佛蘭西古書通信 1997.3 (4) by  泰俊 


 リュクサンブール公園の東、サン・ミッシェル大通り沿ひの界隈は、日本では 神田の学生街といつた感じの活気に満ちた楽しい所ですが、なかでもソルボンヌ 広場のカフェーなどは、いつでもパリっ子や観光客で賑はつてゐます。教会を前 にしてこの広場の右手前角にはP.U.F.(フランス大学出版)書店が、左手中程 には哲学専門のヴラン古書部、すぐ隣にその新刊部があります。ヴランは今年の 初めに改築工事が済んで、今では古書部と新刊部とは(入口は別ですが)奥にで きた通路でひとつに繋がりました。また、新刊部の地下には立派な応接室がある らしく、友人はそこでポール・リクールに面会したことがあるさうです。さて、 この広場で私が割によく訪れるのはヴラン古書部です。さすがに老舗の風格で、 滅多に見かけない昔の研究書などが置いてあつたりしますが、かといつて網羅的 な品揃へといふほどでもなく、どの書物の値づけも辛目です。しかし、ここでフ ィロネンコ旧蔵のライプニッツ著『理性に基礎づけられた自然と恩寵との諸原理 /哲学の諸原理またはモナドロジー』(初版1954年フランス大学出版刊)を見つ けてからは、現役の哲学者たちがここで蔵書を処分することがあるのだと気づい て、ときどき覗いてみるやうにしてゐます。といふのも、このライプニッツには フィロネンコによる自筆の署名のほかに鉛筆による書き込みがあり、覚書のメモ まで挟まつてゐるもので、生産力のある学者がどのやうに書物と格闘してゐるか を窺ひ知ることのできる興味深い一本ですから、この種の書物を前にすると値づ けが高いとか低いとか言つてゐる場合ではないやうに思へてくるわけです。

 新年早々このヴラン古書部を訪れたときには、めぼしいものもなかつたので店 を出がけに最新の古書目録をいただいてきましたが、帰りのバスのなかで何気な くその目録をめくつてゐると一冊の本に目が釘付けになりました。曰く、「J. ラシュリエ著『帰納法の基礎、および心理学と形而上学、パスカルの賭けについ ての覚書』1902年刊、十二折版、背粒起革装、250F、L.ラヴェルの署名および 注釈が書き込まれた版本」 ラシュリエといへば、十一年間エコール・ノルマルで 教鞭を執り、寡作ながら哲学界に多大な影響を与へたスピリチュアリストで、ベ ルクソンの処女作『意識に直接与へられてゐるものについての試論』もこの人に 捧げられてゐます。勿論ラシュリエのこの古典的著作は、こちらに来てすぐにこ れを手に入れてありますが、しかし目録に掲げられたこの版本は、なんとルイ・ ラヴェルの手沢本であると言ふのです。フランス唯心論哲学の系譜に少なからぬ 関心をいだいてゐる私にとつて、のちに一家をなすことになる青年期のラヴェル がどのやうに師のラシュリエを読んでゐたのか、ここはどうしてもその自筆の書 き込みを実見して、いはば哲学者同士の対決に立ち会ひたいところです。しかも 250Fとしてある。普段は強気の価格設定に眉を顰めたくなるヴランですが、この 書物に関しては何といふ甘い値づけをするのだらうと首を傾げたくなりました。

 その他に興味を引かれたものとしては、レヴィ・ブリュールがジャネに宛てて 献呈署名した『ヤコービの哲学』(1894年刊、八折背粒起革装、350F)や、同じ くレヴィ・ブリュール著『原始的霊魂』のアルファ紙による限定初版で著者の自 筆署名が入つたもの(1927年刊、八折仮綴版、450F)などがありましたが、やは り何といつても欲しいのはラヴェルの旧蔵書だよなぁ…と思ひつつ、この目録の 表紙を見直すと、1996年11,12月となつてゐる。一挙に目の前が真つ暗になりまし た。売れ残つてゐるはずがない! 帰宅して夕方の5時半、一縷の希望にすがり つつ祈るやうな気持ちでただちにヴランに電話を入れましたが、店主の答へはつ れなくも「売り切れました」の一言。むぅぅやっぱりさうだったか…このときば かりは予め目録の送付をお願ひしておかなかつた自分の愚をわれながら恨みまし た。日本にゐる先輩の言ふには、一度頼むとヴランはこちらが注文しようとすま いと、いつまでも目録を海外にも送り続けてくれる律儀な書店であるといふのに (ちなみに Librairie J.Vrin の連絡先は 6, place de la Sorbonne, 75005 PARIS, TEL:01.43.54.03.47)。

 翌日、おくればせながらヴランに目録送付の登録をしに出かけても後の祭り、 念のために他の2冊のレヴィ・ブリュールについて尋ねてみましたが、言ふまで もなく売り切れです。とはいへ、その日はエリー・メリックがオルレ・ラプリュ ヌに宛てて献呈署名した十二折版『権利と義務について』(第二版1877年パリ刊 xiii-490p. ちなみに初版はパリ大学神学部に提出された博士論文で、1867年に八 折版 183p.で出てゐます)を棚から見つけて入手することができたので、せめて もの慰みとなりました。オルレ・ラプリュヌといへば、モーリス・ブロンデルと いふ偉大な弟子をもつた哲学者で、世紀末までエコール・ノルマルの講師をして ゐましたが、この先生はソルボンヌの神学部教授メリックから献じられたこの書 物を実に上品に装釘させてゐます。といふのも、これは鮮やかな若緑のクロス装 に海老茶の背ラベルを貼つたポール・ヴィによる装釘の極美本なのでした。しか し、完全な状態の書物を所有することに伴ふ不幸は、これを美しいままに保たな ければならないといふ一種の強迫観念が生じることです。この意識は読書にとつ て甚だ窮屈であるばかりではありません。といふのも、後日この書物を読んでゐ るとき、よく注意してゐたつもりでしたのに、われにもあらず机の角に書物の一 端をぶつけ、自らの手でこれを傷つけることになつてしまつたのです。覆水盆に 返らずで、一度完全な状態を失つた書物は二度と元の状態には戻りません。その 喪失感たるや、原因が自分にあるだけに、耐へ難いものがあります。小谷木さん が以前に結露で愛蔵書を台無しにされたときの心境もかくやと思はれます。やは り、完全は物の側にではなく精神の側にこれを求めるべきか…と兼行法師の教へ などを思ひ出して、自分を慰めたりなぞしてゐるうちに、ラヴェル旧蔵書を買ひ 損なつた悔しさが漸く紛れてきたのでした。


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