佛蘭西古書通信 1997.4 (4) by  泰俊 


 装釘の素材や様式に対する藝術的・歴史的関心とは別にわたくしの興味をそそる のは、その修理や手入れといふ即物的方面、つまり職人業です。といふのは、たと へば十八世紀のバザンによる装釘の痛んだものなどを自分なりに補修してみると、 思ひのほか革に可塑性があつて、当初は見るも無惨であつた背や角なども仕方によ つては相当な程度まで元の状態に戻すことができるからです。ことに最近、こちら で日本画を描いてゐる友人に鹿膠を分けてもらつて、これを糊として試してみると、 その動物性ゼラチン質が革装に適合するのか、大層うまい具合に接着することがで きました。科学的に合成された糊ではかう巧くは行きません。

 おほよその修繕が済んだら、次は装釘の汚れを取りのぞき、続いてこれを磨きあ げる段階に進みます。革装を奇麗にするには専用のものを使ふに如くはないでせう。 まづ、汚れ落としですとブレックネル・タイプの高級石鹸がよく、これはサントノ レ街24番地のヘルメスといふ店だけで特別に販売されてゐる由。ギリシア神話のヘ ルメスはローマではマーキュリーですから、さしづめ「水銀薬局」でそれが買へる のかと思ひこみ、住所を尋ねて行きましたが、どうもそれらしい店がない。辺りに あるのは高級ブランド店のきらびやかなショーウィンドゥばかりだ…と思つて、ふ と考へなほしてみれば、目的の店は「ヘルメス薬局」ならぬあの「エルメス」本店 でした。なるほど、この超一流店は元来が貴族相手の高級馬具商でしたから、鞍な どの革製品に向いた石鹸などを扱つてゐるのも道理です。敷居も値段も高いこの店 に入るのは流石に気が引けましたが、そこは書物のため、おそらくはここで一番安 い商品でもあらう50Fの英国製石鹸を一缶買つて来たわけです。しかし、この石鹸 の効き目は大したものでした。以前に普通の洗顔石鹸でなんとか革装釘の汚れを取 らうとしたら、革自体を毛羽だたせてしまひ、悲しい思ひをしたことがありました が、このブレックネルですと革にダメージを与へることなく汚れをたちまち分解し てくれます。とくにバザンやヴォーによる革装の汚れた頭の部分や上部内縁の部分 などは目に見えて奇麗になります。しかし、シャグランで同じことを試すと、粒々 に隆起した革の細かい隙間に白い乳剤が入りこんで取れなくなり、かへつてまづい 状態にしてしまひますから、注意が必要です。また、マロカンの場合も下手をする と肌理に白い筋を塗りこむことになりかねないので、やはり使用を控へた方が賢明 かもしれません。

 ひととほり汚れが取れたら、次は革装専用の蝋を塗つて磨きをかけるのですが、 これには書記資料保存研究所(C.R.C.D.G.)が調整した2種類のクリームで、BN前 の書店で販売されてゐるものが最適のやうです。まづ、蝋213番は痛んだ革の手入 れをするためのもので、とくにパサパサに乾いてポロポロと剥落しかけたみすぼら しい18世紀の羊革装などにこの乳液状の保全薬を塗ると、惨状を呈してゐた革が水 分を十分に補給されてみるみる生き返り、瑞々しい張りが蘇つて手にしつくりとく るやうになります。それもそのはず、このクリームは革に栄養を与へつつ水分を定 着させるために特に開発され、しかも抗菌防虫効果の薬物を含有したものなのです。 この乳剤のもつ独特の匂ひを嗅ぎながら、痛んだ古書の手入れをしてゐると、まる でチャペックの描いた園藝家が乾いた草木に水をやるときの心境になつたやうな気 がいたします。使用にあたつては、薬害を避けるため極薄の手袋をはめる方がよい やうですが、素手で扱つても後でよく洗へば何ともないやうです。

 もう1種類のクリームは蝋212番で、こちらは革装をコーティングして汚れと乾 燥から守り、これにつやを与へるためのものです。これには、白・黒・赤・薄茶・ 焦げ茶・海老茶の6色があります。擦れたり剥げたりしてゐる装釘の部分にこれを 塗れば、ある程度まで元の色に戻つて傷が目立たなくなりますし、滑らかな革の表 面に塗つて丁寧に磨いてゆくと、磨くにつれてピカピカッと光つてきます。この感 覚は、ちやうど靴を磨くときの感覚に似てゐます。といふと、この作業がなにか薄 汚れた下請け仕事のやうに思はれるかも知れませんが、なかなかどうして、実際に 古書を修復して磨いてみると一種独特の感じに捕はれるのです。すなはち、この感 覚は単に既存の物体を奇麗にするといふに留まらず、それまで顧みられることのな かつたものに息を吹き込んで個的存在性を附与する創造的な感覚であると言ひたく なります。赤い書物は赤く、青い書物は青く、また黒い書物はあくまで黒く、個々 本来の色あひを帯びて光り輝かせる行為として、本磨きは(靴磨きと同様に)神的 な生命賦与にもまがふ形而上学的な営みであるとまで言ひたいくらゐです。思へば、 スピノザは元来レンズ磨きの職人でしたし、同時代のフェルメールも古家具修復人 でした。思想や藝術を革新したかれらの天才的創造は、その手仕事と無関係ではな いやうに思はれるのです。実際に、かれらほど高度の生産性に与ることはないにし ても、この種の作業に没頭してゐると妙な歓びが手先から湧いて来るといふのは本 当です。「文庫やさん」の谷口氏は、自ら考案した方法でせつせと文庫本の汚れを 落とし、磨きをかけてから販売してゐる由、その熱つぽい文章を五年ほど前に読ん だことがありますが、氏の気持ちがわたくしにも実感できるやうな気がいたします。 ちなみに「文庫やさん」は現在パリのミニコミ紙にも広告を掲げてをり、いまも「 一冊一冊リフォーム清掃」をモットーのひとつにうたつてゐます。


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