オバサン・ドライバーが行く 13
【ティータイム】ホステラー観察記
(松山)

 松山ユースが全国一の人気を誇る大きな理由に、ここの名物ペアレントさんがあった。彼は、一泊目の夜は留守だった。なんでも、神戸の震災の救済のためにテントを提供していて、それが不要になったので、テントの回収のために神戸まで行かれたらしい。大統領とアダ名されているペアレントさんには、二日目の夜に出会えた。

 このユースでは、希望すれば「スプーン曲げの講習」に参加できる。こんなアホらしいものに参加する気はなかったが、フリーライターのオバサンが、
「大統領は、気功をご存じとうかがったので、ぜひ気のパワーで足の治療をしてほしい」と言い出したので、なんとなくスペーン曲げの講習が始まってしまった。
 正式に申し込めば、講習料を払うことになっているが、まあいわば無料で講習のお話をうかがえたのだった。

 私は、この講義の中でとても興味深いものを目にすることができた。若い二人連れの女の子のホステラーが、いとも簡単に大統領の暗示にかかる様を見たのだ。
 大統領はまず、その女の子にピカピカのサラのスプーンを持たせ、
「これを曲げてみなさい」と言った。女の子は、ちょっと力を入れて曲げようとしたが、曲げることはできなかった。
「いいんですよ。思い切って曲げてみなさい」
 とは言われても、まっさらのスプーンをぐいと曲げるのは、心理的な抵抗もあって、やりにくい。そこで、大統領は儀式にとりかかった。女の子の肩に両手を置いて、エイヤッとばかりに気合いをいれた。そして言った。
「さあ、これで僕の気のエネルギーをあなたに吹き込みましたから、もう曲げられるはずです。このタオルをスプーンに巻いてやってみなさい」
 と、彼女は、タオルにくるまれたスプーンを、ぐにゃっと曲げることに成功し、
「わぁ、すごぉい。信じられなーーい」と白痴声を出して、驚きまくった。もう一人の女の子も、まったく同じことを繰り返した。もう、二人の頭の中は、「気のエネルギーって、本当に存在するのだ。すごいすごいすごいすごいすごい・・・・」と響きまくっていることだろう」

 大統領は、こんどは私を指名した。まずは、儀式である。
「こっちに来なさい」と言う。私は、このか細い女の子にスプーンを曲げる力があるなら、私にだってできる筈、という暗示を自分で自分にかけた。そして言った。
「いや、儀式なしにやってみます」
 そう言って、スプーンにタオルを巻いて、ぐにゃりとそれを曲げた。やはり、私の思った通りだった。まっさらのスプーンを曲げろ、と言われても、「物を壊すことは、いけないこと」との先入観から、それを曲げるための力が沸いてこない。だが、タオルにくるんで、本当に曲げてもいいのだ、と思うと、スプーンを曲げることなど簡単なのである。手を触れずに超能力で曲げる、というのではなく、ちゃんと自分の手を使って曲げるのだから、要するに誰にでもできるのである。

 この次は、気功のエネルギーを見せる、というものだった。これは、テレビのレポーターなどが、気功の道場などを紹介する番組で、先生がエイッと気合いをかけると、先生からずっと離れたところにいる弟子たちが、まるで目には見えない力に操られるかのように、くるくると動いたり、突き飛ばされたりする。あれが、本当にそうなるのか、不思議で仕方がなかった。だからぜひ一度体験してみたいと思っていた。
 まずは、例の女の子たち。
 目を閉じて立たせる。そしてセレモニー。気のエネルギーを吹き込む。女の子の後ろに、ヘルパーさんが立ち、大統領は言う。
「これから、あなたの身体に、離れたところから力を加えます。後ろに倒れそうになったら、倒れても大丈夫です。後ろは、ちゃんと彼が支えてくれますから、気を楽にして、おされる力を感じたら、それに身を任せて倒れるといいです」
 目を閉じて、直立している彼女は、大統領が手を前後に押したり引いたりするのに合わせて、ゆらりゆらりと揺れ始めた。
「今度は、ぐいっと押しますよ」という大統領の声にしっかり呼応して、大統領の前へと押すジェスチャーに合わせたかのように、ふーっと後ろに倒れてしまった。ヘルパーの彼が支えなければ、まったく後ろに転倒してしまうほど、彼女は正味、倒れこんだ。
 もう一人の女の子も、まったく同じだった。
 二人は、またきゃあきゃあと騒いで、もう大統領を超人か、教祖のような眼差しで見ていた。

 私は、思わず、「私もやらせてください」と名乗り出ていた。
 大統領は、気を吹き込む儀式をした。それから、私に目を閉じさせた。私は、足を揃えて直立すると、ゆらゆらと揺れるのは当然と考えて、少し足を開いた形で、気をいれて立った。だから、大統領が何をどう言おうと、私の身体は揺れなかった。
 気を吹き込む儀式を、何度かやり直したりしたが、結果は同じだった。私は、ほんとうに何らかの物理的な力を感じることができるのかどうかが、知りたかったのだが、そんな力は、まったく感じなかった。
 気功、というのが、暗示の産物であることが、私の中で実証された。
 フリーライターのオバサンも、私と同様にして、少し足を開いて立っていたので、あまり揺れなかった。でも、私にしても彼女にしても、目を閉じて長く立っていると、少しは揺れるもので、そんな時、大統領はすかさず「ほら、今少し、影響を受けたようですね」と、言うのだった。

 さて、私自身の中では、気功は暗示の産物である、という結論が出た。だが、気のパワーの影響を受けなかった、という私やフリーライターさんの事実を目の当たりにしながらも、女の子たち二人は、完ぺきに教祖の言う一部始終を信じ込んでいた。
 たとえば、うずまきパワーと呼ばれるシール。うずまきの模様が印刷されただけの、お守りのようなものなのだが、これを身につけると、内面のパワーが引き出されて、いろんな物にたいして、結果がよくなる、と言う。
 紅茶の味がよくなったり、水がおいしくなったりする、らしい。現に彼女たちは、前屈してみて、うずまきを持つと、より身体が柔らかくなり、深く前屈できることを実証してみせた。私からみれば、前屈なんて気合いの入れ方で、数センチぐらいすぐ影響が出ることを知っているから、深く曲げられたことと、うずまきとは何の関係もないことは、明々白々である。
 彼女たちは、うずまきのお守りを大切そうに抱きかかえ、「これで、成績もあがる」と顔をほころばせていた。

 私からみれば、インチキとも言える大統領のスプーン曲げ講座であったが、大統領のカリスマ的なお話ぶりと、若者からの絶対的な指示は、要観察、要分析だった。彼の一連の話には、いいことがたくさん語られていたからだ。
「気構えが、人生を変える」
「こうはならないだろう、と思って退くよりは、こうなるのじゃ、と思って前進しろ」「自分の身体を知り、客観的に見て、自分の意思の力でそれをコントロールできるようになれ」などなど、若者に対する説教として、いい物をいっぱい含んでいた。

 私自身、彼からひとつ、金の言葉を受けた。
「対向車が来るかもしれない、きっと来るだろう、とびくびくしながら運転するより、どうせ来ないさ、来たらその時に考えるさ、ぐらいの姿勢で進まなければいけない」
 この考え方は、四国の信じられないような「奥の細道」をドライブする時には、必要な心構えだった。
「ぜったいに来ない」とまで思い込むと、前方不注意になって危ないかもしれないが、「基本的に、対向車は来ないもの」と考えるのは、四国の細道ドライブでは正しいと言えた。あの、離合しにくい道を、離合のことばかり考えて進んでいたら、胃潰瘍になってしまう。人生も、あまりにもコワゴワ歩いていたら、途中で疲れ切ってしまう。

 大統領の話しぶりは、ちょっと決めつけすぎる態度が目立ったが、最近のひ弱な若者たちは、コワゴワ、尻込みしながら、神経質に歩く傾向があるから、彼のように自分の思い込みを豪語できるタイプの指導者を、必要とするのかもしれなかった。  はっきり、きっぱりと自分の考えを豪語し、また実践する大統領は、若者に居心地のいいユースを提供し、震災のボランティアに馳せつけ、若者に一夜の人生訓戒を語り、やはり彼は、なかなかの名物ペアレントであった。


14 お刺身いっぱいの民宿

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