佛蘭西古書通信 1997.8 (4) by  泰俊 


 「複素数係数をもつ全ての一複素数変数m次多項式は、m個の複素数根をも つ」といふ代数学の基本定理は、だれによつて証明されたかご存じでせうか。 ディドロに協力して『百科全書』を編纂したダランベールです。さやう、荒俣 氏も哲学の古典としてではなくSFの白眉として推奨したディドロ著『ダラン ベールの夢』の主人公です。この数学者は、しかし興味深いことに、『百科全 書』の項目「愛書狂」(bibliomane)を執筆してゐるのです。

 ラ・ブリュイエールの『人さまざま』第十三章に見える愛書狂の話からこの 項目を切り出して、ダランベールは、書物への熱狂の狂気じみたところをかな り辛辣な筆致で批判してゐます。読むためにではなく、所有して目を楽しませ るために多くの書物を集め、その内容には全く無知でゐながら、版と装釘のこ とにばかり精通してゐるこの狂気は、ダランベールの目には滑稽なものとしか 映りません。加へて、デカルトのやうに読書によつて古人の偉大な魂と対話す るのなら有益でもあらうが、猫も杓子もものを書く時代に、凡庸な精神が産ん だ大量の書物をいたづらに集めて何になるのだ、と説き、「書物への愛は、哲 学と啓蒙精神とに導かれないときには、馬鹿げた情熱の最たるものである」と 断じます。(たしかにマールブランシュなどは、デカルトやアウグスティヌス の他には多くを読まなかつたと言ひます。)かうしてダランベールは、つぎの 二つの場合を除いて書物に対する愛を肯定しません。すなはち、(1)書物の価 値を自分で評価することができ、その良い部分を取つて悪い部分は捨てるとい ふ批判的精神をもつてこれを読むとき、(2)書物を自分のためのみならず他人 のためにも所有し、その利を喜んで分かち合ふとき、これ以外の場合には愛書 を認めないといふのです。

 書物の購入が誰にも容易になり、また公共の図書館なども充実して簡単に書 物を借り出せるやうになつた現在の状況は、十八世紀とは大きく異なつてゐる でせう。しかし、一方で盲目的な耽読を批判しつつ、他方で書物の私的独占を 否定するダランベールのこの糾弾は、今日の愛書家にとつてもなほ耳の痛いも のかも知れません。とはいへ、この理に適つた数学者の高説を聞いたとて自ら の蒐書を悔ひ改めようとした愛書狂などゐなかつたし、また今もゐないであら うことは想像に難くありません。書物のマニア(狂気)は定義上すでに非合理 なものであつてみれば、合理が非合理を説得する術など端から無いからです。 さやう、愛書の情熱はそれと知らぬうちに取り憑かれるもので、取りついた本 の虫が自分から離れようとするまでは、これと共生してゆくに如くはないやう に思はれるのです。別様に言へば、愛書家といふものは、自らならうとしてな れるものではないし、また逆に、愛書家でなくならうとしてなくなれるもので もないもの、そして、われにもあらず愛書家でゐるうちは、この虫の居所の善 し悪しが当人の美学的倫理学的決断を左右するわけです。愛書の虫はその意味 で、ソクラテスのダイモーンのやうなものかも知れません。書物の背革の美し い金文字を見ると無性に「血のゆらぎ」を覚えるわたくしの場合には、この小 さな虫が何時のころから取り憑いたか。記憶を辿ると、いくらか思ひ当たる節 もあります。

 まだ両親と同じ家に暮らしてゐた大学生のころ、狭いなりにも自分の部屋を 与へられてゐたので、そこに紫檀の机やら大小数々の書棚やら愛用の文房具や ら思ふままに運び入れて、わが書斎兼書庫を築城し、「贅沢貧乏」を気取つて 自己流の耽美的生活に明け暮れたものでした。或る秋の夜はついに寝もやらず、 はや夜明けも近くなつたころに、燭台の蝋燭が揺らめく仄かな明りを机上に投 げるのを眺めながら、今はもう手に入らなくなつたゲルベ・ゾルテの紫煙など を燻らしつつ陶然としてゐたときのこと、突然、机に立てかけてあつた江戸の 古鏡に映つたこの世のものならぬ像に目を奪はれたのでした。それは、背後の 書棚に並んだ書物の金色の背文字がひとつひとつ一斉にボォーつと微光を放つ てゆらゆら浮き出してゐたのです。そのときの心持ちを何と言つたらよいか、 一冊一冊の書物が自らの存在を主張するためにメッセージをあの世から送つて 来たかのやうでした。それらが如何なる書物であつたのか、和書であつたか洋 書であつたかすら最早思ひ出せませんが、そのときの衝撃的な感覚は今だに忘 れられません。自分の気に入るやうに並べておいたはずの書物が未知のものの やうに向かうから挨拶に来るやうな感じと言つたらよいか…、とにかく爾来、 独自な世界としての書物が己を開示する密かな合図こそ装釘の存在目的である と信じるに至つたやうです。その原体験が光る書物の背を見ると無意識裡に蘇 るので、いまも美しい金文字を見ると背筋がゾクゾクッとしてくるのです。


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