| 昇任、転任した京都市立小学校の校長や教頭ら多数が4月、学校紹介などを扱うミニコミ紙を発行する会社「京都報道センター」(上京区)を訪れ、現金を渡していたことが、京都新聞社の調べで分かった。校長らは「嫌なことを書かれたり、言われないための保険」などと証言する。金額は1人1万円が目立ち、ポケットマネーとしている。教職者が特定業者に現金を渡す不自然な行為に、疑問の声が上がりそうだ。
4月1−4日の連日、センターのあるビル内に、校長や教頭、幼稚園長らが次々に入るのを京都新聞社の記者が確認した。 新任の校長を含む46人に直接取材しただけでも、21人が現金を渡したことを認めた。今回は払っていないが、かつて昇任した時に渡した人が3人いた。現金を渡していないと明確に否定したのは4人だけで、18人は「私的なことなので答えたくない」などと回答した。 昇任、転任にかかわらず毎年現金を渡しているケースや、校長が自らの1万円に加え、同行していない教頭分5000円を持参するケースがあった。 現金を渡す理由について「ニュースに学校批判を書かれたくない」「よろしくお願いしますという意味」と語る人がいた。「慣例だから」とする一方、「センターにだけ、お金を包むことはあいさつに訪れた他の団体に説明がつかない。断ち切らないといけない習慣」などと疑問に感じている人が目立った。 京都報道センターは1977年の設立。ニュース(B4判1枚)を毎月2回発行する。京都市の施策や学校の教育目標などを紹介している。市教委や京都府教委、学校の関係者らが購読している。 京都市立小学校の校長らがミニコミ紙を発行する会社「京都報道センター」に現金を渡していた問題で、昇任や転任時に訪れることが「センター詣で」などと校長らの間で呼ばれ、長年の慣例になっていることが京都新聞社の調べで分かった。「火の粉を払う」「保険」とお金でトラブル回避を図ろうという心理が校長らに働いている。一方、新任教頭が「おかしい」と感じながら、校長に言われるまま現金を渡していたケースが目立ち、詣でが脈々と受け継がれてきた構図が浮かぶ。
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| 京都市立小学校の校長らがミニコミ紙を発行する「京都報道センター」(上京区)に現金を渡していた問題で、新任校長が同社から昇進祝い名目のペンを受け取っていたことが、京都新聞社の調べで分かった。一部の校長はセンターへ渡した現金について「ペンのお礼」と弁明するが、業者から物を受け取ることに加え、現金で返礼する行為が社会常識からかけ離れている。
複数の校長の証言を総合すると、大半の校長はセンターからミニコミ紙を購読する程度で、親交が深い訳ではないのに、4月初めにペン2本とケースがセンター名義で校長の自宅に届いた。包装には「御祝」とあった。 新任校長32人のうち、半数が祝い品を受け取ったことを認めている。現金を渡したのはお礼だったという校長が2人いたが、「社会通念と異なる」と認識していた。大半の校長が「金一封を渡すのは先輩から受け継がれた慣習で、贈り物と関係ない」と説明している。 ペンの種類は複数ある。センターへ1万円を渡した校長の場合、受け取ったペン2本は計2100円だった。 ペンを受け取り、現金を渡した校長の1人は「保護者からの歳暮や中元を断っている時代に昇進祝いの品を返さなかったのは児童に説明がつかない」と話した。 センターの奥野進社長は「昇任を祝う意味で、今春は新任校長に贈った。昇進祝いは昔から続けている。校長の来訪はお礼の意味と受け止めている」と話している。 京都市教委は「センターとは現在、何の利害関係もなく、校長が祝い品を受け取っても職員の倫理条例には抵触しない。お返しは一般儀礼の範囲と考えられる」としている。 連日の報道で関係者はさぞや困惑しているだろう。不正議な事実を隠蔽しようとする体質は昔から同じだが、記者にこの事実を語った関係者がいたことがせめてもの救いではないだろうか。市では、「公益通報処理窓口」なる組織も設置されているが、そこには「自らの職場で起きた違法行為について通報した労働者を,通報したことを理由とする解雇等の不当な取扱いから保護するとともに,事業者が国民の生命,身体,財産等の保護を目的とした法令を遵守することを図り,もって国民生活の安定及び社会経済の健全な発展に寄与することを目的として制定されました。」とある。「誰がちくった」に狂奔しないで欲しい。 |
| 京都市教委が行った広報活動は、普通の市民感覚からかけ離れ、賛同できない。2月の市長選直前に、立候補を表明していた門川大作市長(前教育長)の談話が多数載った本を買って、無料で配っていたからだ。送付時期や送り先の反応など取材するほど、市販されている本を配る必然性は低いと感じる。
この本は「教育再生への挑戦」(PHP研究所編)。昨年末に出版され、不登校対策など市教委の取り組み全般を取り上げている。1冊1365円で、市教委は計1400部を購入。送付先は、PTA連絡協議会など各種団体の代表、市立の学校園などで京都関係が約8割を占めた。市教委は「前教育長を応援する意図はない」と強調した。 書店への発注から振り返ってみる。注文は昨年10月から年末まで10回に及ぶ。前教育長が「立候補に意欲」と報じられて以降の注文が6割を超えた。 2週間前に発送 発送は1月21−23日で、告示の約2週間前だった。前教育長のあいさつ文が入った「家庭教育新聞」号外を保護者に配ったことが議会で問題視された時期と重なる。この新聞の場合は、立候補が取りざたされたため、前教育長の名前と写真をあえて外していた。 PHP本は、前教育長が確認できる写真が少なくとも3枚あり、談話は実名で35ページにわたり掲載している。それなのに、市教委は本に墨を塗ることも、発送を市長選後に遅らせることも考慮しなかった。 受け取った市民に印象を聞いてみた。財団法人幹部は「市教委は新聞の件で反省しながら、裏では相変わらず応援かとあきれた」。教育支援団体の幹部は「知名度を上げようとする必死さを感じた。他候補に追及されないか心配した」とぼやいた。 「誤解される」 市教委の今回の活動は一般的とは言い難い。京都府の山田啓二知事は2005年、知事選の約3カ月前に本を出版したが、府は購入も配布もしていない。滋賀県は前知事が知事選前年の01年と05年に出した。県秘書課は「選挙を控えた時期に配れば、役所ぐるみと誤解される」という。 そもそも書店で販売中の本を送る必要があるのか。市教委は「実物を送れば読まれる可能性が高い」という。しかし、仮に購入するとしても、図書館に置く方が不特定多数の市民が無料で利用でき、広報の目的にかなうはずだ。市財政が逼迫する中、購入費用も抑えることができる。 「公選法に触れません」。市教委担当者はこう説明した。しかし、行政の順法は当然で、運動員の言い逃れに聞こえて仕方なかった。門川市長は「市民感覚の市政」を掲げる。市役所がどう変わるのか、じっくり見極めよう。 社会報道部 松浦 吉剛 ▼まつうら・よしたけ 広島県出身。入社8年目の30歳。社会報道部調査班に属し、法で割り切れない社会の矛盾や、ごみ処理など将来的な課題を追う。 |
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京都市教育委員会がミニコミ紙を発行する京都報道センター(上京区)に人事資料を長年漏えいしていた問題で、在田正秀総務部長は11日の市議会教育福祉委員会で「特段の問題はない」と答弁し、「不適切だった」とする従来の見解を一転させた。ただ京都新聞社の取材に対し、センターへの提供について「本来の作成意図とは異なる」と話した。 問題の資料は、校長と教頭に関する「年齢別 経験別一覧表」。在田部長は「経験年数、年齢は秘密にあたらない」と述べる一方、「あえてセンター経由で出すことばない」と答弁した。 市教委総務課は「長年提供してきたが、適切でなかった」としていた。在田部長は取材に対し、「一覧表の提供は目的外使用とまでは言えないが、人事配置を考える上での基礎的資料という作成意図とは異なる」と話した。 法的な見解では「一覧表の提供は目的外使用とまでは言えない」のだろう。しかし、問題はこれまでで明らかなように教育委員会の関与が校長や教頭に大きな圧力となっていたことである。違法性があるかどうかの問題ではなくこうした体質が果たして門川市長の書いた『かくて教育は甦った』の内容と一致しているのかどうかではないか。『京都市教育関係職員録』の発行は18年度版までは「京都報道センター」となっているが、19年度版では市教委総務課が発行元になっている。ある種の身辺整理が必要となった時期と連動しているとも思えるが、果たして。 |
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京都市の門川大作市長が二月の就任後、、ミニコミ紙を発行する「京都報道センター」(上京区)の奥野進社長から外国メーカーのボールペン一本(税込み4万1000円)を贈られ、受け取っていたことが1日、分かった。市長は「社会通念上許される」とする一方、市立小学校長らが昇任時に現金をセンターに渡していた問題に触れ「問題を認識していればペンは受け取らなかった」と話している。 京都新聞社が入手した資料によると、門川市長が当選した翌日の2月18日、奥野氏名義で注文され、月末に市長の自宅に届いた。 奥野社長は「当選祝いに個人の立場で贈った」と話した。 門川市長は当選祝いとして花束や酒が多数届いたうちの一つとした上で「奥野さんと特別な関係にはない。受け取ったことは違法ではない」と話した。校長らの現金供与問題で「断固として正すべき」と5月の市議会で答弁したが、ペンを受け取った際には「問題を知らす、正すべき相手だと認識していなかった」と説明した。 悲しくなるよね。こんな人物が教育改革について語るなんて。『かくて教育は甦った』はある意味で門川市長の考えがよく分かる本だが、教育が市長選のために利用されたことがよく分かる。とくに、番組小学校のエピソードはそのことをよく物語っている。そろそろ、校長会も呪縛から解放されてもいい時期ではないか。 |