連載・モノ ()

腕 時 計

山下 勉

このシリーズでは、一つのモノに焦点をあて、モノから人を眺めてみるとどうなるのか、に挑戦しています。

 どうも。私は、腕時 計(うでど けい)と申します。今年で十歳になります。人間から見れば、四十歳くらいでしょうか。
 白地にギリシャ数字(III、VI、IX、XII)が黒で刻まれており、針は三本、それぞれ長さが違うだけの一直線。ベルトは皮製で、やはり黒い色をしております。どちらかといえば地味な印象をみなさんお受けのようですが、その分シンプルに生きております。
 しかし年はとりたくないもので、十歳にもなると、ベルトのところどころにしわが現れてきました。

 私のご主人様は。今年で50歳を迎えられるお方です。
 会社に勤めて三十年、家では奥様と二人の子供さんに囲まれて生活しております。このご主人様とは、私が生まれて間もないころからご一緒させていただいております。何分小さい頃の話なので、詳しくは分からないのですが、ご主人様が四十歳のお誕生日の時のプレゼントがご縁でとお聞きしております。

 私は、ご主人様の腕の中で日々時を刻み続けております。
 そのような商売がら、性格的にあいまいなことは許せません。とはいっても、私も若い頃はいろいろむちゃもやりました。若気の至りというやつですね。ちょっとしたいたずらのつもりで三〇分時間を遅らせたときは、ご主人様が朝会社に間に合わなくなり、ご迷惑をかけてしまいました。今思い出しても申し訳なく思います。

 時計というのは時を刻み、お知らせするものであり、ファッションやカッコ良さなどとは私には縁のないものと今まで思ってまいりましたが、最近の若い時計を見ていると、金色や銀色で塗り固められていたり、不思議な形の時計が出て来たり、最近の若いもんの考えることは良く分からない、とつい思ってしまいます。ご主人様も同じ考えを持っていらっしゃるようで、人の中でも、若い方の考えてることが良く分からんと、ことあるごとにおっしゃられます。
 時計の世界も、人間の世界も同じなのでしょうね。

 この十年の間、実にいろんなことがありました。
 接待で呑めないお酒を呑んでおられるご主人様のお姿を見るのが、とてもつらく感じます。奥様とケンカされて、家を追い出されてしまったときもありました。それでも私には時を刻み、伝えることしかできません。せめて、時が過ぎることで、嫌なことやつらい事が、時と共に解決していってくれることをいつも願っております。

 それでもこうして、今でもご主人様のおそばにいさせてもらえることが、何よりも幸せに思います。
 これから先、いつまでお供させていただけるか分かりませんが、若い者にはまだまだ負けない気持ちで、これからもご主人様のお役に立てるよう、精一杯努めてまいります。

……次号はテレビです。


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