佛蘭西古書通信 1997.4 (1) by  泰俊 


 散人さんの2月11日付UPによると、「熱心な書き込み」のあるハイデガーの 『存在と時間』を京都の吉岡書店で見かけた由。「先達の読解の労苦の記録とし て大いに勉強させられるもので、この書き込みを見るだけでも、この本を買う価 値があるような気すらしました」といふ散人さんの言葉には深い共感を覚えます。 Niemeyer版のハイデガーは、1927年に出たその初版を学生時代に神田の泰文社で たしか千円ほどで手に入れ、5年ほど前に引つ越したときはこれを蔵書として東 京から大阪に運びましたが、今回パリにまでは持つてこなかつたのです。しかし、 こちらでも必要になつたので新刊の1993年版(定価165F)をソルボンヌ広場のPU F書店で買ひなほしました。さういふわけで、もうこれ以上 Sein und Zeit は必 要ないのですが、もし私が散人さんの立場にあつたら、懲りずに三たび同じ書物 を購ふことになつたかも知れません。といふのも、他のハイデガーの全集本も同 時に出てゐたといふことからして、これは散人さんの明察どほり、どなたか専門 の研究者が亡くなつたに違ひないと思はれるからで、さうなると旧蔵者が一体誰 であつたかといふ点に興味が向かはざるをえません。見返しなどに蔵書票もしく は旧蔵者自筆署名などが見つかれば問題はなく、また書店の御主人に尋ねて判明 すればこれも簡単ですが、たとへそのやうに明らかな証拠がなくとも、残された あらゆる書き込みを熟読してその内容から(あるいはこれを熟視してその筆跡か ら)なんとか元の所有者を見抜いてみよう、といふ気になるのです。もちろん心 当たりは必要でせうが、今回とくにその第一候補として念頭に浮かぶのは、ハイ デガー自身が生前に恐れたと言はれる論敵にして、「最近ではもう生きてゐても 死んでゐても同じことだと思へるやうになつた」と言ひ切れるほどの悟りに達し てをられたT先生のことです。もし書き込みの主がこの方であると判れば、それ こそ何としてもこれを入手し、筆跡といふ痕跡を介して先人による思索の努力を 辿りなほしながら、透徹した読みの鋭さを霊的に感じとりたいと願ふものです。 (散人さん、そんなことはないと思ひますが、万一この書物が先生の旧蔵書だと して、それがまだ売れ残つてゐたら、どうか私のために買つておいてもらへない でせうか?)

 なほ、ハイデガーといふと、こちらではニーチェと並んで研究が盛んで、本国 をも凌ぐほどであると言はれてゐます。しかしながら、『存在と時間』の仏訳に ついては一悶着あつたやうで、ふつうには1986年にガリマール社から出たヴザン 監修共同訳のものが広く用ゐられてゐますが、この文学的な翻訳には些か問題が あつて、多くの研究者はこれとは別のマルティノーによる個人全訳の方を使つて ゐるやうです。ところが、このマルティノー訳といふのは版権の関係で実際には 通常のルートで出版されず、一部に配布された簡易製本版のコピーが裏側で流通 してゐるといつた面白い状況になつてゐるのです。書店では購入できない訳本で あるにも拘らず、蝶ネクタイのカリスマ教授マリオンなどは講義の合間にマルテ ィノー訳を推薦してゐますし、ニーチェの研究で名高いアール教授も、学生に配 布した参考文献表のなかで、ガリマール版だけは避けるやうにとわざわざ注意し てゐるほどです。この先生は自分のもつてゐるマルティノー訳の或る頁を再コピ ーして授業中に配つたことがありましたが、それを見るとマージンに多くの書き 込みがあり、訳文の一部も自筆で訂正されてゐました。わたしはまだマルティノ ー訳をもつてをらず、帰国までには是非とも入手しておきたいので、どうせなら アール教授書き込みのものなぞをコピーさせてもらひたいものだと思ふものの、 まぁそれは出来ない相談でせう。

 思ひ起こせば、神田田村の二階よりも更に狭い京都吉岡の二階でかつて幾冊か 求めたロエブ叢書は、昔の岩波文庫にたしかキケロか誰かの翻訳を入れてゐらし た鹿島氏旧蔵のプラトンでした。蔵書印の代りに普通の印鑑が表題頁に押されて あつて出処が判明したこの書物は、テクストの内外いたるところ夥しい書き込み が見られるだけでなく、巻末には小さな電話番号簿のやうに何枚もずらして紙が 重ねて貼りつけてあり、めくつてゆくと表裏に蠅の頭ほどの細かい文字がびつし りインクで書きつけられてゐました。古典文献学者によるテクストとの格闘とは かかるものかと驚嘆したものです。書き込みが多いといへば、丸山真男が書物を 読みなほすたびに新たな線を引いたり書き込みを加へたりするので、その蔵書は 読めないほど真つ黒になつてゐたといふ話を聞いたことがありますし、また、書 物に白紙の頁を増設して書き込みをするといふことでは、渡辺一夫の教へを思ひ 出します。この人文主義者は、鉛筆でちまちまと自信なげに薄く書き込むのでは なく、著者と一対一で対話するつもりになつて堂々とインクで、しかもスペース が足りなければ紙を貼り足して書き込みをするやうに学生を指導したさうです。 さういへば、こちらで十九世紀あたりに出たギリシア・ラテンの書物のなかには、 学者がすべての頁に白紙を一枚づつ挟みこんだ形に誂へて装釘させ、本文に対応 させて隣の白紙に自分で註釈を書き込んでいつたものがよくあります。かつて大 学時代の恩師は、そのやうな古典の書物を開いて見せてくれながら、細かく書き 込みをした昔の学者の勉強ぶりを称へつつ、自分でもその書物の余白に新しい研 究成果を書き加へてゐるのだ、と大学院に入つたばかりのわたしを激励してくれ たことがありました。考へてみますと、書き込みがある書物といふのは結局のと ころ、著者の思想の結晶としてのテクストを楽譜に見立てるならば、これを読者 が演奏することで具体化する解釈を生で録音したやうなもので、その点にこの種 の書物の特異な魅力があるやうに思ひます。

 もちろん、書き込みがあればどんな書き込みでも構はないといふわけではあり ません。たとへば、漱石の手沢本に残されたマージナリアなどのやうに歴史研究 の対象となるべきものが興味も深ければ詮索の意義も大きいでせう。ベルクソン の処女作をも漱石は英訳で読んでゐて、その旧蔵書の余白には、これほどの詩美 に富んだ哲学書を読んだことがないといふ感想が書き込まれてゐると言ひます。 これなどは何とか書き込みのある頁を写真に撮らせてもらへないものかと思ひま す。あるいは、ルソーなどはエルヴェシウスの『精神について』が1758年に出版 されるや直ちにこれを批判するペンを執りましたが、時勢を睨んで公表を断念し、 その代はりにこの感覚論者から贈られたこの書物の四折初版の余白に批判的覚書 を細かく書きつけていつたさうです。その書き込みは既に(クザンが「卓抜な」 と称賛する)ミュッセ・パタイ版のルソー全集(22 vols., 1818-20, In-12)第十 巻に収録され、読むことができるやうですが、これも機会があれば是非とも現物 を手にしてルソー直筆の几帳面な書き込みを読んでみたいものです。しかし、ル ソーほどの人物でなくとも、時代が隔たれば当然どんな書き込みもそれなりの歴 史的意味をもつことになる道理で、現に国立図書館(BN)などで十八世紀以前 の書物を借り出して読んでゐると、当時の些細な書き込みでさへ鉛筆で丸くこれ を囲み、「ここは残す」などといつた古版本修復者への指示が書き残されてゐる ものに出くはします。


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