佛蘭西古書通信 1997.4 (2) by  泰俊 


 Summyさんがお書きになつてゐたモンタヌスのことで思ひ出されるのは、大学生 になつたばかりのころ、神田の古書市で極めて興味深い大判の版画を何枚か見つけ、 これはどうしても入手しておかなければならないやうな気がして、えいっとばか りに買つてしまつたのが『日本誌』所収のオリジナル図版数葉でした。どこが面 白かつたのか一言ではうまく説明できませんが、とにかく結婚式やら葬式やら日 本の風俗習慣を主題にしてゐるはずの画面のどれもが、日本に似て非なる東洋の 架空の国をお伽噺のやうに描いてゐたのです。一見したところ漢字のやうで実は 全く漢字とは違つた文字が細かく裏返しに刷られてゐるのを見ると、これは西洋 の文字と東洋の文字との合の子のやうだなぁと思へましたが、さらに傑作といふ べきは大仏の描き方でした。といふのも、その座像は右手を丹田に落ち着けつつ、 左手は掌を内に向けて頭上高く掲げられてゐたのです。これは実に、仏教におけ る如来の座り方とキリスト教徒が両手を天に差し上げて祈る姿とを足して二で割 つたやうなもの、つまり結跏趺座の姿勢とオーラーンスのポーズとの折衷型とい ふべきものです。その不思議な違和感を楽しみながら私は、異文化の受容に果た す想像力の役割について、また「らしさ」の構造についてあれこれと考へさせら れました。それが、鎧を着た犀や耳をもつ鯨などの古版画に見られる図式(ゴン ブリッチのいふメンタル・セット)の問題であると気づいたのは、ずつと後にな つてからのことです。

 これらの版画に出会つてからは、すべての版画が揃つたモンタヌスの完本が しいと思ふやうになり、古書目録などで見かければ気になりもしましたが(ある ときは貧書生にとつてすら経済的射程距離内にあるものを見つけたこともありま したが)、版画は完備してゐて染みが無いかどうか、あるいは装釘はどのやうな 状態のものかなど、自分の眼で現物を見てからでないと何とも言へないし、まぁ 日本で買ふには及ばないかとも思はれて、これまで見送つてきました。ただ、大 正の末頃に出された当書の邦訳で、訳者が内田某氏に毛筆で献呈署名した書物を 趣味展かなにかのカタログで見つけたときには、先達の偉業が偲ばれて、迷はず 注文し入手しました。いまは手元に資料がないので正確なデータは伝へられませ んが、訳者解題には旧東京帝国大学図書館所蔵のモンタヌスが震災で惜しくも焼 失した顛末など、この稀覯書をめぐる興味深い逸話が記されてゐました。誠実な 訳業であるやうにお見受けし、また図版の一部が再録されてもゐる極美本したが、 いかんせんフォリオの図版を八折版に縮小複写してあるので、原版のもつ魅力の 大半が失はれてゐるのは残念でした。この訳書は先駆的業績として貴重なので、 たしか散人さんにお見せしたかと思ひますが、まさか愛書家HPで話題になると は思はなかつたですよね。

 小谷木さん(#28)は『草枕』の掲載された『新小説』(明治39年1月号)を「 タダ同然で」掘り出された由、まことに羨ましく思ひます。そのやうなものをそ のやうなふうに掘り出せるやうになるにはいかに年季を入れなければならないか、 また当時の時代状況を具体的に満喫しながらその作品を読むといふのがいかに嬉 しいことか、いろいろ思ひを馳せながら小谷木さんのお喜びを拝察してゐます。 こちらでも、たとへば 1857年に初版の出たボードレールの『悪の華』は、そのプ レ・オリジナルのテクストが1855年の『両世界評論』に載つてゐるのですが、こ の雑誌を自力で探し出すのがどれほど難しいかは想像に難くありません。大抵は それと明記されてゐるものを目録などで見つけることになるのでせう。その場合、 ボードレールのテクストだけを集めて美しく装釘したものも魅力的ですが、多少 かさばらうとも当該年の雑誌を丸ごと手に入れるのも意味のあることだと思ひま す。といふのも、ボードレールの批評的校訂版に当たればプレ・オリジナルのテ クストは苦もなく読めますが、それが発表された当時に他のどんなテクストと一 緒に読まれたかを知るには、やはり『両世界評論』を開いてみるほかないからで す。BNの開架に置いてあるその大部冊を引き出して覗いてみると、同年にはメ リメやスタンダールらが寄稿してゐて興味深いのですが、「悪の華」の掲載され た第1巻の pp.1079-1093 には盗難を予防する目的からそこにだけ頁毎に小さな 国立図書巻蔵書印が丁寧に押されてあつて、やはりボードレール哉と思ひました。 このプレ・オリジナル版は日本のカタログでは背クロス装の並の状態のもので18 万円ほどでしたが、こちらでは2.000Fほどでせうか(ちなみに、背角モロッコ革 装の初版ですと20./30.000Fのやうです)。わたしは未だこれには手を出しません が、その代りたまたま見つけたフロマンタン著『ドミニク』のやはり『両世界評 論』(1862年第38,39巻)に三連載された初出テクストは、それだけを集めて簡易 装釘した染みのない奇麗なものが破格値でしたので、やはり捨ててはおけず入手 しておきました。


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