信仰は情熱を生み出す


 3人に1人がクリスチャンとなったおとなりの韓国や、

 クリスチャン人口が1億人をはるかに超えた、

 経済成長めざましい中国や、

 これから経済の成長が見込まれ、

 今まさしく始まりが明らかな、

 東南アジア諸国やインドなどでは、

 経済の成長と歩みを同じくしてキリスト教の広がりが見られます。

 本来ならば聖書的なのですが、

 日本のキリスト教界では見られない特徴として、

 ”信仰は情熱を生み出す ”と言える信仰者の心の姿勢があります。

 キリストへの信仰は、

 信仰による生活態度は、

 世の楽しみとは正反対な情熱を目指すものなのです。

 不品行や不道徳は避けますし、

 労働やビジネスにあっては、

 不正に走らず真面目で、勤勉をモットーとします。

 難しく言えば、

 非現世的であり、この世的ではなく、

 この世の楽しみを求めるのでなく、

 暴利や風俗やアルコールやタバコは避け・・、

 つまり禁欲的であり、

 信仰に熱心ということは、

 経済的に、経営的に言えば、

 合理主義を目指すものになるのです。

 結果的に、経営は拡大し、経済は成長するのです。

 社会の不品行や不道徳には流されず、

 神の言葉・価値観によって整えられた、

 まっすぐな生活を、生き方をすることができるのです。

 信仰とは、迷信で非合理的なものだと日本では考えますが、

 日本の社会こそ、

 合理的なテクノロジーで非合理的な産品を作っている社会です。

 社会の骨となり肉となる物を作ることを、

 どこかに置き忘れてきた現代日本なのです。

 JRの非合理的な、非人間的な日勤教育によって、

 合理性を必要とする運転乗務員を教育しようなどと・・・、

 日勤教育によって人間的な理性が育つとでも言いたいのでしょうか。

 運転勤務から外された乗務員の心には、

 多くの命を預かるJR職員としての誇りをずたずたにされた傷が残るだけ・・・。

 どこかちぐはぐなのです。

 JRこそキリスト教の信仰を導入すべきではないかと・・・。


 「 聖書はすべて神の霊の導きの下に書かれ、

 人を教え、戒め、誤りを正し、

 義に導く訓練をするうえに有益です。

 こうして、神に仕える人は、

 どのような善い業をも行うことができるように、

 十分に整えられるのです。」

 (新約聖書・テモテへのパウロの第2の手紙・3章16〜17節・新共同訳聖書)


北白川 スー

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Wrote up on 16 August 2011.