佛蘭西古書通信 1996.12(1) by  泰俊 


 署名や献辞の入つた書物を蒐めてゐると、献呈されたひとが自分の名前を抹消して ゐるものによく出くはします。著者が存命中であつても、何らかの事情で献呈された 書物を売却処分する必要に迫られたときに、献呈された側のこれは当然の配慮とも思 はれます。名前の消し方としては、日本では紙やすりなどで自分の名前だけを消して ある場合が比較的多かつたやうに思ひますが、こちらでは、それ以外の消し方として、 マジックで黒々と塗り潰してあつたり、シールをぺたりと張り付けてあつたり(これ は特にフランス的です)、名前の部分をじよきじよき切り取つてあつたり、ときには 乱暴に頁をまるごと破り捨ててあつたりといろいろです。最後の例で、献呈頁が失は れてゐるのにどうしてそれが献呈本と分かるかといへば、献辞のインクが前の頁に染 み写つてゐて辛うじて判読できることがあるからです。いづれにせよ、著者が誰に贈 つたものかを残された手がかりから推測するのは一興ですが、やはり蒐める側からす れば、著者の署名と宛て名の二つがそろつてゐるほうが面白く、無残にも宛て名が消 されてゐたり、あるいは著者の署名の方まで御丁寧に消されてゐたりすると、例外的 な場合を除けば、さすがに蒐集意欲がそがれるものです。

 具体的な例を挙げて、消された宛て名の意味を読み解いてみませう。ずつと以前に 神田で見つけた岩下壮一の抜群の書物『中世哲学思想史研究』は、献辞のすべてが( 宛名も日付も署名も)紙やすりで極く丁寧に消されてゐましたが、三行に亙る全体の 字配りと辛うじて読める「様」といふ文字などから献呈本と知れました。献呈された ひとは、おそらくは心ならずも売書を余儀なくされたのでせう、徳高き岩下神父の面 影を思ひ浮かべながら、すまなさうにインクの文字を一字一字消して行つたでもあら うかと想像されます。それほどまでに消し方に慙愧の念が感じられました。また、こ ちらの蚤の市で20F均一の箱本の中から見つけたローデンバック(ブリュージュのカ フェで同名のビールを注文したとき、当地のギャルソンはローデンバッハではなくロ ーデンバックと発音してゐました)の『天職』(1895)は、カッシエの挿絵が入つた小 型本で、花模様もあざやかな美しい布で装丁されたものですが、この書物を見るとま た別のことが想像されます。「旧き女友達へ」といふローデンバックの献辞を見ると、 これを献呈された女性は、著者とはかつて浅からぬ間柄のひとであつたのでせう、そ れゆゑかこの書物は宛て名のみがやはり極く丁寧に消し去られてゐました。それはま るで女が男の記憶のなかから自分との想ひ出を消し去らうとしたかのやうです。

 被献呈者の名前ではなく、旧蔵者の名前が消されてゐることも珍しくありません。 このあひだ売りに出されてゐたデカルトの『形而上学的省察』仏語第二版(1666)は、 手にとつてみると当時の持ち主が十七世紀特有の字体で随所に詳しく書き込みをして ある興味深いもので、丁寧に読んで見たい気持ちを抑へきれないものでしたが、残念 なことに表題頁に書かれた旧蔵者の署名が黒々とぞんざいに消されてゐて読めないの がどうしても気に入らず、かつ相当に痛んだ状態の書物にしては背伸びをしなければ 届かない価格であつたこともあつて、つひに入手を見送りました。それにしても、あ の書き込みは貴重な同時代の証言であつただけに、いまでも幾らか後悔の念が残りま す。さういへば、十六世紀のラブレーの版本に残された書き込みがモンテーニュによ るものであると鑑定して、自ら競り落としたその天下一本をフランス国立図書館に納 入した(悪く言へば高く売りつけた)教授がゐると聞きましたが、なるほど確かにさ ういふこともあり得るよなぁ…と夢幻郷にいざなつてくれるのがフランス古書界の魅 力です。たとへそれがいかに儚い夢であらうとも…

 しかし、幸ひにも旧蔵者の署名や蔵書票(あるいは蔵書印)が消されたり剥がされ たりすることなく残つてゐて、それなりに愛書家を喜ばせるやうな書物も実際に沢山 見つかります。運よく手に入つたもので言ふと、例へば、シュリィ・プリュドムが劇 作家のカミーユ・ドゥーセに宛てて献呈署名した『美術における表現』(1883)は、共 感の概念が登場する興味深い十九世紀の藝術論ですが、これにはベルトのモティーフ があしらはれたドゥーセ自身の蔵書票が立派に貼られてありましたし、また、ギルベ ール・ド・メスの手になる十五世紀のマニュスクリプトを十九世紀の考古学者にして 書誌学者のルー・ド・ランスィが起こした『十五世紀パリ市の記述』(1855)といふ書 物には、献辞こそないもののアール・ヌーヴォー様式の美事な蔵書票が手つかずに残 つてゐて、「1876年、建築家 A.シュヴルー蔵書」と読めます。黒の仔牛背角革装に なる限定250部(透かし入り紙)のこの地誌の興味はそれだけに尽きません。綴じ込 まれた原表紙の次の頁に、シュヴルーに継いでこの書物を所有することになつたピエ ール・ルイスの蔵書印が押されてありました。『ビリティスの詩』で知られるこの作 家の筆跡には、一度見たら忘れられない一種女性的とも言へる特徴がありますが、彼 の自筆署名をそのまま判にして押されたピンク色の蔵書印は、一目で直ちにそれと同 定できるものでした。もつとも、この書物の78頁に見える聖アントワーヌ門の記述に は特に鉛筆で印がつけられてゐるのですが、それがシュヴルーによつて書き込まれた ものなのかルイスによつて書き込まれたものなのか今のところは分かりません。

 プロヴナンス(旧蔵者)ゆゑに面白い書物といふことならば、このあひだ入手した シャトーブリアンの『キリスト教の精髄』はなかなか面白いものでした。1857年にパ リのフィルマン・ディドー兄弟社から出版された十二折のこの二巻本は、黒の粒起背 革装がほぼ完全で中の用紙も新鮮な極美状態の書物でしたので、それだけでも惹きつ けられるものでしたが、見返しに貼られてあつた蔵書票が面白かつた。紋章の下に J.クレペとJ.ツィグラーのふたりの連名が刷られてある蔵書票でした。クレペと言 へば、ボードレェルを少しでも研究したことのあるひとなら知らぬものとてない著名 な注釈者です。さらに興味深いことに、巻頭の遊び紙にこの書物の来歴がずらりと鉛 筆で記されてあつたのです。「この書物の所有者はまづウージェーヌ・クレペ 1827- 1892 ついでジャック・クレペ 1874-1952 さらにジャン・ツィグラー 1907- 最後 にジャック・ツィグラー 1957- 」と書いてあつて、「1989年5月21日 ドレット・ ノースの誕生日に、ジャン・Z」と署名がしてあります。クレペ親子の旧蔵書を譲り 受けてゐた父親がさる記念日に息子宛てに署名してこの書物を贈つたといふわけです。 ジャック・ツィグラーがこの書物の最後の所有者でなかつたことは、これがこのたび 私の手に帰したことから明らかですが、それにしても、十九世紀も半ばを過ぎて出版 された書物が、この私をも含めて既に五代の人手に渡つてゐることを思ふと、今さら ながら、書物の寿命は人間の寿命よりも遥かに長く、自分の死後にも同じ書物が次々 に持ち主を替へつつ生き永らへてゆくものなのだと想像するにつけ嘆息を禁じ得ませ ん。


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