オバサン・ドライバーが行く 17
祖谷温泉にひたる
(祖谷渓)
長谷寺ユースの次も、お寺のユースであった。
今までの、人生経験で、お坊さんという人種は、なかなかオモロイ人物が多い、と認識している。生活に時間的なゆとりがあるから、オモロイ人物が育つ条件があり、また職業柄、哲学的なことに触れる場面も多いから、心に磨きがかかるのだと思う。長谷寺の住職にしても、まったくその通りの方であった。
次に行った定福寺ユースは、名物ユースのひとつであった。パソコン通信のユースホステル会議室でも、しばしば話題にのぼる。
このユースは、五大修行で有名で、これに関しては、テレビで体験レポートを見たことさえあった。場所は、大歩危、小歩危や祖谷渓で有名な地域の少し南、豊永の近くにある。五大修行とは、このあたりの山や川をめぐる、ハイキングやサイクリングのルートなのだが、その距離がハンパじゃなく、早朝に出て、日暮まで歩き続けるような行程なので、修行と名づけられているのだ。そして、五つの修行すべてをクリアすると、ユースの人間国宝として認定されるらしい。
まあ、この五大修行に関しては、ユースの営業活動の一環にすぎない、と私は思っていた。だが、人気の秘密というのは、そう簡単に割りきれるものではない。私は、このユースでも、かなりインパクトのある出会いを体験した。
伊予から大歩危、小歩危までの道筋は、さすが四国の一、二を競う有名観光地であるだけに、道幅もゆったりとして、トイレなどの観光施設も整い、快適そのものだった。大歩危、小歩危の舟下りは、人数が集まらずに出ないことも予想していたが、ここには、なぜかしっかりと団体客が詰めかけていたので、船は頻繁に出ていた。むしろ、団体さんばかり扱っているようなムードで、個人チケットを持っている私は、後回しにされたり無視されたりの挙げ句に、ひとつの団体さんの貸切り状態の船に、もののついでに積み込まれたような具合だった。
あまりにも年齢や風体のちぐはぐな私に、隣りのオバサンは、
「失礼ですけど、あなたもカツラ会の方ですか?」と尋ね、私は、
「いいえ、私はカツラ会とはなんの関わりもない、行きずりの旅人です」と答えた。どうやら、俳句の会か、なにかのようだった。
舟下りの景色は、そうたいして感動するほどのものでもなかったが、船頭さんの説明の、ある部分には、ふむふむと納得させられた。
「左の岸のこれらの岩と、右側の岩は、ひとつにつながっています」
そうか、四国の川ってのは、一枚岩の上を川が流れ、侵食していったものが多いのだ。だから、滑床や面河のような景色が見られるのである。侵食のステップから言うと、滑床や面河は、若年期で、大歩危、小歩危は壮年期といった違いがある。壮年期になれば、船頭さんの説明がなかったら、どこでもよく見る川と奇岩のパターンとあまり大差はない。私には、むしろ若年期の風景が新鮮だった。
祖谷渓谷といえば、かづら橋。加えて、祖谷温泉である。
祖谷温泉は、祖谷川のほとりにあり、道路沿いに建つ旅館から、200メートルも下の谷底にある浴場へ、ケーブルで降りていくのだ。ガイドブックの写真を見ていると、もうどうしても行きたくなり、かなりの上級ルートの道筋をものともせず、私は祖谷温泉を目指した。
このエリアを走ると、あちこちに見慣れぬ標識があった。
「0.7」「0.5」「0.6」というような数字が、そこここに書かれているのだ。初めは、「かづら橋まで、あと0.5キロ」とかの意味に解釈していたのだが、だとしたら、数字は規則的に小さくなるべきだが、そうでもない。
その事実にふと気がついて、じっくりと標識を読んでみた。びっくりした。そこには、「この先、0.7キロ、離合できない」と書かれていたのである。
ご親切に、離合できないエリアの距離をきちんと書いていてくれるのだ。だが、0.7キロ先の車が見えるはずもなく、運悪く対向車に出くわしたら、0.7キロの半分近くの距離を、どちらかの車が、バックしなければならない。
意味を理解して、ぞぞっとした私だが、ここは松山ユースのペアレントさんのくれた、金の言葉を胸に抱いて進む。
「対向車なんか、ぜったいに来るもんか」と。

じっさい、対向車はほとんどなかった。おかげで、そう苦しい思いをすることもなく、祖谷温泉にたどりついた。車を停めて、フロントに行き、入浴のみの利用が可能かどうかを尋ねる。OKだった。
それで、車に入浴グッズを取りに戻る。車をごそごそしてると、旅館の人が出てきて、きょろきょろと辺りを見回す。私はちょっと心配になって尋ねた。
「あのぅ、車は、ここに停めさせていただいて、いいのですよね」
「ええ、もちろん」と言ったあと彼は、声のトーンを落としていう。
「あのぅー、ここへは、一人で来られたのですか?」
なるほど、彼が辺りを見回したのは、私の連れを探していたらしい。ふつうの女だったら、なかなか一人で来れない道を、ひとりで走ってきたんだと知って、私の心は、フフフと会心の笑みを浮かべていた。
ケーブルカーは、お客自ら、運転するのだった。もっとも、エレベーターのように簡単で、「上がる」、「下がる」と書かれたボタンを押すと、自動運転してくれた。
昼過ぎだったので、旅館はがらんとしていて、谷底の露店風呂は、独り占めだ。団体まみれの舟下りとは大違いの、リッチなひととき。
祖谷川は、大歩危のある吉野川よりも、ずっと秘境の趣があるし、浴場の近くには、有名なかづら橋と同じような吊り橋が、カメラを構えた観光客のいない静かな環境にあった。
「温泉はぬるいので、30分以上、ゆっくりつかって暖まってください」、と書かれていた。逆にいえば、30分以上もつかっていられるので、お湯につかりながら、渓谷美を堪能できる。
これも、修行の旅のご褒美かな。ひとり、悦に入る。
18 笑い地蔵のお坊さん