オバサン・ドライバーが行く 12
名物ユースの夜
(松山)
さて、翌日の宿は松山ユースであった。私は、この旅行の直前にパソコン通信でユースホステルの会議室に入り、最近のユース事情を下勉強していた。
そこで手に入れた、全国ユースホステル人気ランキングは、いろいろな意味で私の修行にとても役立った。自分で商売をする、ということを念頭においた修行だったから、どこのユースがなぜ人気があるのかを分析するのは、たいへん面白かった。今の旅人の心を少しでも分かるためにも、最適の経験になろうと思われた。
その人気ランキング、堂々の第一位がこの松山ユースだ。
施設は当然の4つ星。24時門限、24時間シャワーOK。また最近のユースでは、増えつつあるゲスト・ルームと呼ばれるワンランク上の部屋もあった。ゲスト・ルームなら相部屋にならずに済むから、ホテルとの差はあまりなくなる。料金も相部屋とは数百円の差である。しかもこのユースは立地がよく、道後温泉の中にあり、駅からも近い。
4月21日の週末にあたったので、今日こそは相部屋を覚悟しなければならない。でも、かなり疲れていたので、ゲスト・ルームにしてもいいかな、とも思っていた。
チェック・インはヘルパーの男の子だったが、人当たりの好感度ばつぐんの彼は、「ちょっと長旅で疲れているので」と言う私に、トイレつきのゲスト・ルームをくれた。 もっとも私が特別扱いというのではなく、シーズンオフには、部屋の空きがある限りは一人一部屋をくれるのが、ここのポリシーのようだ。しかもゲスト・ルームのエキストラ料金も取ってないらしかった。
たまたま、外国人の二人組のチェック・インと重なったのだが、外国人には数百円の割引きがあるらしい。この二人が顔を見合わせて、
「なんて、リーズナブルなユースなんだ」と喜ぶ英語のつぶやきが聞こえた。
部屋割りを見ていると、外国人にはふつうのユース部屋を割り当て、割引きのない日本人にはゲスト・ルームから順に部屋割りをしているようであった。
部屋はすばらしかった。テレビもあった。何より驚いたのは、清掃の徹底ぶりだった。私はここに二泊したのだが、そして連泊の場合、たいていのユースは清掃しないようだったが、このヘルパーは洗面所やトイレの中まで、きちんと清掃してくれていた。
たぶんペアレントさんの気構えにもよるのだろう。振り返ると、人気ランキング上位のペアレントさんたちは、おしなべて施設の清掃管理に、ぴしっとした姿勢が見られたように思う。
シーズン・オフに施設の改良をするのがこのユースの習わしらしく、ユースの建物は改良工事の真っ最中であった。そしてそのため、夕食は提供されず、近くの食堂で食事することになった。だから、残念ながらかなりの人数がいた筈のホステラー同士の交流があまりなかった。
昔のユースのミーティングなどは、どのユースでもとっくに廃止されたが、ここでは夜にティータイムが設けられ、お菓子と紅茶が自由に飲める。
ティータイムにいそいそと出かけると、このヘルパーさんが、何やら図面とにらめっこしていた。話を聞くと、彼は夢見るペアレント志願で、長年の夢がもうすぐ叶うらしく、自分の城の設計図を作る段階まできていた。
彼はこのユースで、ペアレント修行のために、ヘルパーをしているらしかった。彼と話していると、皆に愛されるいいユースを作りたい、というぽかぽかした夢が伝わってきて、すがすがしい気持ちになった。
「夢見る青年は、なんてきれいな目をしているんだろう」と私の心までが、ぽかぽかと虹色に染まってくるから不思議だ。
初めはヘルパーさんと二人だけだったが、そのうち他のホステラーもやってきた。中に私より年輩の一人旅の女性がいた。私は喜びいさんで彼女とおしゃべりした。
だいたい、私がユースの旅を思いついたのは、ある時の新聞に、
「ユースを使って旅する、若い一人旅の女性がここのところ急増している」と書かれていたからであった。一人旅をする女性と語り合ってみたい、と思ったのがひとつのきっかけだった。
だが、その記事は嘘っぱちもいいとこだった。たしかに何人かの一人旅の女性と出会ったが、「最近、急増している」なんて大嘘だった。どのユースでも、
「いるにはいるけど、少ないよ。やはりバイクの男性の一人旅が主流だね」と言われた。

松山ユースで出会った女性は、ハンパじゃないユニークな方だった。いわゆるバツイチで、フリーライターの仕事で、一人息子を育て上げ、その息子が大学を卒業し、母の役目をやり遂げた記念に、四国の八十八箇所を「歩いて」回っているとのことだった。ちょっと無理を押して歩いたために、足首を痛めてしまい、今はこの道後温泉で療養しているらしい。
その他、アメリカ人が一人、長期滞在していた。最近の高校にできた制度で、ALTというのがある。Asistant Language Teacherの略である。ネイティブの英語の先生をアシスタントとしてつけ、英語の授業のオーラル面をバックアップするのだ。この制度により、最近では、どんな片田舎でも外国人が住んでいることがふつうとなった。
この彼の場合、道後に赴任してきてまだ適当なアパートが見つからないので、ユースに仮住まいしているらしかった。アメリカ人の割りには、やたら暗い、神経質な性格だったが、あの調子なら地方都市の日本人とも充分にやっていけそうだった。いい意味で繊細さをもったアメリカ人だった。
13 【ティータイム】ホステラー観察記