古書店散策日記 (1997年11月)

 〜 浜松編 〜 by 散人 


早いもので年改まりましたが、せっかくですので、 11月初旬に訪れた浜松にての古書店散策をまとめておきます。 今回も「愛書家PATIO」にアップしたものを大幅に加筆しました。
京都から浜松まで200kmあまり、自転車だと二日の行程ですが、バイクだと半日もか かりません。一日目は浜名湖近くの宿に落ち着き、活動は翌日からとなりました。

二日目は、夕方まで所用があり、午前中に見つけていたBOOK OFFに寄ることになり ました。まずは市内北郊のBOOK OFF浜松高林店へ。国道152号線沿いの明るい店でし た。19時前ということもあってか、客も多くて、非常に賑やかな感じです。ゆっくり と店内を見てまわりました。結構な品揃えです。とはいえ、とりたてて買うほどのもの もなかったのですが、せっかくですので百円均一コーナーにて、2冊選びました。一 冊目は、『ライディング事始め』(グランプリ出版、1991年/\1030→\100)という何 の変哲もないバイクの解説書ですが、ちょっと知りたいこともあったので、 立ち読みついでに買うことにしました。

あと一冊は、若宮清『国際浪人面白さがし』(グラフ社、1983年/\1000→\100)、こ の本は、かつて知り合いに薦められて、 一読したことを覚えています。私はどういう訳か、人から読めと薦められ ると、どうも読む気がなくなり、その上、本を渡されたりすると、ついつい、いい 加減に見たままで、適当にお茶を濁して返却するという悪癖があるのですが、この 本もそういうめぐり合わせの本でした。ひとことで言えば、面白おかしい世界漫遊 記でありながら、なかなか貴重な体験も含まれているものの、どうも、私には馴染め ないように思っていました。軽く一読しただけでは、いったい何が馴染めないのか 良くわからなかったのですが、今回この本を手に取ってみて、それが何なのか、お ぼろげながら判然としてきたのでした。

それは、いうならば向性の違いというのか、精神のエネルギーの向かう方向性とい うのか、一般的にいわれる、外向的−内向的という分類を思い浮かべていただくと よく、例えば、同じ所に行っても、関心を向けるものも違えば、同じものを見ても 違った印象を受けますし、何を書き留めたいと思うかにも、大きな違いがあります。 外向−内向と言ったところで、どんな人間でも両方の側面を持っていますが、この 本の著者の精神のエネルギーは外へ外へと向かっています。例えば、人との出会い についての多数の記述を見てもわかるように、著者にとっての最大の関心事は、人 との関りの連続であるかのようで、抽象的な意味での文明や文化、歴史や風物、そ れと対話する自分という意識や、自己意識と対話するもう一人の自分などといった ものには、たいして関心を払っていません。

私自身の紀行文は、人から内向的な文章だと評されてきましたし、自分でもそう思 いつつ、自分が興味を持つことと、この本の著者の興味とは、同じようなところは あるものの、やはりかなりのずれを感じています。 私の場合は、ロバート・パーシグの『禅とオートバイ修理技術』のような、 極めて、内省的、思索的な紀行の方が、肌に合うといえましょうか……。 例えば、人との出会い、対話という側面で見ても、「国際浪人」はそれ自身を面白 おかしく楽しみ、「禅とオートバイ」はそれをきっかけとしての思索に関心が向い ているといえましょう。そんなことを考えるきっかけにと、この本を 買うことにしたのでした。蛇足ですが、鉄道紀行もので言えば、二人の巨匠、宮脇 俊三氏はどちらかといえば内向型で、種村直樹氏は外向型。同じ鉄道紀行と言って もまったく趣が異なっているのは、この向性の違いによるのではないかと思っています。

BOOK OFF浜松高林店を出てからは、同じく午前中に見つけていたBOOK OFF浜松可美 店。市内の西郊にあたります。松並木の面影を残し、旧街道の風情を彷彿とさせます。 時間が若干遅くなったためか、店内は少し暗い気がします。もっともこういう印象 も、その時その時の客足その他の偶然の要素もありますし、こちらの気分に左右さ れたりもしますので、まったくもって不確実なものです。ここでも店内を軽く一 巡。百円均一で足を止めると、色々、本が目に付いてきました。まずは、『いじめ撃 退マニュアル』(情報センター出版局、1995年/\1400→\100)、これは学校でのいじ めの問題にいかに対応するかについて書かれた本で、なかなか面白い一冊です。例 えば、高圧的な学校当局に対してどのように対応したら良いかなど、かなり具体的 な記述もあります。それゆえ、学校教育の場に限らず、職場であれ、地域社会であ れ、パソコン通信、インターネットなどにおいても、様々ないじめ、もめ事の場面 で、かなり参考になるように思われます。百円均一を一冊だけ買うのも何ですので、 ついでに、新刊同様のまったくの美本であった蓮見重彦『絶対文藝時評宣言』(河出 書房新社、1993年/\1500→\100)、重複購入となりました唐十郎『佐川君からの手紙 』(河出書房新社、1983年/\980→\100)の二冊も購入することにしました。そうして、 そのまま、バイクで浜名湖西の新居町の宿へと帰りつき、一日は終わりました。


翌朝も非常に天気が良く穏やかな一日でした。朝食は、浜名湖弁天島のコンビニで パンを買い、海岸に出て食べました。太平洋も穏やかです。この日も朝から浜松市 内で所用のため、古書店散策は、夕方から活動を開始することになりました。

夕方、『全国古本屋地図』1994年版を片手に、まずは駅に一番近い泰光堂書店へ。 もう暗くなっていたので、方向感覚がわからず、そのへんを適当にぶらついていると、 なんとか見つかりました。かなりの老舗とのことですが、 私の場合は軽く店を一巡しただけでした。 書架を見れば、アダルト系統の雑誌は新しいものの、 その他は、古びた本が多いように思いました。 古本には、古ければ古いなりの価値の出るものもあれば、 単に古びているだけのものもあります。 もっともこういう印象も、まったくもって不確かなものですので、 毎度のことながら棚の好みは人それぞれの趣味によるものだと再認識させられました。

次に、典昭堂書店と時代舎を探したのですが、夜となり、時間が遅いためか、 どうもよくわからず、そして、最後は、開陽堂書店を探しました。 こちらは運良くそれらしい店を見つけることが出来ました。不動産屋か何かを 兼業しているようで、一瞬わからなかったのですが、書架には本も陳んでいるならんでいるようですので、 入ってみました。店に入ると、奥からわざわざおばさんが出てきてくれましたので、そのまま帰るのはなんだか申 し訳ない気がしましたが、書架を一瞥しただけで、おそらく1分も店にいなかったように思います。 そして、まったくそのまま、「どうもすいませんでした」と店を出ました。 何か買った方がよいだろうかと、本をいろいろ見た末に、結局何も買わずに店を出ることもありますが、 それよりも罪が軽いという気がします。 私の蒐集分野とは、やはりズレがあり、これも人それぞれということなのかもしれません。 時間も遅く感じられ、それそろ一日の疲れも出てきましたので、翌日、出直すことにしました。


四日目。この日は朝から時間が空いていたのですが、あまり早いと古書店は閉まっ ていますので、10時過ぎより活動開始。まずは昨夜探していた典昭堂書店へ。明る い時間ですと、すぐに見つかりました。ここも駅の近くで、老舗とのことです。 店の外には、「古本大幅に値下げしました」という貼り紙があり、古い普 通の古書店という感じでした。BOOK OFFを意識してか、その貼り紙通りに、百円均 一のコーナーもあり、新旧様々な本があります。一見、不景気そうで、一昔 前のベストセラーの小説本ばかりかと思ったのですが、よく見るとそうでもありま せん。普通の本も定価の半額以下で売っていたりします。かなりの品揃えです。 まず手にとったのは、松本哉『永井荷風 ひとり暮らし』(三省堂、1994年/\1900→\900)、イラスト入りのなかなかユニーク な伝記で、まったくの美本でした。そして、この他、ドナ・ウィリアム『自閉 症だったわたしへ』(新潮社、1993年/\2000→\100)、『こころいう名の贈り物』(新 潮社、1996年/\2000→\100)、渡辺淳一『白夜』(中央公論社、1986年/\980→\100) といったものを百円均一本で見つけることが出来、私としては大満足でした。 百円均一に出る本というのは、店によってかなり異なることが多いので、 このめぐり合わせが、何とも面白いといえましょう。

典昭堂から、城跡方面にゆるい坂を上っていくと、時代舎がありました。外見はこ こも不景気そうな店でしたが、中に入るとまったく異なっています。かなりの奥行 きのある店で、新旧様々な本がぎっしりとつまっていました。今回、浜松で訪れた 古書店の書架の中では、最も充実していた気がします。初版本から古書一般、何で も置いている書店で、それぞれ豊富な品揃えでした。哲学や心理学など、人文 系参考書もそれなりにあり、高価な本は高価なのですが、定価の半額に抑えている ものもかなりあります。ここでは、せっかくですので、『ウィトゲンシュタインの ウィーン』(TBSブリタニカ、1978年/\2400→\1200)、藤原新也『沈思彷徨』(筑摩書 房、1996年/\1800→\900)などを購入することにしました。ここもまた訪れてみたい と思わせる古書店でした。

その後、国道257号線をバイクで北上。静岡大学工学部などがあり、少し行くと、 BOOK OFFを思わせる大きな古書店を発見。建物の造りも似ていれば、紺色と黄色 の配色まで似ています。ゲオ浜松幸町店とのこと。こちらではゲオもチェーン店がある古書店のよう です。中に入ると、一般書籍は少なく、CDやファミコン関連に力を入れているよう です。50円均一本コーナーというのもありましたが、こちらは見所がなく、 百円均一で岩波文庫二冊購入。『日本永代蔵』と『フィガロの結婚』ともに、どち らも最近発行の美本でした。

さらに北上すると、丸書房。新しくきれいに改装されていた古書店でした。こじん まりとしていますが、本はぎっしりと天井まで並んでいます。そんな中、セリー ヌ全集の端本を見つけたのですが、足継ぎに乗って、値段を見ようかと思いつつも、 余程安くない限り、買う気はなかったので、やめておきました。というのも、古書 店の梯子をしながら、ここまで来ると、浜松で買った本の重さが、かなり気になり 始めていたのです。

257号線をさらに北上。姫街道の松並木を見に行き、再び引き返したり。その後は特に当ても なく、そのまま進むと、細江町という所に出ました。一体ここがどこなのか、よく わからないでいたのですが、進路を東へと変更し、少し進むと、たまたま新和堂書店に出 くわしました。新しい感じの、おそらく個人経営の店としてはやや大きめです。 書架には漫画などが多く、くねくねと折れ曲がった、ちょっと迷路のような書架の配列で、 奥には何があるのだろうかと思わせます。くねくねと本棚をたどっていくと、一番奥がビデオ コーナーとなっていました。なかなかユニークな配置です。時計を見ると、 もう午後1時をまわっていました。非常に穏やかな秋の午後です。 市内へ戻ろうと、バイクで進むと、この近くには浜松大学があり、 それゆえか郊外型の古書店が何店かありました。 寄ってみたい気がしましたものの、漫画専門店のようでもあり、 そのまま通り過ぎて、浜松市内へと戻りました。

市内では、再び257号線へ出て、南下しますと、紺色と黄色の大きな古書店を発見。 BOOK OFFかと思いきや、再びゲオのようです。ゼネラル石油のガソリンスタンドも、よく 似た配色ですので、最近はBOOK OFFかと思ってしまうこともあります。ゲオはゲオ でも、午前中に寄った店のすぐ近くでありながら、50円均一コーナーはないようで した。軽く一巡したのみ。この店の向かいには、国道を挟んで、「ぶぶちゃんの古 本」という店がありました。こちらはこじんまりした個人のお店です。「5分以上の 立ち読みお断り」の貼り紙がありました。それに対抗するためか、ゲオには「立ち 読みOK」の貼り紙がありますが、駐車場を見れば、「ぶぶちゃん」の駐車場には、 他店との共同駐車場でない旨が記され、ゲオの方にもお客様専用との但し書きがあ ります。さすがに、立ち読み程度はOKでも、駐車場を慈善で開放しているわけではない のでしょう。

お昼もとっくに過ぎていますので、どんどんお腹もすいてきます。せっかくの天 気ですので、弁当を買って、中田島砂丘へ行くことにしました。海岸近くまでバ イクを乗り入れ、砂浜に着くと、2時半をまわっていました。 昼食を食べ、青空と雲と太平洋を眺めていると、なんと ものどかな気がします。こうして、平日の昼間、ぼんやりと海を眺めていると、 毎日毎日の繰り返しに追われていく生活がなんだか遠のいていく気がします。そういえば、 何年か前、この近くをやはりバイクだか、自転車だかで、走っていた時のこと、 遠州灘の海岸で、一人の徒歩旅行者に会ったのが思い出されます。学校の夏休み、春 休みの期間ですと、こういう人も珍しくありませんが、季節はずれですと、会社を辞 めて東海道を歩くとか、日本一周とかいう人の割合が高くなります。徒歩旅行と か、日本一周旅行とか、学生にしたところで、それなりの決心がいることですし、 会社を辞めてとなれば本人にとっては一大事です。ところが、こうして海を見 ながら回想にふければ、いったいどれくらい、本人にとっての重大決心の話を聞かされた のか、もはやいちいち思い出せない気がします。世の中にはこの手の体験記や旅行 記が数多く出版され、もはや飽和状態といえますし、古来より行きかった旅人など、 なんらこの比ではなく、実際の所、本人にとっては、かけがえのない体験であっても、 世間ではありふれた事柄であり、とるに足らないものなのです。

そもそも、本を蒐めるという行為には、どんな意味があるのだろうかと思えば、こ れだって、本人にとってはかけがえのないものであっても、世間から見れば、とる に足らないものなのです。 ところが、自分の好きなもの、欲しいと思うものを蒐めて、所有すると、 そこには小さな宇宙が形成されます。本棚を眺めれば、ただ眺めているだけで、 古近東西、様々な賢者に微笑みかけられているかのようであり、書物を開けば、対 話が生まれます。人間は社会的動物だとか、他者との関係性の中で生きているとか 言われますが、この小宇宙も一つの社会であり、他者との関係性の中で成り立って いるのだと言えば、まさにそうなのです。だからといって、そこには義務だ、何だと、 人からとやかく言われるようなものはなく、勝手気ままに空想の世界に遊ぶことを 許してくれるのです。

小一時間もすると、どこか夕方の気配も漂ってきましたので、そろそろ浜松を離れる ことにしました。天気は良いのですが、買った本をポリ袋に入れて、 厳重に荷作りを施し、防寒のため、ジャンバーの上に、雨合羽を二枚着込んで、 準備完了。せっかく蒐めた本は、やはり無事に持ち帰りたいものです。 あとはバイクのエンジンを始動させ、一路、京都へ。 途中、御油などでは旧東海道を走ったり、名古屋市内は18時半 頃通過。そのまま1号線を西へと進むと、古書店をちらほら見かけますが、 調子良く走り始めると、どうも停まるのが億劫になってきます。鈴鹿では、さすがに 寒気を感じ出し、峠越え前の景気づけに、一杯行きたいところですが、コンビニで カップラーメンを購入。これで少しは暖まりました。亀山から鈴鹿峠へ。今回はト ラックに囲まれたまま、峠を登っていくことになりました。結構、登り坂がきつい ためか、みんな中途半端な速度で走っており、抜け出すのに往生しました。カブの 場合、このような登り坂ですと、アクセルを全開にしても、あまりスピードが出ま せんので、こちらが追い越そうとしても、むきになって、速度を上げられると、 なかなか追い抜けません。そして、その後に煽られる危険もありますが、何とか追 い越せ、そのままかろうじて逃げ切りました。追い越したトラックが猛スピードで 追いかけてくると、結構恐いものを感じます。 水口町あたりから、車の量も多くなり、どこか里に出た 気がして、ほっとするものがあります。草津では渋滞。京都に帰りつくと、22時前 となっていました。なんだか、あっけなく帰りつきました。浜松の古書店散策、な かなか充実したものとなりました。

98/1/1

散人


[古書店散策日記の目次]

[愛書家ホームページ]


Copyright (C) 1997 by Sanzin. ALL RIGHTS RESERVED.