オバサン・ドライバーが行く 11
ひとり宿のこと
(面河渓谷)
面河(おもご)渓谷は四国最大の渓谷である。やはり一枚の岩を水がけずってできたようで、今までに見た渓谷が、川沿いに大きな岩がごろごろしているパターンなのに対して、ここは、のっぺりとした平たい岩が、川底を這っている感じがする。
滑床(なめとこ)渓谷と似ていた。知名度は、面河の方がずっと上である。しかし、面河渓沿いの遊歩道は、川にあまり近くないので、滑床ほどの感激はなかった。ただ透明な水の色が、グリーンから青緑までのさまざまなトーンで楽しめ、何よりその清らかさが素晴らしかった。遊歩道を歩いた後は、川原に岩に座り込んで、どこまでも魅力的な水の流れに見とれて時を過ごした。
ちょっとここで、花の話をしたいと思う。4月20日のこのころ、あちこちで山ツツジが見られた。庭の植込みや、京都の通り沿いは、この時期ツツジが美しい。山沿いにドライブすると、少し紫がかったピンクの、そして花の数が庭のツツジほど密生していない山ツツジが見られる。
私は似たような花を見ると、かってに山ツツジと呼んでいたのだが、面河ではそれをミツバツツジと呼ぶらしい。四万十の人は、キシツツジとも呼んでいた。山にあるから山ツツジ、岸に咲くからキシツツジ、葉っぱが三つあるからミツバツツジなのかな。
シロウト目には、あまりたいして差のないことだった。ただ、面河では、ひときわ艶やかな色のツツジがあったが、立ち話をした旅行者の人から、あれが有名なアケボノツツジだと教わった。
ツツジの美しさも、あちこちで目を楽しませてくれたが、なんといっても桜の木がすごい。やはり、桜は日本の花の中では女王なのだとの思いを新たにした。ドライブ旅行をして気づいたが、桜の花の命はけっして短くはないということ。
この旅行では、私は5月の下旬まで、あちこちで息を飲むほどに美しい桜の木に出会った。高度が変わったり、また緯度が変わったりすると、花の時期はずーんとずれてしまうから、東北の山あたりにいくと、5月下旬に、今を盛りと咲き誇る桜が見られるのも理屈に叶う。
雪景色もまた然りである。
面河から、西日本の最高峰、石鎚山へスカイラインが伸びている。1982メートルの山の七合目までを結ぶ18キロのドライブ道路である。冬期は閉鎖されるこのスカイライン沿いで、私は素敵なプレゼントを見つけた。
小さな滝が凍っているのだ。晴天に恵まれていたので、きれいなガラスのツララに、太陽光が反射して、きらきらと輝いていた。思わず、車を止めて、写真撮影に熱中する。

七合目から山頂までは、ほんの二時間の登山らしいが、「絶壁に太い鎖がかけられた鎖場を乗りきるコースは、自信のある人向き」というガイドブックの情報を見て、あっさりと引き下がる。ちょっと悔しいけど、登山道は、しょっぱなから凄い急坂で、とても私の手には負えなさそうだった。
面河渓谷と石槌スカイラインを堪能してから、国民宿舎面河にチェックインした。
荷物を持って、入口へと向かう道から食堂が見えた。食堂では、10人ぐらいの人が団らんしていたが、私の姿に気がつくと、全員が立ち上がって、散らばった。
「どうやら、私が本日さいしょのお客なんだな」と、せっかくのくつろぎタイムを、奪い取ったような気がして申し訳なかった。私は、推測通りの「本日さいしょのお客」だったが、そればかりでなく、「本日さいごのお客」でもあったらしい。つまり、またお客は私ひとりだったのだ。
ユースホステルの場合は、ペアレントさんの家族が生活している建物の一角をあてがっている場合が多いから、私ひとりがお客でも、抵抗が少ないが、国民宿舎ともなると、受付係りと、食堂係り、ボイラーマンに、清掃係り、などなどがいるようで、だから食堂に10人もの従業員がいたわけである。
「私ひとりのお客のために、10人の人間が働いているのか」と思うと、とっても申し訳なかった。ユースのペアレントさんは、経営者でもあるから、たとえ一人分であっても、宿泊料金は大切な収入の一部と考えるだろう。でも、国民宿舎の従業員の場合は、お客があってもなかっても、彼らの給料に何らの変化もないはずだ。
出発前には、ユースの相部屋についてを心配した私だったが、この辺りまで来て、たった一人のお客であることが申し訳ない、ということを心配するようになってきた。
ユースと国民宿舎の比較の話が出たついでに、食事に関していうと、ユースホステルにおいては、経営者であるペアレントさんが、ホステラーのニーズをよく研究して、改良工夫されているのに対して、国民宿舎のそれは、公務員的、恐怖の現状維持パターンに陥っていた。
二度と行きたくない旅館の、決まりに決まり切ったお食事。
新鮮じゃなさそうなお刺身に、冷めてガチガチに固くなった海老の天麩羅、あとは山菜の煮物とか、つくだ煮なんかを、皿数を増やすためだけの目的に付け加える。
これで、大枚の宿泊料を取るから、旅館の場合は、「二度と来てやるもんか」と思うのだが、国民宿舎の場合は、6,600円だから、「まあ、しゃぁないか」と納得できる。でも、食事のパターンがあまりにも似かよっているので、二日続けて国民宿舎に泊まるのは、できるだけ避けるべきだ、と学んだ。
また、公共の宿のガイドブックには、「開設年」とか「改築年」が書かれている。面河の国民宿舎は、改築年がごく最近だったために、選んだわけだったが、これにはしっかり騙された。開設年は、ある程度あてになるが、改築年は、あてにならない、と知った。
天狗荘の場合は、素晴らしい改築ぶりで、大満足だったが、「改築」という言葉は曖昧で、どの程度の規模で改築したかどうかが分からなければ、無意味な情報と思い知った。
まあ、とはいえ、面河渓谷というステキな地に、一夜の宿を取れることは有り難かった。しかも、公共の宿は、「一人旅の女」を厄介者として毛嫌いしたり、運転効率が悪いからと退けたりしない点が嬉しい。この点は、ユースも国民宿舎も、日本ではアウトサイダー扱いの「一人旅の女」にやさしい。
12 名物ユースの夜