オバサン・ドライバーが行く 16
菜の花にひかれて
(伊予三島)
4月24日の宿は、新・長谷寺ユースにした。
テレビのローカル・ニュースで、翠波高原で菜の花が満開と知り、そこへ行ってみたくなった。長谷寺ユースは、その近くのお寺のユースで、四つ星の施設だった。
翠波高原への道は、もう、すごいの一言につきた。
伊予三島あたりで国道十一号線から逸れて、山道をあがって、金砂湖へと出る。ここに、法王隧道という、その名も威厳に満ち満ちた、長さが二キロほどのトンネルがあった。このトンネル、なんと、一車線の狭い道なのに、一方通行ではないのだ。
そんなことはツユ知らず、幸いにして私は、地元の車のすぐ後を走っていた。トンネルに至るまでの道も、離合困難の狭い道だったが、対向車はいっぱいくる。
対向車の多い、狭い道では、運転の上手な車の後ろについて走るのがいいのだ。そうすれば、前の車が停止することで、対向車が来ていることが分かる。前のドライバーの腕がよければ、どのポイントで停車するのが、効率がいいかどうかも分かってくれているので、離合は比較的、スムーズに行くのだ。
この時は、私より数段、技術が上の車の後をついて走っていた。この人、飛ばす飛ばす。彼が飛ばしているあいだは、対向車がきていない印であるから、私は安心してついていけるのだが、スピードが速いので、私としては、必死の面持ちでついて行った。
トンネルに入るとすぐ、なぜか彼は道の左側に設けられた、離合のためのスペースに車を寄せて停車した。そして、パッシング・ライトを二度、点滅させた。と、はるか彼方に見えた別の車が、一度パッシングして、こちらに向かって走り出した。
その時点で初めて、私はこのトンネルの仕組みを理解したのだった。離合スペースは、百メートルか二百メートル間隔であったようだ。しかし、トンネルのはるか彼方に見えるヘッドライトだけでは、私には正しい距離感がつかめない。
ここを通る車は、相手との距離感をはかりながら、どちらの車が優先すべきかを瞬時に判断して、待つと決めた場合は、離合スペースに車を寄せるのだ。相手ドライバーの顔がまったく見えない状況だから、ライトで合図しあうしか手がない。
こんなトンネルが、存在するなんて、想像もつかないことだった。
地元の、しかも上級ドライバーの後をついて走っていた私は、とてもラッキーだった。自分ひとりで、こんなトンネルにつっこんでいたら、訳が分からなくなって、パニクッたことと思う。タイミングが悪ければ、最悪は事故、そこまで行かずとも、他の車に多大な迷惑をかけることになったろう。
無事にトンネルを出るとまた、
「えっ?こんなエゲツナイ坂道って、そんなんありぃ?」と誰かに問いただしたくなるような、急坂、急カーブの道をのぼることになった。
これも自分ひとりだったら、不安になって引き返したかもしれないが、前の車が臆せずにどんどん進むので、ついていけたようなものだ。
翠波高原につくと、菜の花で有名なためか、広い駐車場があった。私は、前を走っていた車に、恐怖の道中をリードしてくれた御礼を、言いたい心境だったが、広い駐車場の中で、どの人が「彼」(彼女?)なのかを見失ってしまった。
もっともただ、後ろを走っただけの関わりで、
「さきほどは、誠にお世話になり、ありがとうございました。あなた様は、私の命の恩人です」などと言っても、あやしまれるだけかもしれない。でも、あの時の私は、そう言いたい気分であった。

お天気がいまひとつだったので、菜の花の黄色は、あまり艶やかではなかったが、遠くに紫紺の山の稜線が見え、花の黄色との対比が美しかった。
さて、菜の花を満喫したあとは、ちょっと気が重い。あの法王隧道をまた通らねば、今夜の宿にはたどりつけないのだった。どうしようかと、考えながら、急坂を降り、トンネルが近づいても、私の前には他の車が現れなかった。
「しかし、このトンネル越えは、やはり私の手には負えない」と判断して私は、道幅の広いところで車を左に寄せて、他の車を待ち伏せすることにした。
じっと息をひそめて待つこと数分。バックミラーを睨んでいる私の目に、獲物がとびこんできた。ギアーを入れて、準備をする。さっきみたいな上級ドライバーだったら、必死でついていかねばならないから、思わずリキが入る。

よしっ、来た。
通りすぎた。
レッツ・ゴー・ゴー。
ぐいとアクセルに力を入れて、前の車のスピードまで、一気に加速してついていく。トンネルの中でも、この車にぴったり寄り添って、なんとか無事に通過した。
トンネルを出ると、ふぅーっと力が抜け、前の車との距離がどんどんあいた。
「まあ、もういいか」と、のんびりマイペースで進むことにした。
このあと、長谷寺を探すのも骨折れた。国道から山側を見上げると、それらしき立派なお寺が目に入るのだが、そこへの道がどうもよく分からない。うっかり入り込んだところは、畑の真ん中で、帰り支度をするお百姓さんに道を聞き聞き、ようやくたどりつく。
お寺の建物は、すこぶる立派なものだった。しばらく入口で待っていると、住職が出てこられた。
この住職、とても陽気な方で、まずは応接室に通されて、お茶菓子をいただきながら、ひとしきりおしゃべり。外国事情にもたけていて、また好奇心の旺盛な方で、ついつい長話をしてしまった。
ホステラーは、また私一人だったので、まさにお坊さんと膝つきあわせておしゃべりする。禅問答、ではないが、住職はあれこれと問答をもちかける。話はつきず、とうとう12時にもなり、私はもう一泊することにして、続きは明晩、ということになった。
お住職は、
「ユースをしていると、若い人たちと話しをする機会にもなり、そのことが自分の興味にもつながり、また気を若く保つ秘訣でもある」とおっしゃる。若者の文化も、分からなくて立ち入らない、という頭の堅さがなく、相手の言い分をしっかり聞こう、という姿勢があるので、話すのがすこぶる楽しかった。
ユースといっても、その建物は、お寺に付属した宿坊としても利用できる物なので、ボロい民宿などよりずっと施設が整っていた。また、お寺が山の上にあるので、伊予の町の明りが海岸沿いに散らばる、素晴らしい夜景を、自分の部屋から見ることができた。
私は仕事柄、日本各地、そして外国の高級ホテルに泊まったことも多いが、安宿と高級ホテルの決定的な違いは、客室からの景色だと、この旅行を通して知った。
国民宿舎なども、建物自体は素晴らしい場所に立っていても、部屋からも景色を楽しめるところは、少数派と言えた。ユースにいたっては、部屋からの眺めはたいてい、ただの雑木林か、ただの駐車場か、ただの広っぱであることが多い。
だから、自分の部屋からの景色を楽しめたのは、ここが最初で最後であった。
17 祖谷温泉にひたる