島井あざらし 初期恋愛詩篇


しまい ししまい もうおしまい 1

もうおしまいにしょうと言った

会ったばかりの冬の日差しが好きと言った

君は言わなかった

うつむいた髪の柳の木の間から

二十六のまあるい胸をゴーギャンの籠に

のせようともしないで

冬の冷たい空気が好きと言った

赤紫の内蔵を青空のマフラーに包んで

軽快に駆けてくるカモシカの筋肉のはなしをした

野生のあざらしの人懐っこさのはなしをした

そのときでさえ もうおしまいにしょうと

君は言わなかった 僕も言わなかった

チャオとわかれた また会おうと言わなかった

同じことの繰り返しは もうおしまいにしょう

とさえ

言えなかった

髪の毛のたくさん入った食べ物をまるごと

飲み込んだ昼

胸キュンとなる季節だ

ユリカモメの足つきで

二度と同じこと繰り返す

胸キュンキュン鳴く季節

しまいさえよければ

初めてのときから

もうわかれていた

始まったばかりのときでさえ

もうおしまい の季節

ムッ ゴッツウ クヤシイ

ブルーの入った季節 好き

しまいまで しまわない ときでさえ

もうおしまいなのだ

しまい ししまい もうおしまい 2

逆さまの季節

君のからだのぜんぶが一瞬に

僕の血を現像液にして 感光する

君になるときでさえ

しまいにしょうと決めた

繰り返す胸騒ぎ はじめてのおしまいも

始めようのない 始まりを君は何も言わず

うつむいていた

二十六のたかまりをコリコリとかじりながら

朝シャンの髪を乾かせ

君はブルーがはいっているくちびるを

フランスのしぐさで閉じられる

しまい ししまい もうおしまい 3

しまいと言った ときでさえ

まだ始まってもいなかった

始まりにさえ 平静を装った

一瞬の感光だ

”冬は慰安の季節だからだ”

繰り返せ 繰り返せ

季節がめぐってきたのだ

行くあてもない荒涼だ

一瞬の窒息だ

しまいまで 窒息死だ

しまい ししまい もうおしまい 4

        

おお ほくろ(le grain de beaute)の味

それは小さな葡萄のいくらの色

このわたのうまみ にがみ 

河砂を久しく粉にした海のお香のにおい

ほくろでさえ 童謡する胸

急に測量するその位置 東経135度 北緯38度線より下の

三日月の馥鼻の隣国 領土拡大をほのめかす王たちのいる場所

みみたぶの すぐ近く 後れ毛の陰脇で 

北北西に進路をとれ

伝えるために星座にした古代人の智恵

ひとつひとつ食べる僕のやり方 アワビのバター焼き 今度ねと言い

からだ中にいっぱい ほくろ と君は言う

汲上げ湯波をツルツルしながら

星の降る冬の夜 君のからだ全部を天体にする

どんな小さな星も見逃さないように ひとつひとつ食べる僕のやり方で

しるしをつけて天体図にする

ネガフィルムの中のやっかいなスターダスト 白いdotたち

白いからだに無数の黒点

所番地もわからない宇宙の果てで 今 星が死に 星が生まれる

ほくろさえ

鞘えんどうの豆たちのように 美を産み出すものと呼ぶ国の

肌という名の町へ 君が行くときでさえ

やきもち焼きさえ おお ほくろの味を僕はまだ知らない

君の天体図のなかの

重い惑星をもつ乙女座の腰を 僕は抱いている


おまけ 松尾万歳 俳句もどき 一日中ナナの事

              一日中菜々                  

撫子の 肉臼温し 月の影

月の影 秘かに照らせ 曼珠沙華

彼岸花 摘んで立ち去る たんぼ道

田一枚 植えて月待つ 地蔵堂

お地蔵の 娘を攫う おみなえし

女郎花 海豹死して 吾母恋

われもこう 馬を射るという名の 娘あり

馬を射る 娘弾まず 朧月

おぼろ月 ゆかりの名捨ててみる 一夜かな

紫の 名月の池 石投げて

よわよわと 月の明かりの 消えし頃

長々と 明けゆく空の 宮路かな

手掴かみの 魚擦り抜けて 夏終わる

姉妹さえ 秋は一人の 所行にて

別れ路の 雲沸き起こる 背中かな

紫の 名呼びたる声 ルナロッサ

さえざえと 栄螺さざ波に 洗われて

なでしこを 追いし影あり 花の跡

春草や つわものどもが 花の後

花咲かば 後振り返る 余裕なし

吾母恋 乞われて花の 傷つきぬ

年々に 増えるさだめか 花の傷

傷つきし 花に春雷の 音響き

傷つける 花もなき夜の 一人酒

あやあやと 日はつれなくも 秋の風

秋風に ビーナスさやか うばめがし

乳母恋し いとしく育つ 娘あり

接吻の 仕方教えて 秋深し

秋来ぬと 目にはっきりと 見える今日

今日明日を 葉っぱに包む にぎりめし

握りたる もみじの中の 花芯かな

花の芯 赤く鳴りたる 紫野

冴え渡る 渡しに舟を 滑らせて

船旅の 疲れ地面に 落としおり

落ち葉焚く 折りたく柴の 期日まで

暫しとは 言いたりけれど 花散らず

散るものと 思うこころの 曼珠沙華

彼岸まで 僻まず生きる 勇気あり

勇み立つ 紫の馬 綾の馬

馬づらの 萩短冊を ぶらさげて

短冊に いとしき人の 名を並べ

綾紫の 撫子でさえ 陽の宮路

裏切りし 陽子中性子 宇宙花

時過ぎて 絶対欠けし 恋い心

誰よりも 知りたるはずの 忘れ草

許さじの 心模様の 変わりなく

それ以後もこれ以後もなし

秋刀魚焼く 火傷の痕の 水ぶくれ

心臓の 拡張したる 秋野豚

猪鍋や 今宵一人の けもの道

けものさえ 太く正しい 脹ら脛

萩さして 宮路を急ぐ 人多し

山茶花も 椿も菊も 冬の花

秋寒し 隣の夕餉 焼き魚

魚を焼く 煙りたなびく 冬化粧

化粧して 地黒の肌の うなじかな

軽々と 飛びたる川の 夏薊

薊さえ 三女の棘の 抜けぬまま

石垣の 中に身潜め 蜥蜴かな

蟷螂の 妖しき仕種 人を呼び

あやなする 出会い系サイト 季節読み

遊びなら 笑ってしまえ 薔薇の刑

野ばら咲く 大阪の街に 出会いなし

大阪と 京都の間 不整脈

胸騒ぐ 思いもなしや 冬の月

心臓の 鼓動騒ぎし 病かな

病なら 直らぬくらい 命草