オバサン・ドライバーが行く 7
沈下橋は挑む
(四万十川)

 4月16日も雨。
 お遍路宿の早寝早起きリズムの影響で、今日も9時には出発してしまった。そして、ドライブをスタートしてすぐ、気分が沈んできた。
 どこまでも重くたれさがった鈍色の雲に、小雨ではあるが、ちょっとやんだかと思うとまた降り始めるような空模様では、心をハイにする要素がなにもなかった。坂本龍馬で有名な桂浜も、ただの灰色の海と浜辺に銅像がたっているだけのような気がして、立ち寄る気にもなれなかった。

 もっともこの旅は、私にとっては、楽しみの旅というより修行の旅であった。じつは、友人と二人で、小さな会社でも始めようか、と話が出ていた。まだ二人してその計画を温めている段階だったが、今年じゅうに結論を出して、やるなら来年、と決めていた。
 その決意を固めるために、私は旅に出た。
 通訳ガイドをしてきた前半の人生に決別するためでもあった。もし旅行に関わるような商売をするなら、できるだけ多くの場所を見ておいた方がいい、という考えと、また一人で旅するのは楽しいよりも寂しいのだが、自分でビジネスを興すとなると、一人での旅を楽しむことができるような、今より一段階上の自立を成し遂げたかった。

 私がスペイン語を学んだ大学で、卒業論文に選んだテーマは、「マヤ文明におけるイニシエーション」だった。
 イニシエーションという言葉は、オウム真理教の連中が妙な使い方をしたため、色メガネで見られる言葉になってしまったが、もともとの意味は通過儀礼。それは、お宮参りとか結婚式とかお葬式とか、人生のステップからステップへと、移り進むときに、過去の自分に別れをつげ、新しいステップの自分を受け入れるための、セレモニーなのである。
 人生の前半を通訳ガイドで食べてきた私にとって、この旅行はまさに修行の旅、そしてイニシエーションの旅だった。だから、少々楽しくないからといって、安易に旅をやめてしまう気にはならなかった。雨の日々をもなんとか過ごし、一人で旅を続けるという生活の中から、それなりに楽しみを見いだしていくこと。たとえ高級ホテルに泊まって、おいしい物ばかりを食べることができなくても、なにか別の形の楽しみを見つけ出すこと、それが、この旅の目標なのだ。

 さて、修行を意識して、雨の中を黙々と旅する私に、神は絶好の修行の機会を与えてくださった。
 日本最後の清流として人気を集める、四万十川(しまんとがわ)のほとりにあるユースホステルがこの日の宿であった。海岸沿いのドライブにお別れを告げて、中村から国道441号線で四万十川に沿って北へと入っていく。

 国道の数字が三百番台、四百番台と大きくなるにつれて、道路状況が厳しくなる。これは知識としてある程度は知ってはいたが、441号の狭さはかなりのものだ。四国の特徴は、「まさか、こんな山の中に」と思われるような所にでも民家がたくさんあることだと聞いた。四万十川沿いは、まだ海にも近く、また大きな川沿いゆえ、たくさんの小さな村があった。だから、狭い道路なのに交通量が多い。しかも民家がたくさんあるから、先の見通しがきかない。離合困難なポイントで何度もトラックとすれちがった。どうやら沿線で工事をしているようで、大きなトラックとの離合も多かった。
 まあ、幸いなのは、四国のトラックは、京都や大阪のトラックよりは、おっとりとしていることだ。私の車を見かけても、お構いなしにスピードを落としもしないでこちらに接近し、トラックの鼻先をぐいとつきつけて威嚇し、こちらがバックすることを余儀なくする、というような意地悪はしなかった。
 ときには、ひときわ狭くなる道路の手前で、チラっとさきに見えたトラックを待っていて、相手がなかなか現れないので、仕方なく進んでみると、向こうのトラックも、向こう側の道の広いところで、辛抱強く私の車が通りすぎるのを待ってくれていた、ということも何度かあった。
 地図を見ながら、もうあと少しでユースにたどりつく、がんばれ、がんばれ、と自分を励ましながら、この「離合困難、通行量多し」、の道をがまん強く進んだ。

 前日にユースの人に電話で場所を確認したときに、
「郵便局の横の公衆電話から、もう一度電話をしてください」と言われた、その郵便局にやっとたどりついた。そして電話をかけて、最後のアプローチの道順を教えてもらった。
「そこから見えている、その細い道を川へと下りてください」
 なるほど、曲がるべき道が視界にはいるところで、電話をかける、というのは、いい方法だった。国道から、教えられた細い道に入った。が、そこは突き当たりだった。

「ん?」と、悩む。

 今、聞いたばかりの説明を、頭の中で反復する。
「橋を渡って4キロです。道が細いですから、気をつけておこしください」

 橋、橋、たしかに橋はある。しかしそれは、沈下橋(ちんかばし)と言われる、四万十川独特のものだった。川水が増量して、橋が水面下に沈むようなとき、橋の欄干があると、水の抵抗が大きく、橋が流されてしまうので、最初から増水のときには、水面下に沈下することを想定して作った橋である。

 沈下橋とはつまり、欄干がない橋なのである。


8 脱サラ、田舎暮らしのユース

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