山梨県乙女鉱山産
水晶のエステレル式双晶
高田雅介・今井裕之
はじめに
これまで,水晶のエステレル式双晶について記載されたものはひじょうに少なく,しかも結晶図に至ってはいまだに見たことがない.
しかしながら,こうした事情にもかかわらず,最近の3年間をとってみても,筆者のひとり高田のところへは,エステレル式双晶に関する問い合わせが6件にものぼっている.
過去に,疑わしいものも含め,友人・知人らの所有する「エステレル式双晶」の標本を多数拝見したが,母岩付きなど測角の困難なものが多く,詳しい測角によって確定・確認できたものは一つも無い.また,それらの中には,一目で明らかに違うと思われるものも含まれていた.
こうした状況の下で,エステレル式双晶に関する詳しい報告や記事の必要性を感じていた.
このたび,筆者のひとり今井が採集した乙女鉱山の標本2個を使って詳しく測角したところ,確実にエステレル式双晶であることが判明した.(乙女鉱山からエステレル式双晶が産出する事は既に知られている).そこで,これらの標本に基づいて,エステレル式双晶についての解説も含めた詳しい報告をおこなう事にした.
この報告によって,「エステレル式双晶の鑑定」がし易くなり,新たな水晶のエステレル式双晶の産地が発見されることを期待したい.
正規の位置から投影した結晶図
上:頭図 下:側面図
1.水晶のエステレル式双晶について
1-1.エステレル式双晶の概観と名称
エステレル式双晶は錐面の一つ{10-11}面を双晶面とする双晶である.c軸が互いに交わる角度は76.42゚で,日本式双晶(84.56゚)に比べてやや鋭角になっている.
また,日本式双晶では平板状になる事が多いが,エステレル式双晶では2個体の結合している位置が日本式双晶とは異なるため,独特の晶癖を持った形態を示す.
高温石英では,最もありふれた双晶であるとされているが,水晶(低温石英)では日本式双晶よりも稀で滅多に見られない双晶である.
エステレル式双晶という名称は,フランス南部 Cannes近郊の“Esterel”から産する高温石英の双晶様式に付けられた名称である.この高温石英は石英閃緑ヒン岩(原記載:quartzdiorite
porphyry) 中の斑晶をなす.
高温石英と水晶の結晶構造は,ほとんど同じであるが,ごく僅か異なっている.そのため,同じ様式であっても「水晶の双晶にこの名称を使うのは間違いである」と言われている(例えば,System
of Mineralogy V, 7th ed. 1962.など)
しかし,日本鉱物誌第三版上巻でも「水晶のエステレル式双晶」という用語が使われており,また,鉱物愛好家の間ではすでに古くから呼び慣わされた名称で,日本ではいまさら変えるのは困難であると思われる.
ちなみに,水晶に見られる同じ様式の双晶の正式名称は “Reichenstein-Grieserntal Law” と名付けられている.
しかし,この名称の由来と経緯では,最初に記載された Reichenstein 産の集合体が,その後,双晶ではない事が判明するなど,余り由緒ある名称とも思われない(詳しい経緯と内容は
System of Mineralogy V, 7th ed. 1962 を参照されたい).
以上のような状況と経緯から「水晶のエステレル式双晶」という使い方は,現状に合った用法であると思われる.これは,カルルスバッド双晶,マネバッハ双晶,バベノ双晶,という名称が,正長石と斜長石という結晶構造が微妙に異なる両方の鉱物に共通して使われている例などを見ても,不当な用法とは言えないと思われる.
1-2.水晶のエステレル式双晶鑑定上の困難な点
エステレル式双晶は稀な双晶ではあるが,それにも増して結晶形態を結晶図で示した書物や記載がほとんどない.また,エステレル式双晶をなす高温石英の結晶図でさえ,見たことがない.
筆者の知っている,エステレル式双晶に関する報告や記事は,篠本二郎(1895),粟津秀幸(1939),服部郁夫(櫻井欽一)(1958),だけである.このように,産出が極めて稀な事と,解説や記載の少ない事が,エステレル式双晶がどの様な双晶なのかをさらにいっそう解り難くしている.
さて,実際に手にとって観察してみると,それが本物のエステレル式双晶であるのか,そうでないのかを決めるのには,実に多くの困難がある事に気が付く.
双晶か否かを決める目安となるものに「双晶によって生じる独特の形態(晶癖)」がある.例えば日本式双晶はふつう平板状の晶癖を持った形態になる.しかし,これも,必ずしも当てにはならない.これまでに筆者は,明らかに単晶で平板状の晶癖を持った水晶(例えば京都の行者山産など)を多数観察している.
後で示すように,エステレル式双晶も特有の晶癖を持った形態(図4)になる.多くのコレクターはこの晶癖を目安にしている.
しかし,エステレル式双晶でなくても良く似た晶癖を持った水晶があり,晶癖などの形態上の特徴は必ずしも決め手にはならない.
鉱物の双晶ができるには何か原因があるはずで,一般的には,同一の晶洞などから双晶が見つかる場合には2個以上,時にはほとんどすべてが双晶である,といった場合も少なくない.従って,単晶に混じって多数の特殊な晶癖を持った2個の集合体があれば,それはもう双晶とほぼ断定することができる.
困った事に,エステレル式双晶はきわめて稀で筆者はこれまで,一つの母岩に2個以上のエステレル式双晶が付いた標本を見たのはたった1例だけである.従って,エステレル式双晶に関しては,このような決め方がほとんどの場合できないのである.
さらにまた,多数の双晶が同一母岩に付いている場合には,その中に1個や2個の多少角度がずれているものが見つかったとしても,結晶の成長過程における結晶面の歪みとして処理する事ができる.
実際,多数の日本式双晶などを見ていると,平板状ではあるが,双晶の理想的な角度から少しずれたものが見られる.母岩に1個しか付いていないエステレル式双晶では,こうした処理もできない.
もちろん,結晶面の測定をして2個の結晶の関係を正確に明らかにすれば,エステレル式双晶か否かはたちどころに判明する.しかし,多くの凹面角を伴う双晶の測角方法はこれまでの“結晶の測角法”ではまだ十分に完成されていない方法である.
さらに,「双晶面の面角を求める計算式」や,「双晶全体の結晶面のρ,φ値を求める計算式」などは知られていない(ウルフネットを用いておよその値を求める事は可能であるが)ので,正確な計算値としての面角が解らず,測角できたとしても測角値と比べようがないのである.
こうした事情が「エステレル式双晶」の鑑定を困難なものにしてきた.
2.乙女鉱山産水晶のエステレル式双晶
2-1.エステレル式双晶の測角方法について (省略)
2-2.測角とその結果について (省略)
2-3.エステレル式双晶の結晶図
これらの2個の双晶をもとに,描いた結晶図と,側面図を上に示した.結晶図は正規の方向に投影された図として正確に描いたので,実物の双晶と比較する上で,大いに参考になるものと思われる.
(以下省略)