オバサン・ドライバーが行く 15
神様の授業料
(佐田岬)
佐田岬では、ひとつの事件が私の身に起きた。
たいしたことではない、と言えばそうであり、けっこうその後まで、後遺症をひきずったと言えばそうでもあった。
佐田岬の半島の尾根部分を、わりとまっすぐに突っ切るメロディ・ラインは、なかなかの快走ルートであった。
と、ずっと私の前を走っていた、愛媛ナンバーの地元の車のスピードが一定しない。彼女と二人で、おしゃべりに夢中になっているからかどうか、ときどきふっとスピードが緩むのである。かといって、うっとうしいから追い越してしまおうと、機会をうかがって、チャンスが来たと思うと、急にスピードを上げたりする。
こういう時って、しだいにイライラが募ってくる。ハンドルを持つと凶暴な性格になる人が多いが、私にも若干、その傾向があった。
だから私は、追い越すチャンスをゆっくりと待っていた。やがて短いトンネルがあり、トンネルの向こうに、ずっと直線ルートが続いているのが見えた。対向車もいない。トンネルを出て、さらに前方がよく見えたら、追い越すチャンスだな、と私は身構えていた。 トンネルを出たあたりで、前の車が急にブレーキを踏んだ。
「なんで、こんなとこでブレーキなんか踏むのよ、あんた。もう、こんな車とおつき合いはしてられない。よぉし、追い抜くぞぉっ」とアクセルをぐっと踏み込んだところで、「ウーウー」とサイレンが聞こえ、私の目にパトカーが飛び込んできた。
後で聞くと、このスポットは、いつもパトカーが待機しているそうだった。もしかしたら、あの地元の車は、それを知っていて、私を煽り、罠にかけたのかもしれなかった。
警官が私の車に向かって怒鳴っていた。
「こらぁ、君ぃ、パトカーの前で、追い越しする奴があるかぁー」
別に、パトカーの前で追い越してはいけない、というルールはないと思うが、パトカーの前で、わざわざ追い越しをかける馬鹿がいないのもたしかな事実である。
私は、すぐさま車を止めた。
ふと我にかえってみると、そのときの私の姿は、けっこう物凄いものがあった。顔の半分が隠れる、でかいサングラス。カラオケのレパートリーを増やすために、大好きな谷村新司のカセットを、かなりの音量で鳴らし、また運転性の肩凝りに苦しむ私は、背中のツボをうまく押してくれる、金属性のまあるく曲がったツボ押し器を首からぶらさげていた。警官から、ある種の先入観を抱かれてしまいそうな、あやしい中年オババであった。
スピード違反の切符を切られるのは、二度目だ。警官に言われるままに、パトカーに乗り込む。私が警官の質問に答えて、手続きをしている間、もう一人の警官が、うさん臭そうに、私の車をぐるりと回りながら観察していた。
「やばいなぁ。あの大荷物を見られたら、何か言われそうだわさ」と私は心配した。
なにせ私の車には、三カ月分の荷物を積み込んでいる。コンタクト・レンズの保存液を作るための精製水も5本ほど、まとめ買いしてあった。また、全国のガイド・プックや地図を積んでいたので、まるで本屋の行商のようでもあった。
二週間の休みがなかなか取れないという日本社会にあって、私の旅姿はまさに、「あやしい」のであった。警官がパトカーに戻ってきて言った。
「長いあいだ、旅行しとっとですかぁ」
「はぁ、まぁ」
もう一人の警官が聞いた。
「職業は?」
「通訳ガイドです」
と、同時に免許証を手にしていた方の警官が、免許の裏を見て言った。
「ああ、じゃあ、国際免許で乗っとっとですか?」
免許証の裏には、国際免許証発行の印があった。メキシコで使うために、国際免許を取っていったからだ。しかし、日本人の私が、日本で運転するのに、なんで国際免許を使うんじゃ?と、しらけながらも、私は答えた。
「はぁ、まあ、海外で運転する場合は、国際免許で乗りますけど」
さきの彼は、馬鹿なことを質問した、と自分でも気がついたらしく、黙って免許証を返してくれた。彼らは、とても素朴な、地方のお巡りさんだった。
幸い、パトカーに備えつけられた、スピード探知機は、「29」の数字を示していた。30キロ未満のスピード・オーバーは、罰金一万八千円である。これが30キロ以上になると、免停になり、罰金は五万円ぐらいにはね上がる。しかも違反から一カ月ほどしたころに、出頭を命じられることになる。だから、あと一キロ余分にオーバーしていたら、私は一カ月以上の旅を続けられなかったわけだ。
一キロの差に、私は心底ほっとしていた。ただし、免許の点数制度によると、この違反で、点数が三点引かれたことになるので、違反の時点から一年以内に、もう一度同じ程度の違反をして、また三点引かれても、合計六点で、やはり免停になる。つまり、これ以降の旅のあいだ、もうスピード違反してはならないのである。
私は、この事件を、神様の警告と、受け止めることにした。ドライブ旅行を、なんとかここまで続けてきて、運転技術にちょっと慢心している自分を見た気がした。この先、スピード違反をできない、という拘束は、私にはちょうどいい縛りと言えた。
そう、神様が、「スピード出しちゃイカンのだよ、キミぃ」と私を諌めてくださったのだ。一万八千円の罰金は、ユースの宿泊代にすると4泊分にもなり、とても手痛い出費であったが、自己戒めの授業料と認識することにした。
三崎町の郵便局で、罰金を振り込むと、局員の方は、
「ありゃ、あのメロディラインの所で、捕まったですか? あそこは、いつもパトカーがいるんですよ。そりゃまあ、なんというか、運が悪かったですね」と心から同情してくれ、ポケットティッシュをひとつくれた。その気持ちが嬉しくて、ちょっとだけ、気分がよくなった。
16 菜の花にひかれて