オバサン・ドライバーが行く 28
一人旅の旅館
(蔦温泉、三沢)

 高湯温泉のユースを出てからは、ずっとビジネスホテルを愛用していた。観光にエネルギーを割くためにも、確実な休息が欲しかったのと、東北は観光地だけでなく、町も知らない所が多かったため、宿泊地は酒田、鶴岡、秋田、横手、盛岡、弘前、花巻と町中にしたこともあった。もうひとつの理由は、ユースの食事が良すぎて、太り始めていた。朝食はスーパーで買う、パンと牛乳で充分だったし、夕食も時には、お総菜とオニギリだけ、またはプチトマトやフルーツなどで、野菜不足を補った。
 心引かれる温泉がある場合は、旅館にも泊まった。
 乳頭温泉郷の鶴の湯と、八甲田にある蔦温泉、あと旅行業界でのお勧めの宿、ナンバーワンという地位をもつ、古牧温泉である。

 蔦温泉は鶴の湯と並んで、もうもう、最高の湯であった。古い木造の建物で、昔の造りらしく天井がとても高い。江戸時代の銭湯って、こんな建物だったのかな、なんて思わせるような浴場だった。湯は無色透明なのだが、なんとなく透明度が高いのだ。日本の海の水なんかは透明度が低い場合もあるが、風呂の湯って基本的にパーフェクトに透明なはずだ。だから、他の湯と比べて透明度が高い、という表現は妙なのだが、でもたしかに、透明度が高いという印象を受けるのだ。

 二度目に湯に行ったときに、その謎が解けた。謎を解く鍵は、ときどき湯船の底から立ち上る細かい泡であった。別にオナラをしているわけでもないのに、ときどきプクプクと泡が立ち上るのを、ぼんやり眺めていた。そして、気がついた。パンフレットにさりげなく書かれていた、源泉の真上に作られた浴場とは、そういうことだったのかと納得した。湯船の底板の間から、湯がわき出ているのだ。だから、透明度が高いという印象は正しいのだ。部屋などの施設はいまひとつだが、この湯があれば、あとは何もいらないと思えるほど、素晴らしい湯だった。
 蔦温泉の魅力はもうひとつあって、旅館の裏山にブナ林に囲まれた遊歩道がついているのだ。ブナ林の黄緑色の木漏れ日を浴びながらの散歩は、まさに森林浴そのものだった。
 

 鶴の湯、蔦温泉に対して、古牧温泉というのは、対極にある温泉だった。
 ここに行ってみようと決めたのは、酸ヶ湯温泉のまんじゅうふかしでおしゃべりした老婦人の推薦でだった。この「まんじゅうふかし」という、東北色豊かな名前にひかれて行ってみると、それは細長い木製の椅子であった。細長い箱の上にまたがって座るのだが、その木箱の中を温泉の蒸気が流れているらしい。だから、座っていると、ほかほかとお尻が暖かくなるのだった。なるほど、「まんじゅうふかし」ねぇ。

 ここは混浴だったが、衣服を脱ぐわけではないから、私にも楽しめた。また、狭い空間にお尻を並べて座るから、そのとき居合わせた人々と会話がはずむ。私が、京都から来ている、というと、とても上品な服装の老婦人が、
「まあ、京都ですか。私は、毎年三度も四度も京都へ遊びにいくんですよ」と仰る。どうやら、お金持ちの悠々自適老人のようだった。その彼女が、三沢の古牧グランドホテルをたいそうお褒めになる。

「お庭やら、美術館も素晴らしいですから、早い目にチェックインしないと全部見れませんからね」というアドバイスに従って、私は昼過ぎには到着した。建物が第一から第四まであり、池を中心とした大庭園、日本一の規模を誇る大浴場、他美術館やボーリング場などの施設がついている。

 まずは荷物を預けて、庭園と美術館を見てまわる。それからその自慢の大浴場に行った。館内のあちこちに、旅行業界新聞などに、ナンバーワンとして紹介された記事が置いてあり、職業意識をかきたてられて、記事にしっかりと目を通す。
「旅行社の人が、もっとも安心してお客さまに薦めることのできる宿」だそうだ。
 たしかに、団体旅行で紹介する場合を想定すると、一理あるのはうなずけた。到着してから、館内ですごす時間を楽しめるように工夫されている。それが、家族旅行であれ、慰安旅行であれ、あらゆるニーズに応じれる施設が完備しているといえた。

 しかし、あちこちで本物中の本物を見ている私としては、庭園は広いけど、庭としての価値は低い。また日本一の大浴場は、こけおどしもいい所だった。機械を使って掘り当てた温泉のようで、湯そのものがよくなかった。茶色く濁っているのだが、色は別にして、鶴の湯や蔦温泉で感じられるような、全身を包み込んでリラックスさせてくれるような何かに欠けた。奥入瀬渓谷と十和田湖を再現したデザイン、というのも薄っぺらなアイデアでいただけなかった。むしろ、妙な造りにするから、足元がツルツルすべって危なかった。また、洗い場のシャワーなどの設備もお粗末である。ほんとうの高級旅館は、シャワーや脱衣場などのアメニティに細心の気配りが感じられるのだが、それがまったくなかった。

 じゃあ、なぜナンバーワンになるのか。
 たぶん、関東以北の人口を対象に、一見遠くて、じつは交通が便利で、一泊旅行に最適というのが理由だろう。関西からなら、九州の別府あたりに行く方が良いと感じた。
 日本列島は長い。関東と関西という大人口ゾーンが、北向きと南向きとに人口の流れを二分していることを実感した。

 ただひとつだけ、私はこの古牧グランドホテルに正味、感心したことがあった。従業員のしつけが行き届いていることである。
 団体様御用達、というおもむきに、私は食事のまずさを覚悟したのだが、まあまあの水準を保っていた。部屋食はなく、団体さんは宴会場、個人客は大食堂で出された。テーブルの数がゆったりとあるので、国民宿舎で味わうような気詰まりさはなかった。隣りの席の人とのあいだには、観葉植物があるので、そう気にならない。

 ところが、たまたま隣りの席にいた、初老の男性が、
「僕ひとりでは、飲みきれないので、少しいかがですか?」とワインを差し出された。ワインをほんのちょっと飲むのが好きな私は、ご好意を受けることにした。と、それを皮切りにあれやこれやと、おしゃべりを始められた。会話をすること自体はいいのだが、どうも老人によくある、相手の話をまったく聞かずに自分のことばかりをぺらぺら話し続けるタイプだったので、私もさすがに疲れてきた。

 と、少し離れたところで、待機していた仲居さんが、すすっと近寄ってきて、そのご老人の話し相手を始めたのだ。この気配りには、感心した。私の当惑ぶりを察して、じつにタイミングよく、じつに自然に、ご老人の横に立ったのである。
 そういえば、部屋に通されたときの仲居さんも、しばらく世間話しをして、なかなか出ていかなかった。私が居心地悪そうにすると、「お一人で寂しくありませんか?」と問う。それで、一人旅の私に気遣って、話し相手になってくれていたのだと分かった。
「いえ、一人は慣れてますから、大丈夫ですよ」と言うと、彼女は安心したように、部屋を出ていった。

 なるほど、この旅館では、一人旅の人への気遣いや、話し相手になることをも含めて、従業員教育をしているらしかった。だから、一人旅のお客にも、ちゃんと目の届く世話がなされているのだ。
「旅行社が安心して、お客様にお勧めできる旅館」というのは、施設の立派さもだが、それ以上に従業員教育の徹底、という面でたしかな事実だった。


29 東北の最北端にて

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