オバサン・ドライバーが行く 21
ユースの達人
(木曽福島)
寝不足の翌日のドライブは、ハードだった。高山までも遠かったが、そこから更に、目的地の木曽福島まで80キロのサインを見たときには、がっくりときた。わりと単調な国道沿いを、トラックの後に続いて、50から60キロのお利口さんスピードで走るから、ドライブの面白みにも欠ける。そんなだから余計に眠気が襲ってきたりする。
まあそうは言いながらも、白川郷を歩き、飛騨古川の町を見て、寝覚めの床で有名な川原にも降り立った。

木曽福島のユースは、町並をはずれ、山のふもとの自然に抱かれた場所にあった。例のごとく、最後のアプローチでは、道なき道を進んでたどり着いた。女性のペアレントさんが、「今日は、女性の予約はあなた一人だから、ゆっくりしてくださいね」と言われ、私はほっとした。
風呂に入り、談話室に行くと、二人の男性ホステラーがいた。談話室には、マンガがいっぱいあった。二人の若い彼らは、ユース旅の達人のようだった。とくに一人は、木曽のこのユースにも何度も来ていると言う。そうだった、この日は土曜日だから、社会人で週末はいつも一泊旅行、という人達なのだった。
「ねえ、まさかあなたが、あのベンツに乗ってきた人じゃないですよね」と一人が私に尋ねた。
「いえ、私のは、可愛いフェスティバですよ。ええっ、ベンツに乗ってきた人がいるんですか?」
「僕は、バイクだけど、ユースの駐車場にベンツがあったからさ」と言う。
「ユースの駐車場にベンツは、似合わないっすよね」ともう一人。
そんな話をしていると、ベンツの主が現れた。彼らよりは少し年齢の上の、そう、30代半ばの男性だった。週末に遊んでくれる人もいないし、一人旅は慣れないけど、とりあず来てみた、という人だった。
「でも、観光地なんかで、カップルばっかりだと、なんとなく寂しくなっちゃって。いや、まいりましたよ」
たしかに一人旅初心者らしく、こうやってユースにいても、なんか居心地悪そうにしている。
夕食は、彼ら三人とともに、鍋を囲んでの食事だった。このユースの常連君が、「このユースは、たいてい鍋料理なんだ」と、説明してくれた。彼は、見知らぬ人と食卓を囲むのにも慣れているようで、鍋奉行の役目もつとめてくれる。
さらに、食後は皿洗いがあった。最近のユースでは、皿洗いさせるところも減ったと聞いていたし、四国ではまったくなかったので、私は「ええっ、私たちが洗うの?」とちょっと驚いたのだが、常連君は、「何、言ってるの。それがユースのあるべき姿でしょ」という感じだった。
彼は、皿洗いの分担も指示して、手際よく、効率よく洗う方法を伝授してくれた。
「腰をね、こういう具合にすると、疲れなくていいんだよね」と、オタッキーな説明をしてくれるのには、笑ってしまった。
「でも、たいした数じゃないし、腰痛のことまで心配しなくてもいいんじゃない?」
と私が言うと、
「たしかに、今日は少ないさ。でも、シーズンなんか、何十人分も洗うこともあるからね」
なるほど、それはそうかもしれない。
ユースの世界には、ユースの達人がいるんだなと、私は思った。
もう一人の若い男の子は、職業が郵便屋さんだった。とても、おしゃべりの持っていき方のうまい、好感度の高い青年だった。
「僕、初めてユースに泊まったときには、びっくりしましたね」
まったく知らない者同士が、同じテーブルにつかされて、「さあ、楽しく会話しながら食べましょう」という雰囲気に圧倒されたのだと言う。だが、他の人がどんな会話をするかを聞くうちに、コミュニケーションのノウハウのようなものを学んだと言う。
「ユースって、旅人ばかりだから、要するに旅の話をすればいいんだなって、分かりました。そのうち、いろんな人と話すのが楽しいと思うようになって、よくユースを利用するようになりました」
今は、放送大学で心理学の勉強をしているという彼は、いまどきの若い人には珍しいぐらいの話上手だった。私と彼とが、いろいろとオシャベリする中、常連君は、マンガを読み、ベンツ氏は、談話室に出たり入ったり、と居心地悪そうにうろうろしていた。
22 どんより空の富山