつきで、ロングステイが楽しめるのである。実際、このユースでおいしい食事にありつけたのは、この時たまたまヘルパーをしていた男の子の料理の腕前に負うところが大きいようだった。
「ヘルパーとしてなら泊めてあげられるよ。日当は出ない。が、食事と寝場所は無料で提供できる。ただし、客室が満員だから、スタッフ部屋で僕らと雑魚寝になるけどね」
私はふとひらめいて聞いてみた。
「ねえ、専門学校ってどんな種類の学校ですか」
「服飾関係だそうです」
「ということは、女の子ばっかし」
「そう、全員女性で予約が入ってます」
私は、ニターっと笑ってオートバイ君に言った。
「決まり、だね」
5 お遍路宿の一夜