オバサン・ドライバーが行く 10
奥の細道は四国にある
(四国カルスト)

 道中で、ガソリン・スタンドの人にも根掘り葉掘り尋ねて、行きは地芳峠のルートを取ることにした。
 宇和島から、国道320号で日吉村へ、そこから「イクナ国道」とアダ名される197号に入り檮原へ、さらに440号に入って地芳峠についた。道は恐ろしく狭かったが、対向車が少ないからなんとかなった。

 だが、地芳峠で姫鶴への道を入った途端に、私は「ギャッ」と叫んでしまった。急に道が泥だらけになり、なんか工事中のクレーン車なんかが、道の真ん中に放置されているのである。しばらく進んでみたが、タイヤに泥がからんで立ち往生でもしたらと思うと、恐くなり引き返した。
 どうしたものかと、しばし悩んだが、ちょっと手前にあった事務所の建物にずかずかと入っていって、尋ねてみることにした。
 昼時で、二人の男性がお弁当を食べている最中であった。

「あのぅ、このちょっと上の道なんですけど、泥だらけの工事現場みたいになっていて、右上にも道があるのですが、こっちも泥だらけで・・・」と状況を説明した。なかなか話が飲み込めなかったようだが、ようやく分かってくれた。
「ああ、あそこね。今工事中だから、右上への道を行けばいいんだ。でも、工事の人がいなかったかね」
「いいえ、誰も。それに、通行止めとかの標識もないし。右上の道にも、いっぱい工事の車が駐車していて、通っていいのかどうか、分からないんですよ」
「ああ、じゃあ、きっと今は、昼飯に行ってるんだよ」
「ええっ! でも、それだったら、せめて、工事中の札でも置いておいてくれないと」
「ほんとだね。工事の人にそう言っとくよ」

 もう一度現場に行って右上の道に上がると、なるほどそっちが本当の道だった。だが、下からまっすぐくると、道は自然に工事中の場所に突っ込むような位置関係にあって、しかも、右上の道は、工事車両がいっぱいで、道があるようには見えないのだった。
 きっと、工事の人達は、
「どうせ、車なんか通りっこない。こんなとこ、ぜったいに、車はこない」と四国の人独特の発想で、工事中の札も立てずに食事に行ってしまったのだろう。
 このポイントを抜けると、あとは楽だった。けっこう快適な道が姫鶴平から、天狗高原へと結んでいた。

 ただこの日もまた、早く着きすぎたので、時間をつぶすのが大変だった。天狗荘の近くには、遊歩道もあるのだが、風が強くてとても歩けそうにない。姫鶴と天狗平を行ったり来たりして、カルスト台地の景色を楽しみ、天狗高原の駐車場で、しばし休憩した。

 1,400メートルの高度のてっぺんは、すっごい風が吹き荒れていた。雲がどんどん吹き飛ばされていく。車の窓がピューピューと音をたてて、車は風にゆらゆらと揺らされていた。雲の切れ間からは、青い空と太陽が顔をだすので、一面緑の大地に、雲型の影が走りよぎっていくのである。そう、大地に雲が作る水玉模様ができているのだ。その水玉が風に運ばれて、次々とせわしなく飛ばされていく。

 私は、揺れる車の中で、そんな不思議な景色を見ていた。
 誰もいない、だだっ広い駐車場に車を止めて、私は風を楽しんだ。雲がつぎつぎに吹き飛ばされる、早回しのビデオのような光景を眺めて、長い時を過ごした。
 こんなふうな時間の過し方をしたのは、初めてだった。初めての体験をする、ということは、なにがしかの精神の高揚をともなう。ほんとうは、とってもとっても寂し気な情景の中で、なんとなく浮き浮きと楽しんでいる自分がいて、そんな自分があることが、不思議でもあり、嬉しくもあった。

「天狗高原の景色は素晴らしいけど、こんなお天気では、何も見えないよ。すっごい風が吹いたあとの、短い晴れ間にしか、景色は見えない」と宇和島ユースの彼が、吐いてすてるように言った、その通りのコンディションが整いつつあった。
 だから翌朝の天狗高原の景色はすばらしいの一言につきた。
 抜けるような青い空、寝っころがりたくなるようなやさしい緑の草原に、石灰岩のとがった形がアクセントをつける。遠方には、山々が青い稜線を幾重にも描いて、立体感のある景色を演出する。天狗荘の庭にあるベンチに座って、ご褒美の景色を楽しんだ。


 運命はつねに、人にアメとムチを交互に与える。晴れた日があれば、雨の日もあり、それはどちらも避けられないが、どちらもが存在することは確かである。
 ギャッと叫ぶような険しい道を越えなければ、車は前に進んでくれないが、旅を続けていると、素晴らしいお天気のもとで、いまだかつて見たこともない美しいものに巡り会うのだ。旅はそうやって、旅人にアメとムチをもたらしてくれるのだ。私は、ご褒美のアメ玉をむしゃぶるようにして、景色を目に焼きつけた。

 帰りは、王在家から439号に出て、次の宿泊地である面河へと向かった。王在家から下る道は、ものすごいカーブだったが、道幅が広いので、楽勝だった。むしろ、439号に出てからの、道の悪さと狭さの方が苦労した。この439号には、のちほどたっぷりと苦しめられることになる。四国の人は、このえげつない道路のことをヨサクと呼ぶと後になって知った。


11 ひとり宿のこと

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