19年3月27日【表層深層】

英語指導 にわか仕込み

 2020年度から新たに教科に加わる小学校英語の教科書が出そろった。音声を使った活動を促す内容などが盛り込まれ、英語指導の経験が乏しい教員でも授業が成り立つ工夫が凝らされている。だが、大多数の教員が“無免許"のまま正式教科を教える状況に変わりはない。にわか仕込みの準備で子どもの革義男は向上するのか。初年度から正念場を迎えそうだ。

 埼玉県春日部市立武里小の6年で3月に実施された外国語活動は、20年度からの教科化を見据え、中学生になったら入りたい部活などを英語でで伝えることを目標にした。

 20年以上前から英語指導に取り組む新海かおる教諭が、外国語指導助手(ALT)と協力しながら授業を担当。文部科学省が教科化を念頭に作成した英語指導用の教材「We C an!」の音声教材を活用したり、ミニゲームを織り交ぜたりしながらテンポよく進む。

 グループ活動などを通じ、児童は知らず知らずのうちに「キーフレーズ」を繰り返し、当初は「難しい」と漏らしていた発表も、自信を持って手を挙げるようになった。

 従来の外国語活動は、音声や基本的な表現に慣れ親しむのが目標で、英語が使えるようになる必要はなかった。しかし、教科の革語は慣れ親しみをベースに「聞く、読む、話す、書く」ごとに資質、能力の育成を求める。話すは「考えや気持ちを基本的な表現を用いて伝え合うことができる」といった内容だ。

 東京学芸大の粕谷恭子教授(英語科教育学)は「子どもたちが音声を聞き、その意味を想像しながら少しずつ話せるようにするのが小学校英語。音声や対話が重要で、教科書はその活動に寄り添うものだ」と解説。「教員は発音に苦手意識を持ちすぎないで、 音声教材や外部人材をうまく活用してほしい」と訴えた。

 ただ、英語指導に習熟した小学校教員は少ない。文科省の17年度の調査では、授業を担当する小学校教員のうち、中高の英語免許の所有者は5・4%にとどまる。英語の指導法が大学の教員養成課程で必修になるのは今春の入学者からで、現職の教員は指導法を専門的に学ばないまま教壇に立つことになる。

 文科省の担当者は「小学校の指導は教科にかかわらず共通する部分が多い。英語力に自信がなくても教員は興味を引き出し、子ども同士が意思疎通できる雰囲気づくりを大事にしてほしい」と説明する。

 しかし、文科省の意向とは裏腹に、教育現場では英語指導を巡る混乱も起きている。ある地方の公立小で6年を担任した男性教諭は、教科化を従来の暗記重視と捉えた上司から「単語をしっかり身につけさせろ」と指示された。書き取りなどを取り入れてみたが、児童は「つまらない」と意欲を減退させていった。

 文科省は教育委員会などから推薦された教員を「英語教育推進りーダー」として養成。リーダーは各学校の中核となる教員に研修を実施し、さらにその教員が校内で研修をすることで指導法を普及させようとしている。その結果、伝言ゲームのように誤った解釈が広まった可能性がある。

 関西学院大の寺沢拓敬准教授(言語社会学)は「環境整備がができていないのだから混乱は当たり前だ」と指摘する。研修の不備に加え、新教科で負担がかかるにもかかわらず、教員数は大きく増えない。「教員の疲弊による悪影響の方が大きいだろう」と先行きを懸念した。


 子どもに合わせ活用を

 【上智大の沢田稔教授(教育学)の話】

 新学習指導要領に沿った教科書で、子どもが主体的に学ぶための仕掛けが充実すること自体は歓迎できる。ただ、教科書に示される授業の進め方は、あくまで一例にすぎない。主体的に学ぶ子どもを育成するには、教員自身が子どもの実態に合わせて主体的に教科書を活用し、学ぶ意味を実感できる授業づくりを進める必要がある。 また、英語が加わり、ページ数も増えれば、現場の負担は重くなる。ある部分は簡潔 に扱い、別の部分は教科書以上の学びをするなどメリハリがあっていいだろう。

 豊富な図 理解に効果

 【立教大の松本茂グローバル教育センター長の話】

 コミュニケーションの手段として使える英語力を付ける上で、早期に英語に触れるのは大きな意義がある。文法など細かい部分にこだわら ず、積極的に話し、表現することが大切だ。教科書に図や写真が豊富にあることは、日本語に訳さず英語のまま理解する上で効果的と言える。英語指導に自信がない教員の負担は大きいが、全ての質問に即座に答えられなくてもいい。外国語指導助手(ALT)らと協力しながら、分からないことは子どもと一緒緒に学ぶスタンスで臨んでほしい。

 英語嫌い増える恐れ

 【和歌山大の江利川春雄教授(英語教育学)の話】

 日常生活での英語の使用機会が限られる中、小学生が中学生より少ない週2こまの授業で触れる程度では習熟は難しい。5、6年生で計600語以上を学ばせるのも多すぎて、会話ができるどころか英語嫌いが増えることを懸念する。教科書自体は、教員が一方的に教え込む、のではなく、基本的なフレーズを子ども同士で使ってみるなど主体的、対話的な学びを促す工夫が見られ、一定の評価ができる。国語教育とも連携して言葉への興味を持たせ、中学以降の学び乳こつなげることを重視すべきだ。


関心工夫も画一化懸念

 新しい小学校の教科書は「主体的対話的で深い学び」を意識した作りとなった。武士の働きを4こま漫画にしたり、新しいスポーツを考えたり…。どうすれば子どもの関心を引けるか、教員の負担も考慮しつつ、授業の進め方を手取り足取り示した工夫が目立つ。多忙を極める学校 現場は歓迎するが、指導の画一化を懸念する声も。教科書通りで「深い学び」は実践できるのか。

 2月、大阪府池田市の大阪教育大付属池田小で実施した小5の社会の公開授業。モニターに新聞のテレビ欄が映し出された。「情報産業とわたしたちのくらし」という単元の中で、放送局の番組編成の工夫を学ぶため30年前に今のテレビ欄を比べてみる、というのがテーマだった。

 ある児童が「今は30年前まり放送休止している時間が短い」と気付き、理由を考える時間に。やがて「今と音では視聴者の生活リズムが変わったから」という一つの答えに至った。同校の山崎雅史教諭(40)は今と音のテレビ欄を用いた狙いを「二つの資料の中から“ずれ”を見つけて『何で?』と関心を呼び起こし、主体的な学びにつなげたかった」と話す。

 今回合格した教科書も、子どもたちの興味関心を引く工夫を凝らしたものが多い。ある社会の教科書は、元冠で活躍した御家人、竹崎季長が恩賞を得るまでの経緯を4こま漫画にまとめさせるページを設けた。平安時代の文化をキャッチコピーで表現する、といった試みも登場した。

 国語では、誰もが楽しめる新スポーツを考えよう、とテーマを設定。グループなどで話し合う時間配分も決め、アイデアを提案する際の注意点まで示した。「教科書さえあれば授業ができるよう心がけた」と教科書会社の編集者。意識したのは教員の負担だ。「先生にとっても使いやすい教科書を作らなければ」と強調する。

 ただ、新しい学習指導要領が求める「深い学び」にはつながらないとの声もある。聖心女子大の益川弘如教授(学習科学)は「どうすれば目の前の子どもが単元の内容を体系的に理解できるかを考えるのが教員の力量だ。教科書に沿うだけでは深い学びをやった気になり、教員自身も伸びるチャンスをつぶしてしまう」と懸念。その上で「教科書はあくまで深い学びを実践するための材料を提供する汎用例との意識を持ってほしい」と求めた。


教科書検定結果公表 新たな学び盛り込む

 小学校教科書の検定結果が26日公表された。英語やプログラミング、領土教育、対話や議論をしながらの学び―。新たな内容を多く盛り込んだ教科書が、来春からの授業に登場する。

 新学習指導要領で領土教育の強化が図られたことを受け、小学5、6年用の社会教科書全6点と3~6年用の地図全2点で、教育現場で長年扱われてきた北方領土だけでなく、竹島(島根県)、尖閣諸島(沖縄県)についても「日本固有の領土」と明記された。中学校や高校教科書では、既に領土が詳しく取り上げられており、小学校でも日本の立場を強く主張する政府方針に沿うよう細かな検定意見が付された。

 5年のある教科書。原稿段階で「尖閣諸島について、領土をめぐる問題はない」とした一文に「誤解する恐れのある表現」との検定意見が付いた。尖閣諸島周辺では、中国船侵入などが頻発しているが、日本政府は「解決すべき領有権の問題は存在していない」との立場だ。

 原案だと、領有権以外の課題も含まれるように解釈でき、ポイントが曖昧になるというのが検定意見の趣旨。この会社は「めぐる」という言葉を削除して、「領土問題はない」と意図をより明確にした表現に修正し、検定をパスした。

 現行教科書では、北方領土、竹島、尖閣諸島について「固有の領土」と記したものは一部にとどまる。文科省は「正当な日本の主張を理解させる」として、新指導要領には、日本の領土を扱う小学5年で、3カ所とも「固有の領土」と明記した。

 これを踏まえた今回の検定では、竹島・尖閣に関し、主張に隔たりがある韓国や中国の立場を取り上げた教科書に、日本政府の立場や抗議も併記するよう意見が付いた。単に領土と書くだけでは合格させず、「固有の領土」と書くことを促す徹底ぶりだった。

 北方領主を巡っては、停滞するロシアとの返還交渉の打開を念頭に最近、安倍晋三首相らが「固有の領土」としてきた4島の返還ではなく、「2島決着」に含みを持たせる発言を繰り返している。首相らの発言に対し、文科省は「検定ぱあくまで指導要領の記載に基づいている」とした。


教科書検定結果公表 いじめ 道徳全教科書に

 小学校の新しい道徳教科書は、検定に合格したれ24全てがいじめに関する教材を載せ、インターネットを利用する際の「情報モラル」の学びにも各社が力を入れた。東日本大震災など被災地での出来事から道徳を学ぶ教材も。一方、学習指導要領が内容項目として定めた学ぶべき価値観を巡る検定意見も付いた。

 小学校の道徳は2018年度から「特別の教科」となったばかりで、各社とも現行教科書と内容は大きく変わっていない。複数社が取り上げた共通の読み物も目立った。

 いじめに関する教材では、友だちとの関わりの中から友情や公正さを考えさせるものが多かった。ある教科書は、転校してきた男の子が1週間欠席し、クラスに寄せた手紙で同級生からいじめられていることを打ち明けるという話を扱い、「いじめのないクラスをつくるためにどんなことをしようと思いますか」と問い掛ける。

 いじめられている子らに向け、タレントの高橋みなみさんやサッカーの中村俊輔選手など、著名人からのメッセージも掲載された。

 情報モラルも各社が取り上げた。女の子たちが合唱コンクールで優勝するためにどうすればいいか、会員制交流サイト(SNS)でやりとりするうちに個人攻撃が始まる場面を取り上げ「優勝したいと思って始めた会話が、問題を残したまま終わったのはなぜだろう」と考えさせる教材もあった。

 内容項目に関する検定意見も複数あった。ある教科書は「伝統と文化の尊重、国や郷土を愛する態度」の学習が足りないと指摘を受け、日本の祭りを紹介するページの「どんな祭りがあるか、見てみましょう」という文言を「人々のどのような思いが祭りをささえてきたのでしょう」と修正し、合格となった。


教科別の主な特徴 【国語】 語彙指導を充実

 読解力向上に向けて、語彙指導を充実した。1、2年は「身近なことを表す」、3、4年は「気持ちや行動などを表す」、5、6年は「思考に関わる」語句をそれぞれ重点的に学ぶ内容となっている。都道府県名に使う漢字は、4年までに全て習うように変わった。文章を読む、書くといった内容だけでなく、夏休みの思い出や設定したテーマについて発表したり、級友の意見も聞いて討論したりするよう促す記載が目立つ。全ての教科書が4年で「新聞をつくろう」、5年で「新聞を読もう」といった単元を設けた。


教科別の主な特徴 【算数】 統計教育に力点

 3年で複数の棒グラフを組み合わせたグラフを扱うなど、早い学年から統計教育に力点を置いている。各都市の1世帯が1年間でギョーザに使う金額の一覧表から平均値を求める(6年)、目盛りの間隔が不均一なグラフを示して問題点を指摘させる(4年)といった、算数と実社会のつ ながりを意識させる記述が目立つ。2020年東京五輪・パラリンピックの大会エンブレム作者の野老朝雄さんらが、仕事上で算数が役立っている点を語るインタビューも。プログラミング教育は5年の正多角形の作図で主に扱われ、6年で学んできたメートル法の単位の仕組みは、3~5年に登場した。


教科別の主な特徴 【理科・生活】 科学的思考育てる

 理科を学ぶ意義を伝えるため、日常生活や社会との関連を重視した。実験手順や観察方法を詳細に説明。科学的な思考が育つよう、経験を通じて課題を発見し、仮説を立てて調べ、得られた結果について話し合う構成にしている。人が近づくと明かりがつく装置を作る(6年)ようなプログラミング教育や、星座の観察で宮沢暮治の「銀河鉄道の夜」を紹介する(4年)といっ教科横断型の内容が盛り込まれた。海のプラスチックごみなどの環境問題や、大隅良典さんらノーベル賞受賞者のインタビューも。1、2年の生活では、生き物を飼う時の約束で、外来種を意識した記述もあった。


教科別の主な特徴 【社会】 「聖徳太子」従来通り

 主権者の育成、防災・安全、海洋や国土の理解、グローバル化、産業構造の変化、世界の中の日本といったトピックに対応した。各学年で東日本大震災などの災害や東京電力福島第1原発事故からの復旧・復興に取り組む住民や行政の姿が紹介され、外国人との共生に触れた記述も目立つ。領土を扱う5年では、北方領土、竹島、尖閣諸島を「固有の領土」として学習し、韓国や中国に対する日本政府の立場や抗議などが取り上げられた。聖徳太子は没後使われるようになった呼称で、学術研究では厩戸王(うまやどのおう)と呼ばれる。表記の仕方が議論になったが、6年では、従来通り聖徳太子として扱われた。


教科別の主な特徴 【英語】 絵や写真多く

 新学習指導要領が掲げる「聞く」「読む」「話す(やりとり)」「話す(発表)」「書く」の五つの領域のどこに、教科書の内容が該当しているかを明示した。各社とも2018、19年度の移行期間中に「外国語活動」の授業で使う文部科学省作成の教材「We C an!」を参考に編集。絵や写真を多く盛り込み、児童を英語嫌いにさせない工夫が見られる。学習を助ける映像、音声教材も豊富で、積極的なコミュニケーションを促す。600~700程度の語句を扱い、5年では「can」を使った目己紹介、6年では「Want to be」を使って将来の夢を発表させるといった内容も。


2019年03月28日 社説: 小学校の教科書 盛り込みすぎが心配だ

 教育現場の負担増が目に見えるようだ。

 全国の小学校で2020年度から使われる教科書の検定結果を文部科学省が公表した。

 学校で教える内容を決めている学習指導要領が20年度から全面的に新しくなるのに対応した。

 5、6年生で学ぶ英語の教科書が新たに合格し、6年の理科のすべての教科書でコンピューターのプログラミングが盛り込まれた。

 教科書の分量は平均1割増となった。討論や発表、課題探求を重視し、子どもたちが主体的に深く学ぶよう促している。

 先生にとっても、児童にとっても、教えることや学ぶことが増えるのは明らかだ。教員の負担増はもちろん、子どもの学びが上滑りにならないか、心配だ。

 新学習指導要領は「主体的・対話的で深い学び」を掲げ、知識を活用した課題解決や新しい価値を見いだす能力の育成を重視している。

 教科書には身近な題材を使って子どもの関心を引くように工夫したものが増えた。

 平安時代の文化をキャッチコピーで表現するといった社会の教科書や、誰もが楽しめる新スポーツを考えよう、という国語教科書もある。算数や理科でも身近な題材で考えさせる内容が増えた。

 教科書会社は競って工夫を凝らした。問題は、ただでさえ忙しい教育現場が、こうした教科書を使いこなせるかどうかだ。

 教科書の課題を児童たちが調べ、議論し、自分の考えをまとめるのにはそれなりの時間が要る。先生の力量も問われる。余裕がないまま、教科書通りに取り組むだけでは、深い学びにつながらない。

 英語の教科書は聞く、話すが中心で音声教材を活用する。それでも専門的な訓練を受けていない多くの教員にとって負担増になるのは確実だ。600語以上も学ばせる必要性にも疑問が残る。

 社会科では、領土問題について、領土とするだけでなく「固有の領土」と書かせた。

 尖閣諸島に関して、「領土をめぐる問題はない」が「領土問題はない」に差し替えられた教科書もあった。

 各教科書の文脈に関わらず、統一を図ったのは、政府の意向が反映されたからだろう。

 そもそも、「問題が存在しない」という意味が、小学生に分かるだろうか。政府の立場を示すのは重要だが、子どもに現実を理解してもらうためには、もう少し工夫が必要だったのではないか。