佛蘭西古書通信 1997.4 (3) by  泰俊 


 装釘についての関心は、こちらに来てみると、大いに高まります。もちろん本邦 で装釘の良し悪しに敏感な方も多いでせうが、革装の伝統を誇る西洋で、とくに古 書を蒐集しようとする場合には、装釘のことが気にならざるをえなくなるのです。 といふのも、気に入つて手に入れた古版本であつても、よく見れば革の装釘がどこ かしら痛んでゐることがあつて、といふよりはむしろ、どこも痛んでゐないものな どは稀有なので、書物を手にとつて読むたびに、あぁ この装釘が完全であつたら なぁ といふ気持ちが自づと湧いてくるからです。欠点のない装釘といふものを意 識しはじめると、それがどんな種類の革を用ゐて、どんな仕方で装釘してあるのか、 といふことが気になりだします。かうして装釘の素材や様式に注意が向けられてく ると、書物の背を一瞥しただけで、それが何世紀の何時頃のものであるかくらゐは 容易に見分けられるやうになつてきて、さうなれば装釘の歴史を調べてみたくもな り、またそれぞれの時代に固有の様式で装釘された書物を一通りそろへてみたくも なります。このやうにさまざまな装釘の物質的・形式的偏差を楽しむことに飽き足 りなくなれば、行きつく先は署名の入つた個性的な装釘でせう。それも、装釘者の 名を明示するシールが表紙裏の左上隅に貼られてゐる簡単なものから、その小さな 極印が同じ場所に黒や白抜きで押されてゐるもの、さらには背や表紙裏の下端部な どに装飾模様の一部をなすやうに装釘者名が金箔や浮彫で打たれてゐる美装本にま で進み、ついには手業を超えて藝術の域にまで達した溜め息の出るやうな装釘の世 界に目が開かれてゆきます。このやうな署名入装釘を求めるのとは別に、以前に書 きました紋章の刻された装釘を探すといふ楽しみが一方にあつて、こちらには王侯・ 貴族・将軍などの華やかな書斎を飾つてゐた数々の豪勢な書物が待つてゐます。署 名入装釘の示す美術的な方向に進まうと、紋章入装釘の示す歴史的な方向に進まう と、専門の事典に当たつて装釘者を研究し、あるいは紋章を同定せずにはゐられな い地点にまで達すれば、もう装釘愛の病も癒しがたいほど重いといふべきでせう。

 以上のやうに装釘は、その状態がまづ関心を引きつけ、ついで素材や様式が興味 をかき立て、さらに藝術的な美技や歴史的な由緒がそれぞれ独特の世界に誘つてく れるのですが、装釘のどこに魅せられるかは愛書家ごとに異なるのでせう。あまり 無理はせずに努力をつづけ、幸運がおとづれるのを待つことにしてゐるわたくしの 場合、さほど自慢できるやうな装釘の書物は未だ所有してゐませんが、それでもさ さやかながら自分なりに面白いものは幾つか手に入りました。素材面でいへば、カ ルトナージュ(厚紙装釘)やペルカリン(綿巾)による簡易装釘、バザン(羊)・ シャグラン(粒起革)・ヴォー(仔牛)・マロカン(モロッコ革)、あるいはヴェ ラン(犢皮)による革装釘のものなど、まづ一通りの種類は知らず識らずに集まり ましたが、この他にも変はり種が見つかりました。たとへば、V.ドゥバィの小説 『星』(1906)は、著者が藝術的共感をよせるザルヴァディ夫人に献呈した署名入り の書物を手に入れたのですが、くすんだ焦げ茶のシャグランによるありふれた背革 装のものだとばかり思つてゐたこの書物は、家に帰つてから落ち着いて見直すと、 どうも粒起革ではないやうです。汚れを拭き取つてからクリームをつけて磨いてゆ けば、特徴ある例の斑紋がくつきりと浮かび出てきたのを見ると、これはやはり錦 蛇です。さう思つて見なほすと、たしかに大ぶりな鱗のあとが面白く残されをり、 まだらの模様にも毒々しい美しさがあつて、乙なものと言へなくもありません。( 後日、ことさらに蛇革装と銘打つて、マロカンに準じて高価な値づけのされてゐる 通俗小説を古書店の棚で見かけました。)なるほど鞄やベルトに蛇革のものがある ことを思へば、ヘビ革装の書物も当然あつてよいはずです。かうなるとワニ革装や トカゲ革装の書物などもあるのだらうなぁと想像するにつけ、そんな下手物でも参 考までに一応は手に入れてみたくなつてくるのですから妙なものです。(開高健は 自著の特装版をつくるとき鮭革を部分的に用ゐたさうですが、一体どんなものなの でせう?)とはいへ、この背蛇革装の書物を手にするたびに何かひやりとした違和 感をおぼえるのは、低温動物のヘビに冷たい血が流れてゐるからではないでせうか。 それに比べて、マロカンの書物がなぜか暖かく手にしつくりとなじんで、言いやう のないほど気持ちが良いのは実に対極的です。

 もう一点の変はり種は、『小唄と恋歌』と題された1847年のマニュスクリですが、 これは濃紺の総天鵞絨装による三方金十二折版の美しい書物です。背には題名が金 箔で押され、表と裏には周囲に4ミリ幅の枠取りがシンプルに施されて、ビロード 独特の滑らかなつやが際立つてゐます。そして紋章の代はりに、銀の巧妙な彫金細 工によるCMの美事なモノグラムが表紙中央に取り付けられてゐるのです。見返し には、同じ飾り文字によるCMのイニシャルが、二人の天使に支へられて花束模様 とともに金銀彩色で大きく描かれ、繊細きはまるカリグラフィーを駆使して精筆で 書かれた本文188頁と目次6頁が続きます。最終頁には、たわわな葡萄の蔓に絡ま れた形にEAのモノグラムが小さく配されてゐて、すぐその下に「わが恋人! C…M…に」と読めます。おそらくこの自筆本は、EAなる男がCMなる女に捧げ た手造りの書物なのでせう。ふたりが一体どこの誰なのか今のところ知る由もあり ませんが、ユニークなこの書物の要素全体に一貫して感じられる強烈な個性から判 断して、書写から装釘造本にいたるまでの全工程をこの恋するロマンティストが独 りで仕上げたのではないかといふ気がいたします。収録された118篇の流行り唄の なかで、たとへば137-8頁の「ジゼル」などはこんなふうに始まつてゐます。「ほ の暗き森のなか、闇に覆はれし湖のほとりに、数知れぬ精霊たちの夜ごと来たりて 踊る、そこなる神秘の奥処、白死衣の陰影たちに加はれる、天使ひとり地の下より 出づるは、真夜中の深きしじま…」バレエ・ロマンティークの「ジゼル」が直ちに 想ひ出されますが、その成立の背景にはこのやうに謡はれてゐた当時の民間伝承が あつたのでせう。

 マニュスクリに話が及んだついでに言へば、このあひだ手に入つたマリー・ドル レアンの『宗教史摘要』(1824)は、本文159頁の自筆原稿をロティエ・フィスが時 代装釘したもので、栗色に染めた総仔牛革による小四折版です。これが他人による 手写本でないオリジナルであることは、筆者本人でなければ出来ないやうな仕方で 本文が何ヶ所も加筆修正されてゐることから明らかです。したがつて恐らくは、こ のロマンティーク装も著者のマリーが自分のために誂へたものなのでせう。残念な がら保存が悪く、現状では裏表紙の下端部に傷が目立ちます(とはいへ、この欠点 があるからこそ無理せず入手できたとも言へませう)が、それにしても表裏を幾重 もの反覆装飾文で取り巻きつつ中央に華やかな十字模様を空押しし、葡萄状に面白 く隆起をつけた背には繊細な金線模様をあしらつて、その最下部に目立たぬやう自 分の署名を控へめにレリーフした装釘は、やはりそれとして評価すべきものかと思 ひます。

 その他、十九世紀前半によく読まれたエメ・マルタン著『ソフィーへの手紙』は、 物理・化学・博物誌に関する書簡形式の書物で、「光の速度について」「色彩論、 虹について」など興味深い話題にあふれたものですが、その1822年の新版第2巻( パリ、ゴスラン刊)を端本ながら入手しました。といふのも、べつに珍しくないテ クストとはいへ、これはニュレによる署名入装釘の背仔牛革十二折版で、赤地の中 央に黒で蔓草花卉文を刻し、その周囲を金の蕾で飾りつつ、上下に金文字で書名と 巻数を示す黒のエティケットをつけた可憐な書物でしたので。表紙には緑にぼかし た赤のまじつた大理石模様、三方は見返しと同じ茶の細かい海泡模様といふ具合に 装釘者は全体の調和を考へてゐます。しかし、さういふ目で装釘に注目するとなる と、やはり夢のやうに美しいトゥヴナンや王の装釘家シミエの、あるいはせめてボ ォドレールお気に入りの装釘家であつたロルティクのひとつもがな…と思はれてく るわけです。

 歴史に既に登録された署名入装釘の世界が素晴らしいのは言ふまでもありません が、しかしどんな過去もそのときは現在であつたことを思へば、今日の造本として 傑出したものが将来すぐれた仕事として認められることになる可能性を考へないわ けにはゆきません。さて、それではわれわれの同時代で立派な仕事といふべきもの があるでせうか。この読み捨て大量消費の時代に愛蔵するに足るものを探すのは難 しいやうですが、管見に入つたものでは、ジャン・ドゥ・ボンノの特に最近の仕事 が幾らか面白いやうに思はれます。かれの意図をわたくしなりに約言すれば、特製 の限定版と大衆のための普及版といふ相容れない理念を敢へて両立させることにあ ると言へませうか。つまり、かれの造本は量産品であるにも拘らず、愛書家の趣味 をそれなりに満足させる要素をあまた兼ね備へてゐるのです。たとへば、このあひ だジベール書店で30Fといふ安値で手に入れたボッカチオの『デカメロン』第一巻 (1990)八折版は、カストルのサバチエによる仏訳ですが、最初の挿絵本であるフィ レンツェのアンキュナブルから237葉もの木版画を適所に再録してゐます。その珍 しい図版の配置が透かし入りの紙や読みやすい印字と調和して、なかなか心憎い仕 上がりになつてゐるのです。装釘は総羊革による手製で、天金は22カラットを用ゐ てゐる由。書物の私秘性と公衆性との関係を突き詰めた挙げ句の結論を訳知りのビ ブリオフィルがさりげなく提示してくれてゐるやうに思へます。その他この出版社 のものとしては、瞥見したかぎりでは、絶版になつて久しいエリファス・レヴィの 『高等魔術…』なぞを同様に味のある装釘で復刊したり、モンテスキューによる『 ローマ人の進歩と頽廃』のテクストを微妙な銀色のインクで片面印刷し、もう片面 には近年やつと修復されたばかりのローマの壁画を惜しげなく挿絵に用ゐてみたり、 なるほど現在ならではの本造り哉、と肯かせるやうな神経の行き届いたお仕事であ るとお見受けいたします。


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