オバサン・ドライバーが行く 18
笑い地蔵のお坊さん
(豊永)

 アメをしゃぶった後には、いつものようにムチが待っていた。毎度のことながら、ユースへの最終アプローチには悩まされる。
 観光地の王者、大歩危までは快適だった道は、観光地を抜けると、
「ここまで、げんきんに、手のひらを返したように、変われるものか」と思うほど、険しい道になった。

 439号線に入ると、「これでも道なの?」と悩み、さらに「定福寺ユースはこちら」という標識がなかったら、ぜったいに入りたくないような道になった。
 いや、標識があってさえ、私はしばし、入るのを躊躇した。そして、もしやして、「ここは歩道、車の方はあちらへ」などと、書かれてはいないか、と吟味したほどである。田んぼの畦道かと思われるような道をあがると、ちゃんとユースの駐車場があった。

 ユースは、がらんと人けがなかった。受付けの鐘をたたいて、呼ぶと、お坊さんが出てきて、チェックインの手続きをしてくださった。だが、なんとなくぼーっとした方で、やる気があるのかないのか、ちょっと期待はずれでがっかりした。
 そのすぐ後で、男の子が到着した。今度は、鐘を鳴らしても誰もでてこない。さらに、もうひとりの男の子が到着。

 この日は、夕食の提供はできない、と予約のときに聞いていたので、皆、それぞれ食料持参である。6時ごろになると、大広間で三人で食事を始めた。後できた男の子は、スペイン語専攻の外大生だったので、あれこれとおしゃべりがはずんだ。
 さらに8時ごろになって、女の子二人が到着。電車できた二人は、豊永駅から2キロ近くの道を歩いてきたらしい。私が、玄関で出迎えると、
「よろしくお願いしまーす」と言う。
「いや、その私はヘルパーではなく、ホステラーなんですけど。まあ、どうぞおあがりなさい」と招き入れた。あとで、推測したのだけど、ペアレントさんは、
「一人に手続きして、館内の施設を説明したら、あとは、どうなとなる」と考えていたのかもしれないと思った。たしかに、なんとかなるのだ、このユースは。
 入ったところにある大広間が、なんとなく、無差別に人を招き入れてくれる暖かみがあった。ここに入らせてもらえるのだったら、それでいい、とそんな気にさせてくれる何かがあった。

 大広間で、楽しくおしゃべりした。女の子二人は、アートデザイン関係の仕事をしていた。20代後半の大人の女だ。ライダー二人は、旅好きの若者だった。
 やがて9時近くになり、私は言った。
「ねえ、外の公衆電話から、電話してみたらどう?」
 女の子二人は、事前にきちんと予約を入れてなかったらしい。いちおう電話はしたらしいが、電話に出たのは、留守番の人だったそうだ。チェックインもせずに無断でお風呂に入るのも問題だし、やはり到着した旨を告げた方がいい。戸口にある公衆電話から、その家に電話するのも妙な話だが、電話して、ようやくペアレントさんが奥から出てきてくださった。

 このユースには、お宝があった。笑い地蔵という。それを収蔵するための、宝物館まであった。私は、「笑い地蔵」というギャグっぽい名前から、「一種の冗談かな」とも思っていたのだが、チェックイン時に「ぜひ見たい」と言うと、「夜に全員が揃ってから、お見せします」とのことだった。
 夜の9時、宝物館の扉が開かれ、全員で拝観した。
 すばらしい木像の六地蔵尊だった。千年以上の歴史を持つらしい。口元にやさしい笑みがある。仕事柄、多くの仏像に接してきたが、笑っているお地蔵さんなんて、こんなの初めてだった。アートデザインの女の子は、これを見たくてここまで来たそうで、上手な筆さばきで、スケッチしていた。
 ペアレントさんが、ぼそぼそと説明をしてくださる。ヘタな駄洒落がお好きなようで、淡々とした口調の、ところどころにシャレがはいる。また、説明のしかたが、ソフトで暖かくて、しだいに彼の魅力が見えてくるのだった。

 このユースは、外国人の人気も高いらしい。とくに、ある外国人旅行ライターが、日本のガイドブックの中の数ページをさいて、このユースの紹介をしてからは、毎年かなりの数の外国人がくるそうだ。
 中には、「ジョウフクジ」は日本でも有名な寺だと勘違いして、成田空港で、「ジョウフクジは、どこですか」と尋ねる外国人もいたりして、成田空港のインフォメーションを困らせているとか。
 部屋の落書き帳に、ホステラーの外国人が、「オボウサン イズ ワンダフル」と英語で書いていた。彼の、ほんわかとした魅力は、外国人にもしっかり伝わるようである。

 私は、彼からもひとつ、金の言葉をもらった。
 この日、ペアレントさんとホステラー五人で、深夜までおしゃべりしたのだが、私がオームの一連の事件に関連して、
「ああいう人たちって、なぜあんなことをするのか、私には分からない」と言ったとき、彼が、なにげなく私に説教してくれた。
「でも、その人たちには、その人たちの理論があるのですから、そう決めつけるのはよくないですね。人間は、生まれてから大人になるにつれて、分別を学んでいきますが、そののちには、無分別を学ばないといけないのです。区別は差別につながり、すべてを広く受容する、仏の道に反することにつながります」
 なるほど、分別があるのはいいとされているが、フンベツは、いわばブンベツすることであり、区別することであり、レッテルを張る行動である。いったん成熟し、フンベツを身につけた大人は、こんどは無分別を心がけて、とし老いていかねばならない。

 私には、自分自身、あまりいいとは思えない性癖がある。すぐに、このレッテル張りをしてしまう点である。
「ああいう人は、こうで、そうだから、ああなんだ」と、カテゴライズしてしまって、物事をはかる傾向がある。年齢を重ねて、より細かな分類をすることができるようになったから、そうするのだと解釈していた。だがそれは、言い換えると、短絡的に分類し、切り捨ててしまう、狭量なものの見方を容認していることになる。
 私は、私の中にある欠点を、鋭く見抜いて、私にもっとも適した説教をしてくださった、この住職の目利きの冴えに、舌を巻いた。
 若者の話をしずかに聞いてくれ、しょうむないシャレを交えながら、淡々と語り、ところどころに巧みな説教をちりばめる。彼の話は、じつに味わい深かった。このユースの人気が高い理由が、よーく分かった気がした。


19 奥の細道修行のクライマックス

オバサン・ドライバーが行く 【目次】

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