オバサン・ドライバーが行く 32
とても北海道的なユース
(美瑛)
私の旅は、多様化していた。
丸駒温泉という支笏湖畔の露天風呂の写真にひかれて、ここではまた旅館に泊まった。湖のほとりにある風呂は、やはり源泉に作られていて、湯船で静寂にひたっていると、「ゲゴ、グジュ、ブブ」という妙な音が耳に入ってくる。
初めは、風呂の壁になっている石垣の空洞にカエルでもいるのかと思ったが、これは湯がわき出る音だったのだ。湯の底は砂砂利になっていたが、そこからはプクプクプクと泡が上がってくる。その音は当然聞こえないのだが、石垣の奥でも泡や湯が生まれているらしく、時折、赤ん坊が唇をとがらせて、ブブッと音をたてて遊ぶような音が、漏れ聞こえるのであった。
湯のそばには、床几が置かれている。バスタオルを巻いて床几に腰をおろし休憩した。ふと前を見ると、そこにはこの世のものとも思えない、荘厳な風景があった。湯は湖より一段低いところにあるので、湯に入っているときには、気づかなかった。
静かに眠る漆黒の湖面に、月明かりが反射していた。対岸の山の稜線が月の光りでくっきりと浮かび上がる。夢に現れる心象風景のように、静かだけど、何かを語りかけてくるような、エネルギーを秘めた風景であった。
月の光りは、人を狂わせる、と言う。月はスペイン語では、ルナ。ルナティックという英語の単語は、正気を失った、という意味である。
正気を揺るがすような月の光りに包まれ、ふと我に返ると身体が冷えている。また、暖かい湯につかり、湯上がりに湖の景色をチラリと見る。と、月の魔法にかかったかのように、また動けなくなってしまう。そしてまた湯が恋しくなる。
そんなことを二度三度と繰り返して、私はこの丸駒温泉を堪能した。
北海道の旅は盛りだくさんである。
あちこちに魅力的な観光地がある。あこがれが強いから、なかなかスキップできずに立ち寄っていると、忙しい行程になってしまう。

北海道のなかでも大好きな地、美瑛。ここはもう、何度か来ているが、だからといって飛ばすことのできない場所だ。しかも、道中、何人もの人から、「北海道に行くなら、何はおいても、このユースに泊まるように」と強く薦められてきた、美瑛の近くにある、美馬牛のユースがある。
さすがの人気ユースなので、火曜日とはいえ、たくさんのホステラーがいた。みんな北海道に魅せられた人達である。
旅の猛者も何人かいた。何をもって猛者というべきか。北海道のことを知り尽くして、何度もやってきていて、新米の旅人に先輩づらをする人達かな。
美瑛の猛者、というのもいた。彼は、毎年このユースに長期滞在を決め込み、数カ月に渡って滞在しているようだった。たぶん冬のあいだにアルバイトをし、夏は美瑛で過ごす、を繰り返しているのだろう。
しかし、いくら美瑛がドキッとするほど美しいところであっても、他にも心を動かされるものはある筈である。美瑛を知り尽くして、したり顔で、先輩づらをする。その高慢な態度が、彼のちっぽけさを露呈していた。他にも、でっかい四駆に荷物を積み込んで、北海道の秘境を探検する、確かにたくましさを感じざる風貌の男性もいた。
数人の猛者以外は、一週間から10日の休暇を勝ち取って、あこがれの北海道に来て、胸をワクワクさせて、興奮状態まっただなか、の若者たちだった。

最近は、どこに行っても女の子の元気さが目立つが、ここにもそんな子がいた。
なんと、北海道の牧場でのアルバイトをする若い女の子がいるのだ。一人は、すでに数カ月働いて、あまりの仕事のきつさに、息抜きにやってきていた。もう一人は、つてで牧場のアルバイトを見つけ、とある牧場で働きたく、まずは下見にやってきたが、運悪くその牧場が火事で被害を被り、「新しい人を雇う余裕はない」と追い返されてしまったそうだ。
ここに集う旅人たちを見ていると、北海道にはいまだに若い人を引きつける、いろんな種類の磁石が隠されているようだ。
でも猛者たちが、
「君は、あんなに素晴らしいお花畑の景色を見たことはないだろう」
「雪が降ったときの、美しさは君達には想像もできないだろう」
「月の表情は、毎日違うんだよ。それを見ているだけでも飽きない」
などと、北海道の美を、「自分だけが知っているんだよ」という顔で話すのを聞くと、私としてはしらけてしまう。
たしかに日本の景色は素晴らしい。美瑛は美しい。でも、世界にはもっとすごい息を飲むような景色が存在する。
このユースで出会った若者たちは、他のユースと同じく国内派ばかりであった。私がちょっと海外のことに話を振っても、まったく興味を示さない。海外は、彼らにとっては問題外の外らしい。どうやらひとつには、彼らが英語を話せないことが、その大きな原因らしい。学校教育の中で、英語に対する拒否反応だけを身につけてしまい、かといって、パックツアーのようなお気軽なものを何より嫌う彼らは、日本だけが、彼らの望むスタイルの旅の舞台になってしまうのだ。
英語なんか話せないままに、海外に出てしまえば、美瑛の景色だって、すぐに色褪せること請け合いである。イングランドやニュージーランドに行けば、あの美瑛独特の波打つような、なだらかな線を描く丘の景色が見れる。それも美瑛の百倍、いや千倍の規模を持ち、美瑛にはないバリエーションを拝めるはずだ。
摩周湖は神秘的だが、外国のしかるべき湖に行けば、もっと神秘的な湖をおおぜいの観光客に煩わされることなく楽しめる。
いや、若者にとって、景色以上に刺激的なのは、そこにいる人々である。日本の場合は、どこに行っても日本人しかいない。地域差はあっても、日本人は日本人、その常識や考え方が大きく外れることはない。
ところが、海外の町を訪れ、しかも自分で行動すると、驚きの連続である。
各国に多い乞食の、物ごいの仕方だって違うのだ。メキシコの乞食はあわれっぽく、演技する。イスラム圏の物ごいは、もらって当然、という態度でほどこしをねだる。お金をあげても、ありがとうも言わず、ニコリともしない。
「なぜなんだろう」と思って、その国のことを考え、日本との差を思い、自分が日本人であるアイデンティティーについて、何かを感じる。
昔の若者には贅沢だった海外旅行は、今はほんとに簡単にできるようになったのだから、北海道に何度も何度も通うお金と暇があるなら、たまには外国を見てみろよな、と私は言いたかった。
北海道のユースの魅力は、こうして旅仲間と出会い、情報を交換し、仲間を作っていくことにある。北海道派の若者に、ちょっとしらけてしまった私は、ユースへの執着を失っていた。このユースが彼らに人気があるのは、充分に理解できたが、私にとっての魅力はさほどではない、と感じたのだ。
このユースでは、覚悟していたように相部屋になった。例の牧場のアルバイト志願の娘さんだった。さっぱりした、快活な人で、人生の先輩である私にあれこれと質問して、オシャベリがつきなかった。
それはそれで楽しかったのだが、やはり寝不足になってしまった。北海道の寝不足はこたえる。なにせ、北海道は大きい。道のカーブが少なく、単調な景色の中を突っ走るから、睡眠不足はとても辛かった。
そんなわけで、私はここでまた、ユース離れしてしまった。
33 がっかりの北海道