容疑者の実名や写真を、なぜ多くの人が見たがるのか?

これは前記のような「知る権利」にもとづくようなものではなくて、さらしものを見たくて、う ずうずしているようなゲスな好奇心であったり、また、事件や人間に対する知的好 奇心と呼べるものから知りたいと思う側面もあるかと思います。大なり小なり、事 件の質や、各人の性向によって、どういう観点から、何が知りたいのかということ は違ってくるでしょうが、知りたいと思うことが、必ずしも知る権利の対象になる とは、限らないように思います。

今回の「酒鬼薔薇」少年の顔写真の例にとれば、私なども、おおいにゲスな好奇心 を満足させてもらった側面もありますが、また、あの写真を見たことによって、今 後、教育問題や人間のあり方を考えるうえで、かなり有益な情報を得ることが出来 たように思います。今後、供述内容などが公開されていくでしょうが、そこには学 ぶべき事実が多数存在するだろうことは確かです。もし仮に、会って面接させても らうことが出来るのならば、同じ事実でも、さらにまた深みを持ってくるのでしょ うが、だからといって、実験動物のように、誰にでも観察や面接を許すことは人権 上許されないことでしょう。成人にしても、例えば、「麻原彰晃」に面接してみた いと思ったり、どのように過ごしているのか、24時間観察してみたいと思う心理学 者や社会学者その他様々な人がいるでしょうが、いくら知りたいと思っても、また、 それを知ることによって、学問上の成果があるからといっても、やはり人権上、 知りたいという欲求が、制限されても当然だと考えられているのかもしれません。

さらに、凶悪犯であろうとなかろうと、有名人であろうが、無名人であろうが、動 物、植物の区別なく、人間には知りたい見たいと思うものはたくさんあります。「 酒鬼薔薇」少年の写真も見たいし、パンダの写真も見たい、朝顔の花の受粉の様子 が見たいと思う人もいれば、「麻原」の性交を見たいと思う人もいるかもしれませ ん。電車で向かいに座っているお姉さんの下着を見たいと思う人もいるでしょう。 見たいと思うものは、人によっても異なりますし、実に様々なものが対象となりま すが、果たしてそのすべてに対して見る権利があるのかどうかは微妙なところです し、権利があろうとなかろうと、見えてしまうこともあれば、無理に見る人もある のかもしれません。犯罪者の顔が見たいというのは、一体どのレベルの欲求なのか、 また、どこまで許されるのかは、微妙なところです。

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