佛蘭西古書通信 1997.1 (1) by  泰俊 


 昨年の九月初めにロンドンを訪れました。美術鑑賞を目的とした三日ほどの滞在で したが、絵を見飽きて足が草臥れると、その辺のパブに入り、生温さもほどほどに心 地好いビールを飲むといふ旅でした。今回はゆつくり古書店を廻り歩く時間がとれな くて残念でしたが、それでも一冊だけ面白い本を見つけました。エルギン・マーブル をこの眼で見ようと大英博物館に行つた帰り路に、大ラッセル通り沿ひの古書店ロバー ト・フルーにふらりと入つたところ、右手中央の棚にあつた目立たぬ薄手の詩集に心 惹かれたのです。背が少し色褪せた緑の総モロッコ革のこの書物は、『M.D.N.の 詩集』といふ表題をもつ美装本で、開いてみると白絹張りの裏表紙が見る角度によつ て綾なす模様を描き出します。さやう、私家版の一種ですが、扉をはじめ本文中のあ ちらこちらに手彩色のデッサンが見つかり、さらに謂れのありさうな著者自筆入りの 古いオランダ紙挨拶状(1888年)なども特別に貼り込まれてゐるところが気に入りま した。巻頭の詩は「記念日」と題されてゐて、「11月15日/今日はわたしたちの結婚 記念日ですが/ディナーを張り込まうとは申しません/でも牡蠣でお祝ひいたしませ う/それも九時きつかりに/…」といふ具合に微笑ましい文句で始まつてゐます。ま だうら若い店の女主人に著者のことを尋ねると、分厚い英国人名事典を開いて示しな がら、マルジェリー・ダーラム・ノーブル(M.D.N.)夫人が親しい知人に贈つた2 0部限定の詩集であると教へてくれました。この詩集の面白さを称へつつ、こちらが 「思ひは高く暮らしは低い」哲学の学徒にしてこよなく書物を愛する者である旨つげ ると、気さくな女主人は25£といふ低価格を更に5£値引いてくれました。聞けば自 分がマックに打ち込んだその書物のデータもあるといふことなので、ついでにそれを 刷り出してもらひ、最新版の古書目録とともに頂いてきました。

 シムプソンズでヨークシャ・プディングつきのロースト・ビーフなどに舌鼓を打つ てから、ヴィクトリア駅に近いB&Bの宿に帰り、もらつたカタログ用のデータを落 ち着いて読んでみました。1996年の2月19日に打ち込まれたそのデータには、「(ノー ブル、マルジェリー・ダーラム、婦人?)M.D.N.詩集。 Newcastle-upon-Tyne : Richard Durham. 1904 [F12937] 八折版。II,42頁。現代緑モロッコ革、隆起背、金 枠仕切り、金の装飾縁取り、三方金、絹張りの見返し、幾つかのオリジナル水彩画と 鉛筆画、極美本」といふやうに書誌的記述があり、つづけて「ノーザムバーランド地 方のデスモンド・ジェーン・ハウスに住むアンドリュー・ノーブル卿の妻が、就中アー ル・グレイとベィデン・ポゥウェル卿に献じた詩」といふ一文が添へられてゐます。 はてさて、この書物は実際に、紅茶で有名なあのグレイ伯爵に献呈されたものなのか、 英国では名の通つたポゥウェル卿に献呈されたものなのか、それとも誰か他の人に贈 られたものなのか、あるいは、献呈本ではなく収録された詩自体が献呈詩であるにす ぎないのか、このカタログ・データを読むかぎりでは判然としません。そこで、じつ くり当の書物を観察してみたわけです。

 まづ、この詩集は透かし入り紙による片面印刷で、二十篇の詩から成つてをり、ご 主人に宛てられた最初の二篇を除いて残り十八篇は、著者の親友十八人にそれぞれ献 じられたものであることが判ります。すなはち、1874年から1904年の長きに亙つて書 き継がれた詩がその制作年とともに年代順に並んでゐて、たとへば、17頁には中央に 「ベィデン・ポゥウェル少佐に」とだけあつて、次を捲つて19頁に少佐に捧げられた 1886年の詩が載つてゐるといふ具合です。とくにこの詩は少佐をうたつた歌のパロディ として書かれたものらしく、《 I love to think of the days at Jesmond Dene [D esmond Jene のアナグラム] 》といふ文句がリフレインされる愉快な詩です。しかし ながら、この詩集の最初の方の頁にとくに著者自筆の献辞などがあるわけではないの で、誰に贈つたものなのか、いや献呈本かどうかすら直ちには判りません。ただし注 目されるのは最後に収録されてゐる詩で、中央に「閣下に」とだけ印刷された40頁に は、目を瞠らせる自筆の文字と素描が見られます。すなはち、「閣下に」のすぐ下に、 頭文字のEとGを朱色にした中世風のカリグラフィーで「アール・グレイ」と続け、 上には「日本の香炉とともに」と書き、右下に茶色の香炉の絵が水彩で描かれてゐま す。頁を繰るとやはり「日本製の香炉とともに」といふ言葉が同じ字体で書き加へら れてゐる、その詩の内容は次のやうです。「受け取りたまへ、遥けき彼の地より持ち 来れる/このささやかなる愛情のしるしを/其処では今、手に手にひとは戦の刃を揮 ひたり/かつてはかくも完璧なる技に熟達せるその手に//空けたまへ、その香炉の 内なる受け皿を/…」 この最後の詩だけは制作年代が1904と手書きされてゐるので、 おそらくは最新作であつたのでせう、日露戦争に突入したばかりの日本に対する夫人 のデリケートな感情が、ゆらゆらと香をくゆらせる香炉のデッサンと実によく調和し てゐます。

 それにしても、なぜアール・グレイに捧げた詩のところにだけこれほど手の込んだ オリジナルのデッサンが施されてゐるのだらう? と考へてきて、やつと気づきまし た。これがグレイ伯爵に宛てたノーブル夫人の自筆献辞に他ならないのだと。おそら く夫人は、通常は仮扉などに書かれることの多い平凡な献呈署名に代へて、詩集を贈 つた相手ごとにそれぞれ異なるモティーフの絵を当該の頁に描きこんだのではないか。 たとへば、もしポゥウェル卿に献じられたこの詩集が見つかつたとすれば、19頁目の 詩の主題に見合つたオリジナル彩色素描がカリグラフィーによる字句とともに17頁を 飾つてゐるはずです。すなはち、限定20部の一部づつが一つひとつ個性的な自筆のデッ サンに彩られた私的性格の強い詩集であるといふわけです。かうなると、別の人に献 じられた版がちよつと見たくなつてきますが、ひよつとして愛書家諸氏のなかにその 一部をお持ちの方はゐらつしやらないでせうか?!


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