佛蘭西古書通信 1997.1 (2) by  泰俊 


 ユーロ・スターでパリに戻つてから、ロバート・フルーの女主人がくれた古書目録 をめくつてみると、書誌的データのみならず書物の状態についても詳細かつ的確に記 述してあるうへに、多くの図版まで添へられてゐて楽しめました。まつさきに目に止 まつたのは、世紀末はビアズレー風の凝つた蔵書票の図版で、EX LIBRIS FREDERIC L EIGHTON と読めます。蛇の絡みつく楽園の林檎の樹の下に、薄物をまとつて腰をおろ す美女と、その傍らで笛を吹く子供の牧羊神が配されてゐる、この蔵書票の周囲には 蔓草が額縁のやうに取り囲んでをり、とくにその左端を飾つてゐるのは、梁の代はり に書物を支へる優美なカリアティッド(女像柱)といふ趣向です。残念ながら、目録 の図版ではそれらの書物の題名をどうしても読み取れません。記載内容をみると、こ れはR.A.ベルによる版画の蔵書票で、それが貼られてゐる当の書物は、1875年ライ プツィヒ刊でハーゼンクレヴァー独訳になるミケランジェロの『詩集』です。現代ヴェ ラム装に褐色のラベル、金の枠取、三方マーブル模様のかなり状態の良い八折版で、 旧蔵者のレイトン卿が見返しに自筆のサインを入れてゐると言ひます。をりしも、テー ト・ギャラリーのラファエロ前派の部屋でレイトンの絵や彫刻を見て来たばかりであ つただけに、うぅん‥これは欲しいな…と思ひました。が、200£といふ価格を横目 で睨みつつ、結局、ロンドンへファックス注文したがる気持ちを辛うじて鎮めました、 この種の書物には熱烈なファンがゐてカタログ発行とほぼ同時に押さへてしまふので、 今まで売れ残つてゐるはずがない、と自分を慰めながら。

 限定版といへば、フランスでは十九世紀以来、一般に流通する普及版とは別に、特 別な用紙による限定版が番号入りで出版される伝統があります。紙やインクが良けれ ばそれに越したことはないが、別に中身が違ふわけではないし、番号など何番であら うと同じことだ、と初めは高を括つてゐたわたしも、ふとしたことから1番本を手に 入れるに及んで、この種の限定版にも関心をもつやうになりました。それは、前にも ちよつと言及しましたボーシャンとルヴェィルによる『古書肆・愛書家便覧』です。 この書物の題名を省略せずに書けば「珍本奇書の価格についての/古書肆・愛書家便 覧/二百二十冊の稀覯本、貴重書、天下一本の書誌的、逸話的記述」といふもので、 パリのルヴェィル社から1884年に出版された所謂贅沢本です。背角に明るい栗色の上 等なシャグラン革をたつぷりと使つて立派に装釘された天金八折版のこの書物には、 元表紙も背ごと一緒に綴ぢ込まれてゐますが、その次の頁の裏を見ると、「この書物 は豪華版が1番から100番までの番号入りで刷られた。/日本の紙で20部…1〜20番 /中国の紙で20部…21〜40番/セイシャル・ミルで60部…41〜100番」といふやうに 限定版の内訳があつて、当書は「第1番本」と活字で明記されてゐます。この第1番 といふのは、実際これを手にしてみると何故か思つてゐた以上にすかつと気持ちのよ いもので、この爽快感は、切手や古銭を蒐集してゐた小学生の頃、はしなくも揃ひ番 号(@@111111)の旧千円札の新券を入手したときの感興にどこか似てゐます。

 この豪華版の巻末に収められてゐる46枚の色付図版は、普及版には附いてゐない特 製アルバムで、これがまた面白い。たとへば第一葉はポムパドゥール夫人の紋章が刻 印された美事な装釘になる書物の図版ですが、ボーシャンの解説によると、この書物 はパリのディドー社から1763年に出た四折版のギアーヌの地誌で、ありふれた状態の ものだと20-25Fほどの価値しかないものですが、 中央にポムパドゥール夫人の三塔 の紋章が金で刻印され、周囲にも三塔のモティーフを四隅に繰り返し配した赤いモロッ コ革装のこの贅沢な書物は、その旧蔵者と装釘ゆゑに、1869年にピション男爵の蔵書 から売り立てられた際には270Fの値が付き、次にベアーグ伯爵の蔵書として1880年の 3月に売り払はれたときには、1800Fもの高値で落札されたさうです。

 また第十二葉には、パスカルの『パンセ』初版の表題頁が載つてゐますが、その記 述が唸らせます。1670年にパリのデプレ社から上梓された十二折版のこのフランス古 典中の古典は、365頁の本文(最終頁の裏は白紙)の前に41枚の前書き、後に10枚の 目次がついたエディションこそ正真正銘の初版であると言ひ、この版にのみ見られる 特徴を幾つか挙げて、その見分け方を披露してゐます(たとへば、本当の初版の前書 き41枚の頁下部には a,e,i,o,u の記号が折り丁の順序を示すために用ゐられてゐる が、12枚分の折りには a と e とが、8枚分の折りには i と o とが使はれ、u の記 号が見られるのは 1枚分だけである、といふ具合に)。といふのも、1670年に出版さ れた『パンセ』には少なくとも四種類のヴァージョンが存在し、それまで長いあひだ 初版と看做されてゐた版(40枚の前書、334頁の本文、10枚の目次をもつ同じ十二折 版)は実は第三版であつたことがポティエ(1870)によつて証明されたからださうです。 (ちなみに、同年に発行された残りの二つは、本文365頁の初版の粗悪な海賊版と「 第二版」といふ記載のある版です。)そのうへ、この初版はパリ大司教の命によつて 既に削除や訂正を施されたもので、さう言ひうるのは、1669年の日付をもつ改竄前の 貴重な天下一本(プレ・オリジナル版)が幸ひ国立図書館に保存されてゐるからであ る、といふことまで書いてある。今日のパスカル研究者なら御存じでもありませうが、 ブランシュヴィック版の『パンセ』(1912年第6版)にも載つてゐないやうな書誌的 データを、高級紙に刷られた美しい図版とともに1884年の時点で読むことができたと は驚きです。

 次の第十三葉は、1663年にアムステルダムで出版された小十二折版の『フランソワ ・ラブレー著作集』ですが、図版はとくに赤と緑のモザイクが入つた橙色の総モロッ コ革でカペが装釘した美しい版をカラーで再現してをり、また次頁のBIS図版では点 線を用ゐた半渦巻模様の金箔型押し(ガスコン種)の現物大見本が金色に刷られてゐ て、眼を楽しませてくれます。ボーシャンの解説では、このラブレーは端麗な印刷の 誉れも高いエルゼヴィル版本のなかでも一二を争ふほど美しい活字印刷のもので、一 般にこの版でもとりわけ広いマージンをもつ状態の良いものが求められてゐるさうで す。すなはち、当時の評価では、書物の背丈が130mmから134mmのものであれば通常の 装釘のものであつても100Fから150F、同程度のサイズで図版に見るやうな美装本であ れば200/300Fで落札され、1879年のカタログ価では800Fにもなつたと言ひます。(こ のあひだ、古書を商ふ親友のアレックスにエルゼヴィル版のモリエール(第二版)を 見せてもらひましたが、そのときは美しい活字に見蕩れはしたものの、このやうにマー ジンの広さを表示するために書物の背丈をミリ単位で計る必要があるとまでは思ひも しませんでした。)差し当たり、これほど美しい書物には手が届きさうもありません が、ラブレーの版本といふことであれば、端本ながら、初の校訂版として知られる17 11年アムステルダム刊のボルドゥシウス版(第二巻と第三巻との合本)やこれに先立 つ1659年同市刊のメヤンス版(第一巻)などをブランションの古書市で、(クレイン さん流に言はせていただけば)「パラパラ見つける」ことができたので、焦ることは 何もないのだと自分に言ひ聞かせながら、ともすると過熱しがちのわが蒐書熱を幾ら か冷やしてゐます。

 また、第二十葉はモンテーニュの『随想録』初版(1580)の第二巻の表題頁です。な ぜ第二巻かと言へば、この巻の表題頁にのみミランジュといふ印刷所名が入つてゐる からで、図版はそれを示してゐます。あまり知られてゐないだけに極め付けの探求書 となつてゐるこの八折の初版には、『随想録』の最初の二つの巻のみが含まれてゐる さうで、とくに第二巻には頁数の誤植が多く(たとへば、102頁のところが72頁に、1 07頁のところが167頁になつてゐる由)、それが弁別特徴になつてゐるやうです。古 書価は1877年のフォンテーヌのカタログに載つた仔牛革装の極美版で2400Fといふこ とですが、これほどのものになると今なら軽く百倍近い価格(あるいはそれ以上)に なることは間違ひありません。とにかくモンテーニュの十六世紀の刊本といふだけで 零を数へ違へてしまふほどの高額で取り引きされてゐるといふのは、こちらに来て驚 かされたことのひとつです。そのやうな博物館ものは初めから手に入れるべくもない のですが、しかし幸運の女神が微笑んでくれたのか、1602年にライデンのJ. ドレア ンから刊行されたヴェラン装の小八折版(十六世紀末のエディシィヨンの再版)がす でにわが手中に落ちてゐるので、モンテーニュに関するかぎり自分としては今のとこ ろ満足してゐます。

 そのほか、この図版アルバムには、豪華版に用ゐられた日本の紙や中国の紙の現物 見本やら、版画の刷りの段階を示す現物見本やらが収められてゐて楽しいのですが、 最後の三十六葉から四十六葉までは、代表的な42種類の紋章の印影を掲げてゐます。 たとへば、縦に何列も並んだ蜜蜂は結婚前のルイ十二世の紋章、王冠をかぶつた海豚 はフランソワ二世の紋章、中央に配された鷲はナポレオンの紋章、Mの合字を散らせ たものはマリー・ド・メディシィスの紋章…といつた具合です。表裏の表紙にこれら の紋章が金で刻印された赤い総モロッコ革の書物などは、まことに或る種の愛書家の 垂涎の的です。思へば、同じく書物の所属を証しするとはいへ、蔵書票といふのは言 つてみれば紋章印が民主化して普及したものとも考へられます。旧蔵者の社会的立場 や、それに見合ふ蔵書の質、さらにその稀少性をも考へれば、紋章つきの書物を蒐集 する歴史的文化的興味は、蔵書票つきの書物がもつ魅力の比ではないかも知れません。 といふのも、紋章の場合は専門の書物にあたれば大抵は同定可能であるといふ楽しみ がありますし、またもし同定できない未知の紋章であれば猶一層めずらしいものです から図像学的解読といふ興味も増すわけです。したがつて、言ふまでもなく、由緒あ る紋章の刻された書物はいづれも数字を書きたくないほど高価ですから、今のところ 私にとつては高嶺の花です。まあ、じつくり待つて、チャンスが近づいたらその前髪 でも掴ませてもらはうと思つてゐるところです。


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