オバサン・ドライバーが行く 8
脱サラ、田舎暮らしのユース
(四万十川)
沈下橋とはつまり、欄干がない橋なのである。
橋の幅はそう狭くはない。一台の車だったら充分に通れる。しかし、欄干がまったくない、のっぺらぼうの橋というのは、心理的にはものすごく恐いものだ。現に、沈下橋からは毎年何人かの歩行者が川へ転落すると聞いた。さらに、沈下橋の向こう側は、山がぐんと迫ってきていて、道らしい道が見えないのである。
私は沈下橋を目の前にして凍て付いていた。
「げっ、本気なの? これを渡っていけって? 冗談じゃない・・・わよ」
真剣に、ユースをキャンセルして、他の宿を探そうかと考えた。だが、ユースの人は親切で、私が雨にたたられて行くところもなく、早く着きそうだと言ったら、
「いつ来てくださっても、いいですよ」とやさしい返事をしてくださった。
時間はまだ2時ごろだった。そんなユースを今からキャンセルするのはとっても気がひける。
「行くっきゃない・・・か」
しばし静かに考えてから、私は心の中で思いっ切りガラ悪く言い放った。
「ええいっ、わかったわい。行ったろやないか。行ったらええねんやろ」
もう、後先考えずに、前進あるのみ、だった。私が自分に課した修行が、私に挑んできているのだ。受けて立つか、尻尾を巻いて帰るかのどちらかだ。
橋をこわごわ渡り、教えられた坂道をぐいんと上がる。と、まあまあなんとか道らしい道はあったが、ぐんぐんと上り坂になるので、山にへばりつくようにして走るクネリ道の片側は、切り立った崖になった。しかも、なぜかそんな道にさえ、トラックが走っている。私は、びびりながら、車を山側に寄せた。左側が山でよかった、とつくづく思いながら。
ユースへは、歩いて行く若者も多いからか、4キロの山道沿いには、ユースの人の手書きの道しるべがあり、「あと、三キロ」「あと、二キロ。もう少しです」「お疲れさまです。もうあと一キロ」と、励ましてくれる。
ユースにたどり着いたときには、全身の緊張がスッコンと抜けた感じがした。私が、車から荷物をおろすと、ユースの犬らしいシェパード犬が目に入った。子供のころ、犬に二度も噛まれた私は、つながれていない犬には、ちょっと恐怖を覚えるのだが、このシェパードは、旅人慣れしているのか、吠えたりせずに、やさしく見守ってくれていた。
ユースホステルの建物は、ユースというより、ペンション風でとっても可愛い。
ユースのハンドブックには、各ユースの施設に星マークをつけて、ランキングを示している。今まで泊まった、鷲羽山、徳島は三つ星、最御崎寺は二つ星だったが、この四万十は四つ星の最高ランキングに属していた。ハンドブックの説明でも、「全室、シングルベッドの部屋」と破格の好待遇である。
シーズンオフの平日ゆえに、宿泊客は、またまた私ひとりだけだ。通された部屋は、山小屋風のインテリアに、手作りのベッドカバーやカーテンがとっても可愛い。若い女の子なら、10分ぐらいはキャーキャー言ってられるだろう。
雨が止んだので、四万十川沿いの散歩に出かけると、ワンちゃんが道案内してくれた。私のちょっと先を走っていき、私が追いつくまでチャンと待っていてくれる。私が、戻りかけると、また帰り道を案内してくれる。
ペアレントさんが、言う。
「この犬わね。誰が自分のエサ代を運んできてくれるのか、ちゃあんと分かってるんですよ。だから、ぜったいにホステラーさんには、吠えない」
奥さんが言う。
「なのに、なぜか、毎日くる郵便屋さんや、村の人には吠えるんで、困ります」
ここのペアレントさんは、東京の方で、ユースホステル協会に勤めてらっしゃったのが、いわゆる脱サラで独立して、自分のユースをオープンされたのだそうだ。ヘルパーのアルバイトで出会った奥さんとの二人暮らし。
ユースの建物は、この四万十川のほとりに廃屋としてあったものを買い取り、仲間の大工さんたちの、ほぼ手作りといってもいいような建物だそうだ。ただ、水回りの工事にお金がかかり、借金を返済するのは、けっこう苦しいらしい。
居心地のいい、このユースに二泊した。そして食事のときには、お二人から、都会と田舎の生活の違い、村の人達の輪に溶け込むための苦労、経営の大変さと楽しさなどの、さまざまなお話しを聞くことができた。それは、翌年のビジネスを考えている私にとって、興味のつきない話であった。
9 四国的、対向車理論