ハゲ頭であるという秘密は暴露されてもやむを得ないのか?


マスコミの報道に限らず、噂話というのは不思議なものです。 ある時は、政治のこと、経済のこと、犯罪のことに関心を持ったり、 また、ある時は、文学や歴史、藝術に関心を持ったりすることもあれば、 カツラをかぶった人の頭髪に関心を持ち、噂話にうち興じたりすることもあります。 いったい何が我々の関心を引き、何をつまらないと感じるのか?  そのことは、本当に知るべきこととは無関係に、 政治であれ、経済であれ、犯罪についても、単なるゴシップ以外の何物でもないような関心から、 報道されたり、噂話の対象となることはよくあることです。 例えば、あの「酒鬼薔薇」少年の事件についてみても、 社会問題、教育問題という視点から見ることもできれば、 単なるゴシップとして、見ていることもありますが、 このことは、報道の姿勢についても言えることであると同時に、 我々情報の受け取り手側についても同様のことが言えるでしょう。 「国民には知る権利がある!」と我々が叫ぶ時、 その言葉が意義を持つのは、あくまでもゴシップ的な関心の対象についてではないでしょう。

例えば、浪速のモーツアルトと称される作曲家Kダ・タロウ氏(仮名)が、 カツラをかぶっているか否か、ハゲ頭かどうかという問題は、 ゴシップ以外の何物でもありません。 おそらく誰が見ても、K氏がカツラをかぶっていることは一目瞭然なのですが、 カツラをかぶるという行為は、ハゲ頭を隠蔽するために行うにもかかわらず、 ハゲ頭であることを暗示し、人々の想像力を刺激して、様々な好奇心を呼び起こします。 K氏を知る人にとっては、このゴシップは関心を引くものです。 氏を知らない人であっても、隠されているものは見たくなります。 だからといって、いくら「focus」といえども、このことをスクープすることはほとんどあり得ませんが、 それは、そもそもK氏の知名度は高くなく、 カツラをかぶっていようと、ハゲ頭であろうと、 そのこと自体、珍しくもなんともないことだからだろうと推測されます。 ある人がカツラをかぶっているか否かということは、 当人にとっては、重大なプライバシーの問題となるのですが、 関係のない人にとっては、一時の笑いの種になることはあっても、 そのような興味はすぐさま醒めてしまう類のものです。 おそらく、このような問題設定をすれば、 このようなプライバシーの秘密は、守られてしかるべきであることだが、 そのプライバシーが暴露されたからと言って、たいして実害があるわけでもなく、 いちいち罪に問うほどのことでもないと言うのが一般的な意見であるといえるかと思われます。

しかし、なぜ、そのようなプライバシーが暴露されることに泣き寝入りしなければ、ならないのでしょうか?  やはり、本人の意志に反して、本人が秘密にしておきたいプライバシーを暴くことは、 暴く方にとってはそれなりに面白いことではあるのでしょう。 私は「focus」の詳細をよく知りませんが、 「ついにカメラがとらえたK氏ハゲ頭の決定的瞬間!!」というようなスクープ写真を 毎号毎号掲載しているのではないかと思っているのですが、 「酒鬼薔薇」少年の顔写真も、そのような類のスクープ写真と同列であるなら、 なんだかどうでも良いような気もしないでもありません。 本人の承諾を得ないまま、人の顔写真などを暴露する権利などどこにあるのだろうとかと思う反面、 騒ぎたい奴は勝手に騒いでおけと、いつもと変わらずカツラをつけておれば、 取り立てた不利益も生じないかもしれません。 噂話に戸は立てられぬと言うものの、単なる噂話と、マスコミによる暴露とでは、どうも質的に違うような気がします。 私がハゲ頭であるかどうかということについて、ある人が心の中でどう思おうが、どうしようもないことでありますし、 その人が友人にそのことを話したからと言って、いちいち抗議したとしても、やめたかどうかを確かめることはほとんど不可能です。 しかし、これが不特定多数の人間に向けて発せられる情報であるならば、 その情報の発信をやめさせなければ、自分がハゲ頭であることを衆人の知るところとなってしまいます。 ハゲであろうとなかろうと、どうでも良い問題ではありますが、 本人が望まないのに、ある種の情報が暴露されることは多いに制限されてしかるべきものです。 ハゲが伝染性のものであり、ハゲ頭であることを暴露しなければ、 まわりの人に多大な被害をもたらす場合は例外とも言えましょうが、 たとえそうであっても、あることを公表した時に生じた被害は、十分に償われてしかるべきものです。 昨年、厚生大臣がカイワレ大根をO157の感染源の疑いがあるとして公表しましたが、 これによって、業者が受けた損害は、このことが公表されたことによって生じた利益の中から、 還元されてしかるべきものです。自分の人気取りのために、不確かな情報を公表し、 人心を攪乱し、業者に不利益を与えたのならば、この政治家自身に損害を償う義務が生じるように思われます。 刑法においては、第34章に名誉に対する罪として、 事実の有無にかかわらず、公然と事実を指摘して人の名誉を毀損した場合は罪であるとし、 その例外として、公共の利害に関する事実である場合などがあげられていますので、 私の議論とおおむね矛盾しないように思われます。

このことは、パソコン通信やインターネットでの問題においても同様のことが言えるのかもしれません。 特定の少数の人間を相手にした噂話的なもの、井戸端会議風のものと、 不特定多数の人間を相手のしたマスコミ的なページとでは、その性格は大きく異なります。 マスコミの場合のように、不特定多数を相手に語っている場合ならば、 その語り手に沈黙するように訴えかける権利を有するといえましょう。 私のこのページのように、不特定の少数の人を相手にしている場合も、これに準ずると言えるでしょうから、 もし、浪速のモーツアルトKダ・タロウという仮名が、誰か特定の人物を示唆するものであり、 その本人が、このような記述の文章の掲載を停止するように申し込みがあったとするならば、 もしK氏というのが実在の人物を示唆するのであったのならば、この訴えを十分に検討する必要が生じるかもしれません。 その反面、ある程度、特定された少数の人間を相手にしている場合は、 いくら本人にとっては腹が立つことであっても、 いちいちそれを取り上げることは、個々人の趣味の世界に、公共的な規制力を持ち込むことであり、 何らかの規制を行使して、沈黙を強制したとしても、 「あいつはハゲである。それなのに、ハゲにハゲであると言うことが禁じられた」と一生心の中で思い続けることとなり、 そうなれば、抗議した意味などほとんどありません。

もっとも、以上は半分冗談のような例も含まれていますが、 さらに、もっと悪意のある情報の場合は、 その情報を発信した人間の責任を追及する権利を本来的に有する場合も多数存在するように思われます。 例えば、他人の家の電話番号を、「私は二十歳のOLです。お電話待ってま〜す」といって、 パソコン通信のボードに書き込んだり、風俗ビラのように、その辺にばらまく場合などは、 結果によっては、刑法第234条の威力業務妨害によって、厳しく処罰されてしかるべきであり、 民事的にも損害賠償を請求する権利を有すると言えましょう。 電電公社の時代は野放し状態であった匿名のイタズラ電話にしても、 一時期、とある宗教団体が新聞社などに行った多量のFAX送信なども、 被害者の権利がもっと守られてしかるべきです。 インターネットにおいても、このような被害については、 当事者同士の話し合いで問題が解決することはありませんので、 このような場合は、被害者からの申し出があれば、プロバイダーが十分に調査に協力し、 加害者に対するID停止や警察への告発などの便もはかられてもやむを得ないもではないかと思えます。

現在、インターネットにおいても、様々な規制の動きがありますが、 個人の思想・信条、如何に「俗悪」なものといえども個人の趣味に関しては、 いかなる規制にも反対したいと思いますが、 ただ一点、明らかに他者への危害が明白である犯罪行為に関しては、 何らかの取り締まりのガイドラインが必要ではないのかと思えてなりません。

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