佛蘭西古書通信 1996.12 (5) by  泰俊 


 空の財布と蒐集とは切つても切れないといふやうなことを柳宗悦が言つてゐましたが、まことにその通りだと思へます。お金がないからこそ物が集まるのだといふことはひとつの逆説的真理ではないでせうか。愛書家諸氏がそれぞれ自慢の掘り出し物をここで披露されてゐること自体が、この逆説を証明するものです。書物を購入する資金難の問題を解決するには、本人が大富豪ででもないかぎり、自分の才覚で必要なだけを稼ぐか、あるいは差し当たり借金をするかしないと、絶対的価値を有する書物の蒐集を諦めなければならないやうにも思はれます。しかし、あへて大金を稼いだり借りたりしなくても、幸運と努力との相乗効果によつて、時として信じられないやうな書物がこの手に転がりこむことがある。事実さういふことがあるのです。あの名高い『楚囚の辞』をデパートの古書展で掘り出した青年の逸話などは、すべての愛書家に希望を与へる先例であり、程度の差はあるにせよ、かうした掘り出しの不思議な感覚を一度でも味はつたことのある人は、当然のことながら古書漁りを一生やめられなくなるわけです。

 散人さんが以前に、京都古書研究会の古本市の百円均一コーナーや五百円袋売りセールのことを紹介してくれましたが、これと似た安売りがフランスにもあります。ブランション門のブラッサンス公園脇で土曜日曜ごとに開かれてゐる古書市では、年に何度か10F均一コーナーや1kgで30Fの量り売りコーナーが設けられ、多くの老若男女で賑はひます。屋根しかない吹き抜けの市場の地面に、百箱以上のダンボールに乱暴に詰め込まれたままの書物が所狭しと並べられ、どの人も埃にまみれながらダンボールを勝手に引つ掻き回しては思ひ思ひの書物を探し出してゐます。勿論かういうところで叩き売りされる書物は、多くの本屋によつて価値の無いものと見切られたすべての雑書、読み捨ての小説やら一昔前の教科書やら解体寸前の痛み本やら、要するに屑本ですから、珍書美本の類を集めてゐる愛書家たちは近寄りもしません。探すだけ時間の無駄といふわけです。それも尤もで、わたしもここで半日も苦労した割には収穫が芳しくなかつたといふ経験があります。それでも、この種の催しに偶々出くはすと、せつかくだからといふので、ついフラフラと会場に吸い込まれてしまふのです。

 11月の末にもこの屑払ひのセールにぶつかりました。をりしも小雨が横から吹き付けて、本は濡れるし手はかじかむといふ悪条件のなかで、それでも一時間ほど漁つてみると、今回はなかなか面白いものが沢山見つかつて大いに満足しました。なかでも興味深かつたのは、何冊かの献呈署名入りの仮綴本に、古書店主による覚え書きの挟まつたままものがあつたことでした。京大型カードより少し小ぶりの薄い紙切れに、それぞれの書物にまつはる書誌的データがボールペンで細々と書き込まれてゐるのです。

 たとへば、パリの高等教育出版協会から刊行されたA.リュミエールの『科学的探究』には、「リュミエール(兄弟)/オーギュスト・リュミエール/1862年ボタンコンに生まれ1954年リヨンで歿/フランスの生物学者にして実業家、ルイ・リュミエール/1864年ボタンコンに生まれ1948年ボンボルで歿/フランスの化学者にして実業家/兄弟は、写真の改良を可能にした研究の著者/1895年にシネマトグラフの発明者/1895年12月28日にパリで最初の映画を公開/かれらは1903年にカラー写真の最初の商業化である静止写真法を実現した。/オーギュストは生物学においても過敏症やリウマチを研究し、マグネシウム塩の使用による治療を促進した。/ルイは立体写真(フォトステレオサンテーズ)に興味をもち(1920)、立体映画のためにアナグリフ法を整備した(1935)。」といふ具合に著者の伝記的事実や業績を書き並べてきて、「著者のオーギュスト・リュミエールからショヴォワ教授に宛てた献辞つきの初版」と記したうへに、赤で「署名入りは稀」と付け加へてあります。おそらくこのカードは目録を製作するための下原稿か何かだつたのでせうが、それにしても何といふ熱意でせう。こんな力作を読めば、だれしもこれを買つて読んでみたくなるはずです。本来は高価にカタログ販売されるはずであつたこの書物が、一体どんな経緯で屑払ひ用の箱本のなかに紛れ込むことになつたのかは分かりませんが、このリュミエールの署名本に出会つたわたしは、掘り出しの喜びを味はふと同時に、古書店主の書物に対する情熱に驚いたのでした。

 あるいは、M.ブデルの『快楽論』といふ書物は、この著者の名を聞いたことがなかつたので、普通ならまづ買はずにしまふところでした。しかし、例の覚え書きのカードが入つてゐました。「ブデル、モーリス/1883-1954/フランスの精神科医にして作家(小説家)/作品:『ジェローム』『北緯60度』1927 『快楽論』1946」 そして、何で調べたのか、次のやうな解説が続くのです。「1937年にモーリス・ブデルはアドルフ・ヒトラーと日がな一日過ごす機会を得た。所はニュルンベルク、総統が権力の絶頂にゐた時であつた。/ブデルによれば、自分こそヒトラーと話し合つた唯ひとりのフランス人精神科医であると思ふ…」 そんな著者がいかなる快楽論をものしたのか、やはり知りたくなるでせう。そして最後に、この書物の書誌的データが記されます。「初版。ラナ製紙の上質白紙による220部限定のうちの149番本/フラムマリオン社 1945年/同僚のトレモリエール博士に宛てた著者の献辞入りの本」 なるほど、表題頁には筆に墨をつけて書いた献呈の言葉があり、とくに「快楽論」といふ題の下に続けて「思考(レゾネ)する理性(レゾン)の」と韻を踏んで書き足してありました。「人間は快楽に身を委ねつつ理性に従ふ」といふパスカルの言葉を巻頭に掲げた著者らしい洒落た献呈句ですが、まことにこの文句を地で行くやうな筆跡でした。

 J.カスーの『ウィーンの調べ』は、六つの夢想に二つの間奏曲が挟まつて展開する音楽関係の創作ですが、そこに入つてゐた覚え書きは次のやうです。「カスー、ジャン、フランスの作家/ビルバオに近いデストで1897年に生まれる。/国立現代美術館の主任学藝員で美術批評家。/かれは多くの書物を出してゐるが、絵画については『ローマ人』1925 『グレコ』1931 『ピカソとマティス』1939 『アングル』1947、歴史については『フィリップ二世』1929 『48年』1939、文学については『スペイン文学展望』1931 『セルヴァンテス』1936 『三詩人 リルケ、ミロス、ミシャド』、小説でも『ウィーンの調べ』1926 『パリの虐殺』1936/レジスタンスに参加して活動したことに想を得て、誹謗文書『短い追憶』1944 と『詩集』33 『密かに作詩されたソネット』1945」 かうして読んでくると著者への興味が弥増してきますが、覚え書きのカードは、更に続けてこの書物の特性を記述します。「『ウィーンの調べ』初版 1926年/ラウル・デュフィ(フランスの画家、素描家、版画家/1877年ル・アーヴルに生まれ 1953年フォルカルキエで歿)に献呈された本/パリ、エミール・ポール兄弟社刊」 流石にあのデュフィ宛に献呈署名されたものだけあつて、右の余白には当然のやうに赤で「稀有なる資料」と強調されてゐる。カードを裏返すと、「1989年の売価 800F (ボルノ氏より)500F で買入」といふことまで書いてあるところからして、この古書店主がいかに几帳面で誠実な商人であるかも想像がつきます。このやうに、このカードはわれわれを当の書物のなかに誘ひつつ、それがどれほど価値のあるものなのかを教へてくれるかのやうです。

 以上のやうな覚え書きカードの入つた書物などをざつと十数冊も探し出せたので、寒さに凍え固まる体の痛みなど何処かへ行つてしまつたかのやうでした。これだから止められません。書物自体の開示する内的世界への興味を基本にして、著者による献呈署名の魅力やら旧蔵者への関心やら、さらには古書店主の蘊蓄カードまでが面白みを倍加し、加へてこれが財布を気にしなくてよい均一箱本のなかから見つかるといふ幸運が相俟つて、大満足、この日は自分なりに猟書の醍醐味をあぢはへました。


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