佛蘭西古書通信 1997.9 (1) by  泰俊 


 六月末にブランションの古書市で開かれた駄物均一売払セールでの成果をまだ報 告してゐませんでした。そのときに見つけた面白いものとして、表紙のもぎとれた ものが二冊あります。厚手の表紙の一方が離脱してゐるだけならまだしも、散逸し てしまつてゐるものなどは、いはば書物の残骸にも等しく、本屋からすれば売り物 にはならないものでせうし、読者からしても敢へて買はうといふ気にはなれないも のでせう。しかし、それでもなほ、いや、それだからこそ、興味深いものに出くは さないとも限らないのです。

 その日、ダンボールの箱のなかを漁らうとして脇に取り除きかけた重たい書物は、 裏表紙も無ければ背も無い、ただ深緑布装のおもて表紙のみが辛うじて付いてゐる 不格好な四折版でした。普通こんな無惨な状態のものには見向きもしないのですが、 ふと何の本かな?と気になつて表紙をめくつてみると、パリのルヌアール書店から 1928年に出版されたフォシィヨンの『十九世紀と二十世紀の絵画、リアリスムから 今日まで』で、意外にも、見返しには著者が青黒のインクで友人宛に自筆献辞を認 めてゐます。著名入りのものとなれば、外形の不備も何かは! 特殊な光がこの書 物から発するやうな気がして、これはとばかりに喜んで入手しました。フォシィヨ ンといへば、その『形の生命』を妻とふたりで精密に読み上げたことがあり、難解 ながら深遠きはまる美学的考察に唸らされたものです。岩波の杉本秀太郎による自 由な文学的翻訳には賛否があるやうですが、あの格調高いフォシィヨンの文体を全 身全霊で日本語に移さうとしたその努力は大したものだと思ひます。美術史関係の 献呈署名本としては他に、エミール・マール、マルセル・ブリヨン、ルネ・ユイグ のものなどを手に入れてきましたが、まだバルトル・シャイティスのものが見つか りません。現在デュシャンを論じて最もアクチュアルな美術史家と目されるディデ ィ・ユーベルマンのものは、EHESSでその講義を楽しみに聞いてをりましたの で、そのうち一筆書いてもらはうかと思つてゐるうちに、機会を失つてしまひ残念 でした。こんなことなら、以前にジベール書店で見つけた彼の署名本を入手してお けばよかつたと悔やまれます。なほ、シャルトルに彫像の立つエミール・マールに 関しては、いまでも古典的価値を失はない名著『フランス中世における宗教藝術』 全四巻を連れ合ひが独身時代に購入してゐたのですが、その版本は驚くなかれケネ ス・クラークの旧蔵書でした。焦茶染背粒起革による版元装のこれら大部冊は、見 返しに本人のはにかむがごとき繊細な自筆著名があり、本文欄外に鉛筆で書き込み のある巻もありました。連れ合ひは英国の誇るこの美術史家が亡くなつたをりに、 そのビブリオテークの売り立てに当たつた古書店からカタログを取り寄せて注文し、 首尾よく入手したと言ひますが、あつぱれ見事な大勇断でした。背の金箔飾りも美 しいこのマールは、わたくしどもの宝物として大阪にある拙宅の硝子戸つきの書架 に並んでをり、いまも二人の帰りを待つてゐるはずです。

 もう一冊、その不完全極まる形態ゆゑにうち捨てられてゐた書物は、おもて表紙 が行方不明になつたラ・フォンテーヌの『寓話』上巻です。パリのフルニエから 1838年に刊行されたこの書物は、しかしグランヴィルの挿絵が入つた初版初刷のも のと思はれましたので、やはり喜んで入手しました。転写をオーギュスト・デスペ レが、彫りをブルヴィエールとエベールなどが担当した『寓話』の木口木版は、グ ランヴィルの最高傑作に数へられるだけあつて、さすがに見事な出来栄えです。ま た、高緯度のパリには蝉がゐないので、巻頭話「蝉と蟻」を飾つてゐるセミの絵が バッタともキリギリスともつかぬ奇妙な姿に描かれてゐると、たしか奥元大三郎氏 が指摘されてゐましたが、実際にそのとほりで面白いものです。さらに、この傷み 本のもうひとつの興味は、背の下部に極小の金文字で装釘者カペの極印が押されて ゐることです。カペといへば、『善本随想』(1948年パリ刊)のなかでヴィクトー ル・ミシェルが、十九世紀の装釘家として帝政期のボズリアン、王政復古期のトゥ ヴナンに続くものとしてその名を挙げてゐる大装釘家です。美装本の愛好家にとつ ては、署名入装釘本であつても表紙の無いものなどはニュルで愛蔵するに値しない ものせうが、それでもこの栗色総仔牛革の装釘に凝らしたカペの意匠は、悲惨な現 状を通しても十分にこれを窺ふことができます。以前に『寓話』の下巻は紫染背仔 牛革装の奇麗な初版を端本ゆゑに格安で入手してありましたので、これでめでたく 上下二巻が揃ひました。もつとも、二冊並べてみるとやはりチグハグな感じは否め ないのですが、それでも、もし状態の良い署名入極美装釘の揃ひで『寓話』を求め ようとすれば、誇張ではなく千倍もの予算が必要なのですから、傷本もまた良き哉!  グランヴィルの魅力やカペの作行を手近に知るのには格好の勉強材料といふべきで せう。

 グランヴィルについては、もう十年も昔になるでせうか、西武デパートで球団優 勝祝賀の記念バーゲンがあつたとき、美術画廊が通常価格二万円の額付版画を五千 円に値下げしてゐたので、数ある手彩色寓意画のなかから尻尾を咥へた蛇の金冠の 下に死神の鎌を描いたものをひとつ選んで購つたのですが、それがグランヴィルの 『フルール・アニメ(変身する花々)』に収められた挿絵の一枚でした。それ以来、 これを書斎に飾つて眺めながら、原本にはどれほど多くの美しい版画が入つてゐる のだらう、と想像してゐたのですが、二年前にパリに来てほどなく、悪魔学をやつ てゐる友人H氏がわたくしを初めてブランションの古書市に案内してくれた折に、 運よく見つけたのです。それは1867年のガルニエ版で、焦茶染背角仔牛革装の比較 的状態の良い天金大八折版二冊でした。この版はモベールの彩色になる新版で、小 谷木さん(#111)が4月4日に書き込まれてゐた下井草書房の目録所収の「花の妖精 ヴランビィル(sic) 初版極美 1867 30万」といふのと同じ版だと思ひます。ただし、 初版は目録に記載された67年のガルニエ版ではなく46年のドゥゴネ版です。グラン ヴィルが亡くなつたのが初版発行の翌1847年であることを考へると、初版と新版と の違ひがどれほどのものなのか興味が湧きますが、新版にも手彩木版口絵2枚、手 彩鋼版画50枚、さらにグランヴィルの原画による単色植物画2枚が入つてをり、今 のところ十分に満足できる仕上がりです。大阪出身のH氏は値切り上手を自負する つはものなので、不慣れであつた当時のわたくしは彼に交渉をお願ひし、1700Fの 値がついてゐたグランヴィルに十九世紀の手彩色図版入り博物学書(300F)を一冊つ けて、あはせて二割引きの1600Fにしてもらつて買つたことを今も懐かしく思ひ出し ます。

 グランヴィルの新版では他に、蚤の市で『ドン・キホーテ』(初版1847年、新版 1858年マーム刊)と『当世風変身』(初版1828年ビュルラ刊、新版1869年ガルニエ刊) を入手しました。署名入装釘の奇麗な初版初刷を愛蔵書としてしかるべき筋から購 入するのは将来に期すとして、これらの必ずしも美本とは言へない新版であつても、 やはり手元に置いてみれば楽しみつつ学べること請け合ひです。とくに『当世風変 身』の新版は、初版同様71枚もの彩色石版画を含むだけでなく、シャルル・ブラン によるグランヴィル伝および全作品目録が附されゐて便利です。なほ、もうひとつ グランヴィルについて思ひ出されるは、十九世紀のマニュスクリで、国民的愛唱歌 人ベランジェのシャンソンを素人が筆写した私家版を手に入れたところ、そこに数 多く含まれてゐるオリジナル挿絵のなかに、まさにグランヴィルの単色画を模写し たうへで書記者が彩色したと目されるものがあつたことです。グランヴィルが『ベ ランジェのシャンソン』をフルニエから出したのが1835年で、わたくしの入手した マニュスクリに記された書写年が1848年となつてゐますが、その間に『ベランジェ』 はどれほど版を重ねてゐたのでせう。十九世紀に盛んに行なはれたアマチュアによ る手書本やアルバムの類は時をり見かけますが、そんな中にもグランヴィルが浸透 してゐるとは、かれが当時いかに高い人気を博してゐたかが窺へます。また、ベラ ンジェの例へば「燕」といふシャンソンに添へられたグランヴィルの画を、アンリ・ モニエの石版画集『ベランジェのシャンソン』(1828年パリ刊)に収められた「燕」 の挿絵と比べてみると、どちらも足枷をはめられた囚われ人が空行くツバメを眺め やるといふ同じモティーフでありながら、版画家の個性の違ひが自づと表はれてゐ て興味深いものです。グランヴィルを中心にしてベランジェ挿絵の図像学的変遷な どをたどつてみたら面白いかもしれませんが、そんな研究は既になされてゐるので せうか?

 カペの装釘についてはジュール・ジャナンのことを思ひ出します。小雨もよひの 土曜の朝、いつものやうにヴァンヴの蚤の市を回つてゐると、雨足がにはかに強く なつて、ある店のスタンドを出るに出られなくなりました。ひと通り平台を見終は つて立ち去りかけた矢先に、心ならずも雨宿りを余儀なくされたわけです。仕方が ないので、今ひとたび端から一冊づつ平台の書物を引きあげては中を覗いてゐるう ちに、最初は見とばしてゐた十九世紀の地味な大八折版を手にとる番が来ました。 一見ありふれたボルドー色のシャグランによる背角革装のこの書物は、今では忘れ 去られたポンサールの、しかし当時は傑作と言はれてゐた戯曲『シャルロット・コ ルディ』(1850年パリ刊)でした。これはフランス革命のとき浴槽でマーラーを暗 殺した美女をめぐる五幕の韻文悲劇ですが、今日でもなほ多少の歴史的興味を引く とはいへ(特にこのあひだ、ベルギーの王立美術館でダヴィッドの描いた「マーラ ーの死」を見てきた記憶があるから猶更ですが)、いはゆる売れ筋の本ではありま せん。わたくしも特に探してゐるもの以外この手の戯曲はまづ見送りますが、この 版本には扉に著者の献辞があり、しかも、それはどう見ても「謹呈 J.ジャナン様」 と読めるので迷はず入手することにしました。よく見直せば、表紙裏には八角形の 赤染仔牛革に金字で<EX LIBRIS JULES JANIN>と打つた奇麗な蔵書票が貼られて をり、ジャンセニスト装の背の最下部にはルーペでなければ見えないやうな微細な 金の活字で<CAPE>と入つてゐるのに気づきます。派手さはないけれども、どつし りとした佳い造りのカペ装釘天金本であることを再認識するにつけ、なぜ最初から 一目でこれを見抜けなかつたのかと反省せずにはゐられませんでした。

 ジャナンの愛書家ぶりといつたら、その著『書物への愛』(1866, in-16)のなか で次のやうに憤慨を禁じえないほどでした。「吝嗇と不浄とで辱められ汚された書 物には、さらにまた、そんな出版物を愚か者が買つて、三方金ピカに飾り立てたも のや(といつても書物の話であつて人の話ではないのだが)、その他すべての不純 なものには、美しくて善いものなど何もなく、厳かにして偉大なものなど何もない。 「わたしにゃどっちみち同じだ!」といふやうな馬鹿げた繰り言を愚痴る輩などは、 だれひとり読むといふことの何たるかを知らないのだ。かれが読んだことのあるも のといつたら、居酒屋の新聞か貸本屋の小説か、あるいは薬莢や心棒についての話 くらゐのものなのだ。ことのついでにかれに訊ねてみるがよい、ぼろスリッパを突 つかけ、ペチコートも泥だらけなのに気もそぞろで街路を行く怪しげな女に手を伸 べるのも、どっちみち同じことなのかと…」 ジャナンにとつて醜本といふのは、 審美的観点から疎まれるべきものであるのみならず、道徳的見地からも蔑まれるべ き娼婦のやうな存在なのです。想像力が泥濘を脱し、詩美の世界に羽ばたくために は、書物自体が美しく且つ善くなければならず、また読書の醍醐味もそこにこそあ るといふ教説です。このやうにカロカガティア(善美一如)を奉ずる極端な潔癖主 義者は、それでは一体どのやうな書物を架蔵し、愛読してゐたのか… みづからカ ペに誂へて装釘させたその旧蔵書の一冊を手にして頁を繰つてゐると、一代の愛書 家の祈りにも似た霊魂の囁きが聞こえてくるやうです。


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