安倍政権は「教育再生」を掲げ、グローバル人材を育成するための小学校英語の導入や道徳の教科化を進める。戦後教育の根幹をなしてきた「6・3」制も、小中一貫教育の制度化で見直す構えだ。国に先駆けて京都府内で取り組まれている小中一貫教育を学校現場から検証し、一人一人の子どもを伸はすための「方程式」を探る。
京都市立の小中一貫校・東山開睛館(東山区)で6日、制服姿の6年3組の31人が教室でアルファペットの発音練習をしていた。教えるのは、中学校の英語担当、山木良祐教諭(54)。英語のあいさつや歌に始まり、英単語の書き方まで幅広い。「中学校の英語にスムースに取り組めるように」との配慮からだ。
2011年度に5小学校と2中学校が統合して開校した開睛館では、中学生を7〜9年と呼び、1〜9年生が同じ校舎で学ぶ。教科担任制が5年から一部で始まり、6年では全授業で行われる。この日に3組であつた6時間の授業で、クラス担任が教えたのは担当の国語の1、2時間目だけ。6年は定期テストもあり、近く期末テストが迫る。
この仕組みは「中1ギャップ」の解消が狙いだ。中学校では教科ごとに教員が変わり、他の小学校からの入学者も加わる。中1になって学び方に戸惑い、友人関係に悩んで不登校や暴力行為などが急増することが、全国的な問題になっている。
解決策として全国に広がっているのが、義務教育の区分に連続性を持たせた小中一貫教育だ。2000年に広島県呉市で小中一貫校が開設されたのを手始めに、東京都品川区や奈良市などで続いた。京都市は11年、宇治市は12年、全国に先駆けて全学校での実施に踏み出した。文部科学省によると現在、211市区町村の1130校が一貫教育を取り入れている。文科省は一貫教育の制度化を目指し、来年の通常国会に法案を提出する意向だ。
「落ち着いており、これまで担任した中1とは違う」。7年2組を受け持つ東俊介教諭(33)は教員歴10年で、中1の担任は3回目。かつて環境の変化で不安やストレスを抱える生徒の指導に追われ、落ち着くまでに数カ月を要することもあった。開睛館では学年がそのまま進級することもあり、スムースに中学校の課程に移れたと東教諭はみる。
実は生徒が6年たった昨年中1ギャップのような状態が起きた。数人が教員によって態度を変えたり、反発したりした。7年山本唯織さん(13)は「毎時間、先生が変わるので、みんなどう対応したらいいか分かっていなかつた」と振り返る。
このため、現在の6年では、3クラスの担任と学年主任の計4人のうち3人を中学校での指導経験者にした。教員によって生徒への対応がばらつかないよう心掛け、情報共有を図った結果か、現在までに前年度のような状況は見られない。 「だが、葛藤がある」と、ある小中一貫校の学校関係者は明かす。「子どもたちが歩む人生はギャップの連続。乗り越える力をつけることも、生きる力につながる。ギャップをなくすことが果たしていいのだろうか」
区分の「正解」模索続く
小中一貫教育の狙いは「6・3」制の区分をなくし、小中学校間の「ギャップ」の解消にある。ところが、そのために小中一貫校では別の区分を意図的に設けている。
京都市立の大原小と大原中の統合で2009年度に開校した京都大原学院(左京区)は、1〜4年を前期、5〜7年を中期、8〜9年を後期とする「4・3・2」制を用いる。石飛聡校長(53)は「適度な段差は子どもの成長を促す。9年間は長すぎて、けじめがつけられない」と説明する。
教員が悩んだのが、小5、小6、中1が一緒になる中期ブロックでの指導方法だった。特に6年生について「子どもがぐっと成長する最高学年としての経験をさせてやれないのはかわいそう」(石飛校長)との固定観念を教員側が捨てきれなかった。中学入学をきっかけにして心機一転するという感覚を持たせにくいという側面もあった。
そこで合同給食など3学年が一緒になる活動を増やし、7年が最高学年としての自覚や責任感を持てるよう配慮した。学ぶ環境にも変化をつけた。前期は旧小学校舎だが、中期は旧中学校舎に移し、後期は旧小学校舎に戻す。5、8年の節目には進級式を挟み、各ブロックの違いを意識させた。
7年倉橋果実さん(12)は「6年では上に頼っていたけど、今は中期でまとめ役として頑張る」と話す。新たな区分にうまく適応しているように見える子どもたちとは対照的に、教員側には迷いもある。
「今でも『4・3・2』制に確たる自信はない」と中期ブロック長の野口沼久教諭(58)は明かす。「だが、子どもが成長する姿を見て吹っ切れた。『6・3』制のギャップを乗り越えられない繊細な子どもにとっては、三つに分ける方がよいかもしれない。どんなシステムでも教員側はベストを尽くすしかない」
文部科学省の中央教育審議会は先ごろ、「4・3・2」など学年の区分を各区市町村に委ねるなどとした答申案をまとめた。京都市立では、東山開睛館(東山区)が京都大原学院と同じ分け方だが、京都御池中・御所南小・高倉小(中京区)や今春に開校した東山泉小・中(東山区)は「5・4」制を採用する。全国では「4・5」「5・2・2」「3・4・2」など形態はばらばらだ。その上、実施する学校はまだごく一部でしかない。当然、検証は十分とは言えず、中教審の議論では義務教育の機会均等の観点から疑義も提起された。
それでも、文科省は16年度からの導入を目指す。小中一貫蜜月に踏み切るか、ならはどんな形態にするか、それとも「6・3」制を維持するか。何が正解か分からないまま、各自治体の教育委員会は選択を迫られる。
A9年間見通した学力向上
小中一貫校の開設を2年後に控え、大阪府能勢町教育委員会の後藤るみな新学校開校担当課長(54)は全国を視察に回っている。10月末、3小学校と1中学校が統合して今春開校した東山泉小・中(京都市東山区)で行われた6年算数の公開授業に驚かされた。
単元は反比例。従来の授業は、面積が12平方冬の四角形を使い、縦が1センチなら横が12センチ、3センチで4センチと形の変化を見せ、グラフが曲線になる反比例の仕組みを理解させる。しかし、公開授業では図形を用いることなく、数値の変化を表にして教えていた。数学的考え方を先取りした形だ。「算数と数学をつなぐことは難しいと思っていたが、こんな授業ができるのか」
一貫教育は学力向上を主要な目的とする。小学校と中学校の連携が要だが、多くの場合、教員は互いの学校のことを知らない。「小と中では文化が違う」。教員の大半が口にする。
東山泉では、「文化」の違いを乗り越えるため、開校2年前から小中の教科書や指導要領を突き合わせ、9年間のカリキュラムづくりを進めた。小学校の授業への中学校教員の関わりを強めるようにした。
9年の数学を担当する和田高志教諭(31)は週1回、6年の算数の授業に加わる。小学校の教科書を使った授業を初めて経験したことで、小学校と中学校での学習内容を系統的にとらえる必要性を実感した。
にもかかわらず、現実の学校現場では子どもの学力不足の責任を小中の教員が互いになすりつける傾向が見られる。小中の文化の違いを克服し、9年間を見通した授業をすることができれば「子どもたちの理解が変わるのではないか。教師の側がこれまで勉強不足だったのかもしれない」。
京都市教委は、全国学力テストや市独自の学習支援プログラムの結果などから一貫教育が「学力向上につながっているとする。だが、東山泉の調査によると「授業がわかる」と答えた6年は、統合前の5年の時よりわずかに増えた程度だ。文部科学省の調査でも一貫教育を実施する211市区町村教委の7割近くが成果を強調する一方で、肝心の現場は4割強にとどまり、隔たりがある。
また、小学校で中学校の内容を前倒しで教えるようになると、高校受験向けの「学力工リート」育成につながりかねないとの懸念も根強い。
学力テストで常に上位を占める秋田、福井両県は一貫教育を導入していない。秋田は小中教員の交流を通じ情報共有を図っている。福井県は採用段階で小中双方で教えられる人材に絞っており、ほぼ全員が両方の教員免許を持つ。
後藤担当課長は秋田や福井を視察し「『6・(3』制でも教師の意識が変われば十分できる」と考えるようになったが、一貫教育の制度化にも可能性を感じている。「教師は経験に縛られ、自らをなかなか変えられない。制度化で変化せざるをえなくなるだろう」
B施設分離型の現実
宇治市立槙島中で英語を受け持つ清水望未講師(23)は週2回、自転車で往復30分をかけ約2キロ離れた槙島小に通っている。5、6年の外国語活動で英語を指導するためだ。「子どもたちの英語へのハードルを下げてあげたい」と話す。
宇治市では2012年度から全小中学校での一貫教育に乗り出した。小中が同じ敷地にある宇治黄檗学園を除き、中学校9校がそれぞれ小学校2〜4校とグループを組む。双方をつなぐのが清水講師のような存在だ。中学ことに特定の教員がグループ内の小学校で定期的に教える。地元小の状況を知る機会となる一方、児童にとつても中学校に顔見知りがいることでスムースな進学を期待できる。
清水講師は「どのように成長していくか見守っていきたい」と考えている。しかし、担当する児童は他校も含め311人。限られた時間の中で、顔と名前を覚えるのは容易でない。新任1年目でもあり「連携を担う授業ができているか課題と省みる。
しかも、一貫教育を掲げながら、槙島小6年の4割が榎島中ではなくグループ外の北宇治中に進む。「これでは昔から行っていた小中連携と何ら変わらない。理念だけで、現場には人も時間もない」と、別の小学校教員(58)は指摘する。
同じ敷地で小中学生が学び、教職員組織も共通する施設一体型なら、一貫教育をイメージしやすい。槙島小のような「分散進学」も避けられる。だが、統廃合を伴う上、施設などの建設費もかかり、一体型は全国で一貫教育をうたう1130校の1割強にすぎない。
京都市でも9割以上が施設分離型だ。宇治市と同様に小中がグループをつくっているが、中には六つの小学校と組む中学校もある。移動時間や教員数の制約から、本年度は合同の教員研修を2回ほど行っただけだ。半面、東山泉小(東山区)などでは中学校教員の姿を見かけない日はほとんどない。
一口に一貫教育とは言っても、内実はばらばらだ。京都市教委学校指導課は「学校の事情に合わせ、できることをやってもらっている。『9年間で育てたい子ども像』という理念も共有している」と強調する。だが、具体的な育て方まで共適しているわけではない。
小中一貫校が制度化されれば、9年間のカリキュラムを編成できる。学習指導要領の縛りがあったこれまでとは違って、小中共通教科などを独自に設定することも可能だ。文部科学省は「6・3制維持も含め、地域の事情に沿った学校の形態を選択してほしい」とする。
自由度が増せば、学校や教委の意欲、自治体の財政事情が教育内容に直結する。義務教育段階での格差を認めることにつながらないか。先行する京都の事例は、戦後教育の大前提だった「機会均等」が揺らいでいる現状を映し出す。
C学年を超えた人間関係
歩幅の小さな1年生を気遣い、9年生が慎重に足を進める。「頑張れ」。でこぼこコンビの力走に声援が送られる。八つも学年が違う2人が布の輪に入って走る「腹巻リレー」は、京都教育大付属京都小中(京都市北区)の体育祭で人気の種目だ。4年と8年が組む騎馬戦などもある。
付属京都小と中は2010年度に一貫校化した。系統的な9年間のカリキュラムを編成し、5〜7年による総合学習の校外調査や資料研究など学年を超えた活動を積極的に取り入れる。
教員側には下級生が上級生から良い影響を受けるだろうとの期待があった。ところが、実際は逆だった。上級生側に下級生への接し方や言葉遣いなど大きな変化が表れた。橋本雅子副校長(56)は「上級生に優しさや思いやりが見られるようになった。心の成長につなかつている」と手応えを感じている。
習い事に追われ、友人と時間も合わない。遊ぶにしても外は危ないと室内でゲームをする子どもたち。異なる年代が一緒に活動する場が社会から減っている。
さらに、幼い頃から家庭や学校などさまざまな場面で結果が求められる現代、自分に自信が持てず、人間関係をうまく築けない子どもが増えている。異なる学年が交わる一貫教育には、豊かな人間性や社会性を育む効果も想定されている。
京都市立の京都大原学院(左京区)で9年を担任する牧野茂樹教諭(54)は赴任した昨春、清掃風景に驚いた。1〜9年の異学年グループで行われていたからだ。日頃は教室でふざけているような中学生でも、小学生をまとめる立場になると、違う表情を見せる。牧野教諭は「下級生から頼りにされる機会が他校ど比べて圧倒的に多い。自信につながっている」とみる。
ただ、受け止め方は一貫教育の形態によって違う。文部科学省によると、付属京都小中や大原学院のような施設一体型では9割近くが「心の成長」で効果があるとする一方、小中学生が別の敷地で学ぶ施設分離型では6割にとどまる。「自己肯定感の向上」についても一体型は8割近く、分離型で5割と差は歴然だ。
施設一体型にも難点はある。小中9年間を同じ空間で過さすため、人間関係が固定されてしまうからだ。宇治市立の宇治黄檗学園の7年女子(13)は、7年への進級時、仲の良い同級生の数人が私立中に移った。その上、「友人とトラブルになり『朝一緒に登校できる子がいない』と困っていた」と母親(50)は振り返る。
中学進学を機に他の小学校から入ってきた生徒と友人関係を結ぼうにも、一体型ではできない。新たな出会いは人間関係を築くトレーニングになるが、一貫性を強めるほどその機会が奪われてしまう。「中学3年間を我慢するようにしか言えない」。母親はため息をついた。
Dゆとりを失う教員
京都市立の一貫校、東山泉小・中(東山区)の村岡徹校長(58)は多忙だ。旧一橋小の西学舎で朝、校門前に立って小学生の登校の様子を見守り、職員会議に出た後、約750メートル離れた旧月輪中の東学舎に戻る。多い日には4往復する。
西学舎では小5まで、東学舎では小6と中学生が学ぶ。1〜5年の英語と5年の家庭科は中学校教員が担当し、西学舎に出向く。主任クラスの教員による月1回の合同会議は両学舎で交互に行われる。教員の移動には、電動アシスト自転車10台が用意されている。
6年生も、部活動や学習発表会などのたびに西学舎に向かう。毎回2列に並ばせ、必ず教員ら大人が引率するようにしている。村岡校長は「校外に出て道路を歩くので、教員は児童の安全に神経を使う」と話す。
一貫校の特色を生かそうとするほど教員の負担が増す現実がある。東山開睛館(東山区)は施設一体型のため移動は必要ないが、小中教員が情報を共有する時間の確保に頭を悩ませる。
教科ごとの教員連携は一貫教育の要だ。会合を開こうとすると、小学校の教員はクラス担任を持つため、手が空くのは放課後。しかし、中学校の教員は部活動の指導をしており、結局、会合を始められるのは午後6時すぎになってしまう。
毎週木曜には全職員による会議も開いている。職員室に全ての教員が一緒にいるメリットを生かすためだが、放課後の部活動を休みにせざるを得なかった。
小学生も参加できる一貫校ならではの部活動のシステムも、教員の多忙化に拍車を掛ける。小3担任の折戸香里教諭(39)は女子バスケットボール部の顧問を務める。小学校教員は本来、補助的な役割だが、指導できる教員がおらず、折戸教諭が引き受けた。6時間目まで授業をした後、補習などをして、わずか10分ほどの休憩で部活動に向かう。土、日曜も練習はある。
折戸教諭は「体力的にはきついが、生徒が頑張る姿を応援したいから何とかもっている。クラスが落ち着いていることにも助けられている」と語る。
「新たな試みに取り組もうとすれば、教師をさらに多忙にさせてしまう」と、初田幸隆校長(58)は明かす。本年度から小中学生が交じる5〜7年でスポーツフェスティバル、1〜4年で遠足など合同活動を増やした。このため、準備の時間がさらに必要になった。一貫校の効果を出そうとすると、教員にとっては新たな負担につながる。
日本の教育政策は近年、政権が変わるたびに学力観が迷走し、改革はかりが叫ばれてきた。一方で、財政の制約から教員は増えず、現場の疲弊を招いてきた。教育改革の柱と位置付けられた小中一貫教育でも事情は変わらない。
初田校長はつぶやく。「教師がゆとりを持って子どもに向かえることが、一番いいと分かっているのだが」
E学校統廃合という「利点」
議論急進、住民に不信感
京都市右京区の京北第一〜第三小と周山中は、いずれも1学年1クラスの小規模校だ。地元では過疎化が進み、今後も子どもの増加は見込めない。小中学校の統合話が持ち上がったのは今年4月だった。各校から話し合いを求められた各PTAは順次、会合を開いたが、どの会場でも、説明役からは4校を施設一体型の小中一貫校にするメリットが強調された。
「統合や一貫校の話が突然出てきても、何のことか分からない」。10月上旬、京北内の民家に集った保護者の表情は複雑だった。議論がどう進んでいるのか、情報が肝心の地元に伝わってこない。皆、戸惑っていた。
その一人、農業松平尚也さん(40)は危機感を募らせる。豊かな自然に引かれ、黒田地区に妻と移ってきたのは10年前。その数年前、統廃合で地区から小学校がなくなって以降、移住者は途絶えていた。6歳になる長男が生まれた際、12年ぶりの子ども誕生だと地元が沸いた。それだけに「統廃合は過疎化を一層進めるだけ」との確信がある。隣接する山国地区には京北第二小があり、移住してくる人もいるが「学校がなくなると山国も廃れるのではないか」と心配する。
小中の校長を1人で務める一貫校は京都市立では5校ある。うち4校は統廃合を伴った。いずれも学校から将来の方向性を検討するよう依頼されたPTAが一貫校化を決め、自治会とともに市教委に要望書を出すという経緯をたどった。
2019年春に予定される伏見区向島の1中3小による一貫校化も流れは同じだ。PTAの関係者は「教育の最先端をいく学校になると言われ、期待感が高まって賛成した」と明かす。市教委は一貫校化を「合併推進の手段には使っていない」とするが、現実には統廃合を加速させている。
統廃合は教職員のリストラにつながる。5小2中が統合した東山開睛館(東山区)では、統合前の7校を合計した教職員数は96人だったが、定数を上回る配置を含めても現在は65人。3小1中が統合した東山泉小・中(同区)は46人で、統合前の53人を下回る。
政府は約60年ぶりに指針を見直し、学校の統廃合を後押しする。教員定数をめぐり、いつも角突き合わせる文部科学省と財務省だが、教育の質確保と財政の両面で珍しく一致した形だ。府内では福知山市で一貫校が開校、京丹後市では小中をそれぞれ統廃合し、施設分離型の一貫校計画が進む。
京北では京北第三、第一小のPTAが相次いで統廃合によって小中一貫校建設を求めることを決めた。
松平さんの長男は来春、小学生になる。当事者が意思決定の場に入れず、その上、8カ月ほどで結論が出されていく現状を危ぶむ。「学校は地域の未来。本当に小中一貫校が必要なのか、地域全体でしっかり議論して決めるべきだ」=第1部おわり 教員定数の削減 財務省は10月、全国約3万の公立小中を標準的な規模に統廃合すると、現状を5462校下回る2万5158校になると試算した。必要な教員数も小学校だけで約1万8千人少なくなるとした。財務省は試算を基に、来年度予算で教員の定数削減を文科省に求める考えだ。
【2014年11月25日掲載】
専門家に聞く 小中一貫教育の意義と問題点
安倍政権が進める教育政策を検証する連載「『再生』の方程式」第1部では、小中一貫教育をテーマに、京都の学校現場を通して現状や課題について考えた。中央教育審議会(中教審)は12月にも一貫教育の制度化を文部科学相に答申する見込みだ。専門家2人に一貫教育の意義や問題点を聞いた。
教員の意識変化に期待
京都産業大文化学部教授 西川信廣さん(60)
今、小中の間にあるのは「中1ギャップ」ではなく、「中1リセット」だ。小学校6年間の取り組みが全く中学校に継承されず、ゼロから鍛え直しているのが実態だ。リセットに戸惑い、中学校教育に適応できない子どもが増えている。小中の間をつなぐように学校側が変わらなければならない。
文部科学省の調査では、一貫教育に取り組む学校の9割近くが何らかの成果を認めている。いじめ問題などが減少したり、学習意欲が向上したりしたと報告した学校は6割ある。5割超が不登校の減少に手応えを感じている。
施設一体型は、成果が大きいとされる「4・3・2」制に区切りやすい。複数の小中からなる施設分離型は「5・4」制にして小6の中学校登校を増やせば、進学への心理的負担を減らし、学校間の連携につながる。
ただ、学校や地域の状況は違うため区切りに正解はない。大切なのは、教員が9年間の教育課程(カリキュラム)を構造的に理解し、15歳時点の学力に責任を持つこと。制度化で最も期待するのは、教員の意識の変化だ。
統廃合を進めるために施設一体型をつくっているという指摘は大間違いだ。できれば統廃合はしないほうがいい。しかし小規模校の人間関係の固定化は深刻な問題になっている。仮に、通学時間を20分ほど長くしてでも複数の学級にできるのであれば、統廃合もありえる。施設一体型でも異学年交流を積極的に打ち出せば、人間関係は広がる。
小中一貫教育では、小中の教員の会議が多くなり、負担が増すということが課題になるかもしれない。でも、小中の学校事務を共同化し、教員が担う事務作業を減らすことで、教員本来の業務に専念させるなど工夫はできる。
学校改善に積極的な地域と、従来型の地域では格差が出る可能性はある。教育委員会には制度を運用する力が求められる。先行事例を作り、どの地域でも応用できる一貫教育の情報を受発信することが教育の質を高めることにつながる。
「課題があるからやらない」ではなく、「どうしたら克服できるか」が大切だ。地域や保護者から信頼され、支援される学校にするためには、教委は首長部局とも連携し、まちづくりの中で学校の在り方を考えなければならない。
校区広域化でしわ寄せ
子どもの発達と住まい・まち研究室主宰 室ア生子さん(71)
小中一貫教育自体には反対しないが、一貫校の在り方に問題がある。多くの一貫校は、学校の統廃合によって大規模化し、校区が広域になっている。学校が地域になくなることは、まちづくりの観点から言えば、コミュニティーの核が消える。広がりすぎた校区は生活圏とかけ離れるため、子どもにとって良い影響は与えない。
5小2中が統合して開校した京都市東山区の東山開睛館は都市部にもかかわらず、200人以上の児童生徒がバス通学をしている。子どもは地域の人に見守られて育つことで地域を好きになり、地域の人材になる。校区が広がると、必然的に、地域の人とのつながりは薄れてしまう。
さらに、学校の規模が大きくなり友達が増えても、互いの自宅の場所が離れている場合には、放課後に遊ぶのは難しくなる。屋外で遊ぶことが子どもの成長にとって大切だが、登下校に時間がかかると、それが十分にできなくなる。
大規模になっても、都市部では土地に限りがある。校舎やグラウンドが狭い敷地に詰め込まれ、それでも足りない場合は、校舎を分散させるケースが起きる。結果的に、余裕がある活動の場を確保することが難しくなったり、校舎間の移動に手間が掛かったりするなど、児童生徒や教師にしわ寄せが行く。
一貫教育といっても「4・3・2」制や「5・4」制などさまざまな区切りが設けられ、教育内容や施設にも学校によって差が出る。まるで実験のようだ。機会均等であるべき公教育で許されることだろうか。中京区の御所南小のような、極端な人気校が出るのは、逆に言えば、公教育への不信の表れといえる。
開校に至る手続きについて、市教育委員会は住民参加としているが、開校後に入学する乳幼児の保護者は蚊帳の外に置かれており、もっと幅広い人たちによる議論が必要だ。検討にかける時間も十分ではない。
財務省が求める財政の効率化に従い、統廃合が進められ、そこに、一貫校が利用されているように見える。推進派は「中1ギャップ」の解消や学力向上など教育効果ばかりを強調するが、大規模統合の弊害を隠しているのではないか。経済の論理が優先されると、子どもが犠牲なりかねない。
【2014年11月29日掲載】