福音とは・・福音によって立つ


 クリスチャンに、福音とは何かと問うたなら・・・。

 クリスチャンは、福音によって支えられ立っていると、

 福音は、すべてのものの土台になっていると、

 人生は、福音という土台によって支えられていると。

 すなわち、福音によって救われていると・・・。

 そのように答えることができるでしょうか。

 つまり、イエス・キリストは、

 聖書・バイブルが預言し、また示したように、

 私たちの罪のために死なれたこと、

 そして葬られ、聖書の預言に従って三日の後によみがえられたということ・・・・。

 クリスチャンは、その出来事を受け入れ、

 それによって立っていると・・・・答えることができるでしょうか。

 イエス・キリストは死人のうちから復活されたと・・・。

 もしも、イエス・キリストが復活しなかったなら、

 クリスチャンの信仰はむなしいものになります。

 また、今もなお、自分の罪の中にさ迷い続けていることになるでしょう。

 福音によって支えられ立てられるとは、

 過去のことなど思い悩む必要などなくなり、

 未来を神の手にゆだねて生きていくことなのです。

 なんだか消極的なことのように聞こえますが。

 イエス・キリストの死と葬りと復活という出来事の中に、

 私たちが暮らしの中でくりかえされる、

 苦しみや、悲しみや、怒りや、争いや、思い煩いや・・・・、

 さまざまなネガティブなことがらを、

 それらすべてを死にわたすことなのです。

 キリストに信頼するということは、

 私たちの目の前にある問題がもっとも大事なことではなく、

 実は、本当に大切なものは、

 別にあるのだということを見出したからではありませんか。

 私たちの罪とは・・・・・。

 交通違反とか法律違反とか犯罪とかルールに反したとか、

 倫理に反したとか・・・・そのような罪のことを言っているのではありません。

 もっと根の深いもの、それらの過ちを引き起こさせている、

 そもそもの原因のことを言っているのです。

 生まれながらに負っている罪深さのことをいっているのです。

 その罪のためにイエス・キリストは死なれたのです。

 イエス・キリストを信仰するということは、

 生まれながらに負っている罪深さを死にわたし、

 つまり、古い自分から新しい自分へと移り変わるために、

 イエス・キリストに聞き従うということなのです。

 クリスチャン信仰とは、

 イエス・キリストによる新しい価値観と生き方を身につけたのです。

 古きは過ぎ去り、すべてが新しくなったのです。


 「だれでもキリストにあるならば、

 その人は新しく造られた者である。

 古いものは過ぎ去った、

 見よ、すべてが新しくなったのである。」

 (新約聖書・コリントの信徒への第2の手紙・5章17節・口語訳聖書)


 罪の中を歩んでいる状態こそ死の状態です。

 そこから抜け出し、新しい生を新しい命を手にする・・・。

 それこそが復活なのです。

 今までを肯定し、またそれを求めるのなら、

 また求め続けるのなら、

 それは、

 今もなお、自分の罪の中にさ迷い続けていることになるのです。



北白川 スー

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Wrote up: 08 February 2010.