遺伝について


遺伝病とはいうけれど

血友病を含む先天性凝固異常は、確かに遺伝病です。兄弟ともに患者さんという方は実際いらっしゃいます。しかし、血友病でいいますと、その3〜4割程度は親に発現因子のない、突然変異によるものだとされています。つまり遺伝でない発現が3〜4割あるということです。遺伝でない発現がそれだけある病気に対し、遺伝病というレッテルを単純に貼ってしまっていいものかと思います。なぜこんなことにこだわるかというと、遺伝するということで、患者さんやそのご家族たちが差別や偏見に会われる例が多々あるからです。

血の差別

私の母の体験です。私がまだ物心つかぬころ、無フィブリノゲン血症と初めて診断されたときのことです。先天性凝固異常の疑いのある子どもが何人か集められ、新潟県長岡市の中央総合病院で当時新潟大学医学部付属病院におられた伊藤正一先生が診断をされました。そのとき私以外の子どもは血友病であったと聞いていますが、その診断が下ったとき、ある子どものお母さんは「離婚される」と泣いたそうです。昭和40年代前半、「家」概念が現在よりも色濃く残り、農家も多かったであろう新潟のある一地方都市でのお話です。私は農家の三男、末っ子として生まれましたが、これが長男、つまり一家の後継者の期待がかかる子で、しかも初産であったら、私の母親も同じように泣いていたかもしれません。ただ、血友病の場合に悲劇的なのは、男子に発症しても、その遺伝を負うのは女性つまり母親だけで、父親は遺伝に関与しないのです。このお母さんが泣いたのは「私のせいで血友病の子が生まれた」という自責の念からだったと思われます。家の方から見れば「この嫁のせいで病気の子ができた」ということになります。

エイズ治療に携わっておられる福岡県の開業医西村有史氏が、ご自分のWebページ「西村有史自家頁」「エイズ差別論序説  高校エイズ授業「エイズの時代を生きる」より」でエイズをめぐる3つのタブーを説いていらっしゃいます。そのタブーとは、セックスと血液と死についてのタブーです。エイズは「セックスと血液で伝染り、死に至る病だ」と見なされ、そのことで我々が避けたがっているタブーにふれることになるのだと。実は先天性凝固異常にも、ある程度かたちは変わるかもしれませんが、このタブーのうち、セックスと血液の2つが当てはまるのです。西村氏も説かれているとおり、凝固異常の患者が学校の入学を許されなかったりする例は昔あったといいますし、入学しても特殊学級に入れられそうになった体験を、私より年下の患者さんから聞いたこともあります。小さい患者の親御さんは「うちの子は幼稚園や保育所に受け入れてもらえるだろうか」と今でも心配されるようです。出血に慣れているはずの私でも、自分のからだから血が出て止まらないのはいつもたまらなくぞっとしますし、他人のからだから血が出ているのを見たときも同じです。こればかりは慣れようがありません。私は小さいころ、内出血の青あざが絶えませんでしたが、他の子どもに「どうしておまえはそんなにあざがあるのか」と言われて、どう答えていいかわかりませんでした。自分の病気のことはわかっているのです。ただそれを正直に告白してよいものか、いつもためらうのです。結局「身体が弱いので」とごまかしていました。私にも小さい頃からタブーがすでに擦り込まれていたことになります。

そしてセックスと血液のタブーは「遺伝」あるいは「血筋」などと名を変え、先天性凝固異常の患者とその家族を苦しめます。セックスの結果(つまり子孫)によって受け継がれる病気、しかも文字通りの血の病気というわけです。私はわざとショッキングな書き方をしましたが、患者さんと家族の方の精神的な痛みと、排除しようとする周囲の心の源はここにあります。

血友病患者の子どもは、血友病患者にはなりません。ただし孫の代で血友病患者が生まれる場合があります。しかしそれはあくまで場合、確率の問題であり、必ず生まれるわけではありません。血友病以外の凝固異常は、そのほとんどが、夫婦揃って発現因子を持たないかぎり、子に病気が遺伝することはありません。例えば私だと、妻にも同じ発現因子がないかぎり、遺伝することはないのです。もし妻が保因者だとしても、このときも異常の発現はあくまで場合によります。

遺伝のメカニズム

前置きがあまりに長くなりました。遺伝について説明しましょう。

すべての遺伝情報は私たちの細胞の核内の染色体にあります。そしてこの染色体の中に遺伝子といわれるものがあるわけです。染色体はひとつの細胞に23ペアつまり46個あります。ペアになる染色体の片方は父親から、もう片方は母親から受け継がれたものです。染色体の中にある遺伝子も父親と母親から仲良く半分づつ受け継ぐことになります。精子と卵子が結合して、私たちそれぞれの最初の細胞が生まれ、そのなかに父と母から片方づつをもらってきた23ペアの染色体があり、それが細胞の分裂とともにコピーされていくのです。染色体の23ペアのうち、22ペアは男性にも女性にも共通にある染色体で、常染色体といわれます。残る1ペアはその人の性別を決定する染色体です。X染色体といわれるもの同志2つがペアになると女性に、X染色体とY染色体がペアになると男性になります。

ここまでをまとめるとこういうことです。

私たちの体のすべての細胞が男性か女性のどちらかに決められているわけです。面白いですね。私は男性ですから、私の細胞のひとつづつに存在する染色体が全部常染色体22ペア+X染色体とY染色体の1ペアになっているわけです。染色体の中にある遺伝子が人間の遺伝情報の何を受け持っているかを解明しようというのが、ヒトゲノム計画といわれるプロジェクトです。なお、常染色体のうち、21番目の染色体がペアではなく、3個ある場合、そのひとはダウン症候群になります。

遺伝には4つの形態があり、このWebページで扱っている凝固異常はそれぞれ次の遺伝形態を持ちます。

このうち、凝固異常が持つ遺伝形態の優性遺伝、劣性遺伝、伴性劣性遺伝について述べます。伴性優性遺伝は優性遺伝と伴性劣性遺伝が理解できれば、おのずとわかると思います。

優性遺伝

優性遺伝 これは常染色体遺伝ですので、男性、女性ともに現れます。片方の親が、もう片方の親の遺伝子の特性を押さえつけるような遺伝子をもつ場合、その遺伝子を優性遺伝子といい、その遺伝形態を優性遺伝といいます。フォン・ヴィルブラント病のうち、タイプ1と呼ばれるものがこの遺伝形態をとるといわれます。左の図は男性の患者さんと女性の正常なひととの間に出る優性遺伝形態です。男性と女性で発症者を逆にしても同じです。一組の遺伝子の中に正常な遺伝子nをおさえつける問題のある優性遺伝子Dを両親のどちらかが持つ場合、その遺伝子Dが50%の確率で子に現れます。常染色体遺伝なので、子が男子でも女子でも50%の確率で遺伝します。また、子の兄や姉がすでに優性遺伝を受け継いでいても、その子が優性遺伝を受け継ぐ確率が50%であることは変わりありません。左の図では「発症」と記してありますが、病気の遺伝だけでなく、例えば「私の顔は母親似」といった場合、それは優性遺伝のことを指すことになるのでしょう。

劣性遺伝

劣性遺伝 同じく男性女性ともに現れる遺伝です。父親と母親が同じ特性の遺伝子を持つとき初めて子に現れ、そのような特性を持つ遺伝子を劣性遺伝子といい、その遺伝形態を劣性遺伝といいます。フォン・ヴィルブラント病のうちタイプ3、血友病以外の凝固因子欠乏症が劣性遺伝といわれています。左の図は、両親ともに問題のある劣性遺伝子rをもつ例です。両親はふたりとも正常な遺伝子Nをrとペアでもっているため、劣性遺伝子rの特性が出ない、つまり発症していない状態です。子どもが両親の劣性遺伝子rの両方ともを引き継いだとき、初めて発症し、その確率は25%です。子の兄や姉がすでに劣性遺伝を受け継いでいても、その子が劣性遺伝を受け継ぐ確率が25%であることは変わりありません。片方の親が同じ劣性遺伝子rを持たなかった場合は、保因者の子は生まれるかもしれませんが、発症者の子は生まれません。このため劣性遺伝病は、同じ祖先から劣性遺伝子を引き継いだものが夫婦になりやすい関係、例えば限られた家系で婚姻を繰り返した場合に起こりやすいといわれます。日本人を対象にしたいとこ婚と他人婚の比較報告によれば、他の異常にそれほど発生の違いがないのに関らず、劣性遺伝病の発生率だけがいとこ婚の方が他人婚の10倍以上も多いということです。私の場合も母方の実家が父方の実家と距離的にごく近く、遠い親戚関係にあったと聞いています。医師によれば、それが発症の理由であろうとのことです。しかし、私の場合、両親の実家同志が親戚といっても、母の話によると、何代か前の分家がいとこ同志という類いの錯綜した縁戚関係で、それが本当に私の発症に影響したのかは私自身やや疑問が残ります。
夫婦ともに同じ劣性遺伝子を持つことは少なく、どちらか一方が遺伝病を引き起こす劣性遺伝子を持っていても、もう一方は正常な遺伝子を持っているほうが大多数です。劣性遺伝病の患者さんが総じて非常に少ないという理由がわかります。何かの拍子の遺伝子異常か、よほどのピッタンコな(!)出会いがないかぎり、劣性遺伝は起きにくいのです。

伴性劣性遺伝

伴性劣性遺伝 血友病の遺伝形態です。先天性凝固異常で最も患者数の多いのが血友病なので、この遺伝形態を先に述べたほうがよかったのですが、説明しやすい順で一番後になってしまいました。これはX関連遺伝とも呼ばれ、基本的に男子だけに現れますが、その遺伝は女子が担うことになります。前の2者が常染色体による遺伝なのに対し、これは性染色体Xによる遺伝です。左の図は正常なXY染色体を持つ男性、そして正常なX染色体と病気を引き起こす遺伝子を持つX'染色体を持つ女性の例です。病気を引き起こすX'染色体の遺伝子は、正常なX染色体の遺伝子に補われるため、女子は発症しません。ところが男子の場合はX'染色体を補う遺伝子がY染色体に存在しないため、発症してしまうのです。母親がX'遺伝子を持つ(保因する)場合、その男子に発症します。確率的にいうと、男子か女子の生まれる確率が50%、発症する男子あるいは保因者の女子が生まれる確率がそのまた50%、つまり全体でいうと25%(1/4)になります。
では、例えば父親が血友病患者で、母親が保因していない場合はどうでしょうか。この場合、生まれてくる男子は病気を引き起こす父親のX'染色体を受け継がない(男子ですからY染色体を受け継ぎます)ので、血友病患者にはなりません。ところが生まれてくる女子は父親のX'染色体を受け継ぐので、全員が保因者となります。ですから、血友病患者の父親の孫の代で血友病患者が生まれる場合があります。この場合は左の図が適用されます。
女性に血友病患者が生まれる場合はあるでしょうか。女性の血友病患者が生まれるのは、X'X'染色体をもった場合です。父親が血友病患者(X'Y)で、母親が保因者(XX')である場合、懸念があります。このとき、女子血友病患者が生まれる確率が25%、保因者の女子が生まれる確率が25%、男子血友病患者が生まれる確率が25%、正常な男子が生まれる確率が25%ということになります。ただ、女性の血友病患者は男性の患者に比べると本当にまれにしかいないのです。ですのでこのようなケースは現実問題としては無視してもよい程度といえます。
なお、伴性劣性遺伝病においては、(常染色体)劣性遺伝病と異なり、夫婦の家系の縁戚関係の遠近はその発生率に全く影響を及ぼしません。

確定保因者と推定保因者

凝固異常の患者さんが生まれた原因や、その家族に今後も同じ患者さんが出てくる可能性を判断したりするために、遺伝的な診断が行われます。患者でなくてもその遺伝子に患者を生む因子を持っている人を確定保因者、患者を生む因子を持っている可能性がある人を推定保因者といいます。

血友病の場合、確定保因者は、

推定保因者は次の人です。

血友病患者の子どもさんが一人生まれただけで、そのお母さんを血友病の保因者と判断するのは大きな間違いです。突発的な遺伝子変異が起こった確率が大いにあります。

この考えを血友病以外の劣性遺伝の凝固異常に適用するなら、確定保因者は、2人以上の凝固異常の患児を持つ父親と母親だけです。私の場合、同じ病気を持つ兄弟(姉妹)がいませんから、私の両親は推定保因者になります。私の二人の兄も推定保因者、私に子どもができても推定保因者にとどまります。

血友病には保因者診断もある

血友病はその発現に関連する遺伝子が確定しており、また患者数も比較的多く需要もあることから、保因者診断も行われています。これは凝固学的検査や遺伝子診断を組み合わせて行われます。ただし、この信頼性は約90%といわれ、100%の信頼を得るまでには至っていません。複数回の診断と家系の検証が精密さの向上には不可欠となります。その他の凝固異常は保因者診断は行われていない状態です。まず発現に関連する遺伝子が確定されていません。もし将来確定したとしても、患者数の少なさから、血友病のような保因者診断の実施は無理と思われます。凝固異常の患者や限られた親族に対して、純粋に学問的な実験の範疇で行われるのがたぶん精いっぱいでしょう。


本項の参考文献

本項を記すに当たり、次の文献を参考としました。

  1. 小児慢性特定疾患治療マニュアル(診断と治療社刊)
  2. 血友病教育プログラム改訂第4版(日本赤十字社 非売品)
  3. 田中克己著「遺伝学からみたインセスト・タブー」『現代思想臨時増刊第6巻第6号 総特集=近親相姦』に収録(青土社)
  4. ママとパパのための遺伝相談(日本評論社刊)

この中で、特に4.はお父さんお母さんとなる方々の必読の書として広くお奨めしたいと思います。遺伝病の発生、染色体異常、高齢者出産のリスク、出生前診断と診断結果の受け止め方などについて、広く一般向けに書かれた日本語の書物を、寡聞にしてこれ以外私は知りません。かわいい絵入りで非常にやさしく説明してあります。原著者2名のうち1名は出生前診断の専門家ですが、出生前診断の危険性などについてもきちんと言及されています。障害児を生まないためのマニュアル本になっていないのが大変よいところです。この本はアメリカで書かれたものの翻訳ですが、なぜこうした分野の一般向けの平易な書物が日本の医師達によって書かれないのか、理由はいろいろありましょうが、日本の医学を取り巻く状況のゆがみを何となく感じます。

最後に

いうまでもないことですが、この項は遺伝病といわれるものへの差別と偏見を少しでもなくせればという願いのもと、そのために必要なのは、まず知識を得ることだと思って拙いながらも書いています。遺伝病だからといって、特定の人しか発病しない病気ではありません。誰もがある程度のリスクを持っているのです。


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