佛蘭西古書通信 1997.8 (5) by  泰俊 


 このあひだブランションの古書市で見つけた装釘の面白い書物が三冊ありま す。まづ、クレルモンの司教であつたマッシヨンの『四旬節小説教集』です。 説教師としてすぐに思ひ浮かぶのは、名文の誉れも高い十七世紀のボシュエ (1627-1704)や十九世紀ではラコルデール(1802-1861)、あるいは(次に出てく る)ラムネ(1782-1854)あたりですが、十八世紀の雄弁な説教師としてマッシ ヨン(1663-1742)がゐたことを恥づかしながらその時まで知りませんでした。 しかし、ぼんやりしてゐたわたくしに十六折版の小さな書物の背が語りかけて きたわけです。1823年にパリのルフェーヴルから出版された海老茶染背仔牛革 装のこの書物をよく見ると、背の下部にごく小さな金文字でドゥファンと打つ てある署名入りの装釘本でした。脊椎背の全面いたるところに金箔の繊細な飾 り文様が施されてある凝つた装釘のものですが、革が多少擦れてくすんでゐる ので一見したところでは、その美技に気づきにくい状態になつてゐたのです。 署名入り装釘をそれと見分けて正当に評価して売ることのできる商人はブラン ションでは稀なので、この説教集の場合のやうに単に状態の悪い宗教書として 安価に売り捌かれてゐるものが見つかると嬉しくなります。例によつて家で手 入れをして磨きをかけると、見違へるやうに面目を取り戻してくれました。背 革の部分もさりながら、これと対照的な深緑の石斑模様に細かな赤褐色のアク セントをまぶした表紙を取り合はせてゐるあたりは心にくい配慮です。このや うに小さな署名入りの書物を撫でたり摩つたりしてゐると、一体どんなひとが こんな造本をしたのだらう…と今では忘れ去られたと言つてよい装釘者に親し みを覚えるやうになり、それに伴つて、他にはどんな本造りをする技術者=藝 術家がゐたのだらう…と蒐集意欲が湧いてくるわけです。一方で、署名入り装 釘の書物を集める趣味を、装釘される書物の内容が必ずしも一流とは限らない といふ理由から、一蹴する向きもありますが、テクストを切り離しても装釘美 術の歴史はそれとして興味深いものですし、また、このマッシヨンの場合のや うに、美しい装釘がこれまで自分の知らなかつた世界の扉を開いてくれるやう な場合もあるのではないかと思ひます。

 つぎに、1876年にトゥールのマーム社から出された『キリストに倣ひて』は、 十九世紀には名高かつたラムネ神父の訳になるものですが、こちらの方は同じ 十六折版とはいへ、ジャンセニスト(ヤンセン)装といつて題名の金文字以外 には何の装飾もない地味な書物でした。しかし、ひとたびこれを手に取るや、 ただちにその非凡なところが知れました。ぬめりと手に馴染むこの感触は総モ ロッコ革ならではの独特な味はひです。おそらくは敬虔なカトリック教徒が四 六時中これを肌身離さず持つてゐたのでせう、三方金はところどころくすみ、 赤褐色の革肌も手垢にまみれたといつた感じでしたが、そもそも出来の良い上 等な書物ですから、手入れのし甲斐がありました。内側の縁にぐるりと施され た金箔の反覆文は黒ずんでゐたその汚れがブレックネルの石鹸でほぼ完全に落 ちて光り始め、同系色で張られたの両面絹の美しい見返しとその輝きを競ふや うです。三方金もそれなりに回復し、これを斜めに少し開いて透かすと虹色の 隠し渦巻模様が浮き上がります。アルレの原画をテツとマッサンが彩色した金 泥の口絵もそれなりに美しいし、シュナイダーが彫つた四葉の銅版画もなかな か見事な切れ味です。なぜか装釘者の名を明示するものが見当たりませんが、 たぶん見返しに貼られてあつたはずの署名シールが剥落してしまつたのでせう。 このやうに異教徒にすら或の種の慰めを与へてくれる書物が、売れない宗教書 として不当に扱はれてゐるのは、何とも腑に落ちない気分です。トマス・ア・ ケムピスのこの古典は以前にも違ふ版で手に入れてあつたなぁと思つて調べて みましたら、(1)1831年にパリのマンダールから出た同じラムネ訳の十二折版( 浅葱色総仔牛革による典型的なロマンティーク装で完全な状態を保つたもの)、 (2)パリのル・フュルから出た刊年をもたない二十四折のラテン語版(黒染総仔 牛革装で聖堂のモティーフが背と表紙の全面に空押ししてあるもの)、(3)1673 年にパリのギョームから三十二折で出された、あのコルネイユが仏訳した版(黒 染総シャグランによるジャンセニスト装で多数の版画を収めたもの)に続いて、 四冊目の『キリストに倣ひて』となりました。コルネイユの韻文訳は、当時広 く行なはれたとはいへ、原文のもつ単純で美しい情調を欠いてゐるとの批判も あるやうですが、わたくしとしては、やはり頁をめくるごとに十七世紀の貴重 な図像に出会へる第三番目の袖珍本が最も気に入つてゐます。

 三冊目は、ルコント・ドゥ・リールの詩集です。この高踏派の総帥のものと しては、自筆献呈署名の入つた翻訳を二冊(パリのアルフォンス・ルメール社 から大八折版で刊行されたホメロスの『イーリアス』(1867)と『オデュッセイ ア』(1868)の揃ひ)を既に掘り出したことがあり、また、同じパルナシアンで は、バンヴィルの献辞と署名とが入つた『女像柱』(パリのシャルパンティエ から1888年に十二折版で刊行された決定版で、総ヴェランによるゲランの署名 入装釘本)を格安で手に入れたこともありました。(念のために付け加へれば、 このやうに献呈署名入りの詩集が掘り出しうるのは、それが比較的マイナーな 高踏派のものだからで、ボードレェルやマラルメの献呈本なぞが平台から偶然 に見つかる可能性はと言へば、砂漠のなかから一粒のダイヤモンドが見つかる ほどの確率でせう。とはいへ、いくら零に近い可能性であつても、完全に不可 能といふわけではないので、その奇跡が実現する日をわたくしは密かに夢見つ づけてゐるのです。)

 さてしかし、このたび手に入れたルコント・ドゥ・リールの『ポエム・バル バール』は、刊年をもたないルメール版の一冊で、とくに献辞や署名などの入 つた貴重なものではありません。この新書ほどのサイズのルメール版といふの は十九世紀の定評ある古典叢書で、岩波文庫のフランス版とでも言ひませうか、 別に珍しくもないシリーズです。では、何故この一冊を手に入れたかと言へば、 逆説的ですが、その書物が、言つてみれば余りにも目立たなかつたからです。 といふのも、普通この版の装釘はそれなりに美しく金箔模様を施された赤や青 の背角ヴォー乃至シャグラン装などが殆どで、ときには手彩色の背をもつ現代 ヴェランのものなどがあつて面白いのですが、このたび見つけたものは地味な 焦茶の背に著者名と書名のみ金字に打たれてあるだけのノッペラで何の変哲も 無いかに見えるものだつたのです。が、あやうく見逃すところを平台から何気 なく引き抜いてこれを手にしてみてゾッとしたわけです。この書物は敢へて人 眼につかぬやうさり気なく装釘してありますが、その実、手に取つて見れば見 るほどその非凡な意匠に唸らざるを得ない……さういつた書物としての完成度 を示してゐるのです。総シャグラン装ながら、革の鞣し具合が何とも言へず、 表裏の三方には微妙な曲線をなして面取りがしてあります。四つ角に革を折り こむ按配がまた絶妙で、どうやればこのやうに仕上がるのか不思議です。さら に驚くべきは頁を開いたときに背の部分と本体との間にできる隙間がフレキシ ブルで理想的な可動性を書物に与へてくれることです。外側は無装飾でありな がら内側にはマーブル模様紙が織り成す色彩の饗宴を繰り広げ、その周囲の縁 には華やかな金の装飾文様が取り巻いてゐます。書物を開いて読んでゐるとこ のレース模様の金色が四周に程よくチラチラ輝いて、その覗き具合がたまりま せん。たしか太宰の短編でしたか、背広の袖口から覗く真つ白なワイシャツの 出具合が妙に気になる洒落者を描いたものがありましたが、これはそんな感じ のこだはりです。さう、たしかにこの書物はダンディーな装ひを凝らしたもの とも言へるでせう。「身だしなみが完璧であるためには、俗眼の眼を引いては ならぬ」とブランメルは教へましたが、この書物にはまさにその精神が漲つて ゐるやうに思はれます。見返し左上隅に小さく空押しされた印から装釘者はド レと知れます。このルメール版などは是非どなたか趣味のある方にお見せして、 ご意見をうかがひたいものです。


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