吉田恵利子の体験記 「フィンランドに蚊はいるの?」    吉田恵利子

 今は昔、ふた昔前のこと。当時、私たちの教会の近くに書店があり、その店内にカラーコピー機が置いて ありました。

 読書の好きな私にとって、書店が近くにあることは嬉しいことでした。教会のポスターを作る等のために 足しげく書店に通い、カラーコピー機を使うのでした。今のように家庭にプリンターがない時代でした。

 その頃、カラーコピー機が置いてあるCD コーナーでアルバイトをしている賢そうな大学生がいました。 コピーの合間に話をするようになりましたが、ある日その学生はフィンランドに興味があるらしく、そのこ とが話題になりました。そこで自分たちの教会がフィンランドからの宣教師によって開拓されたことから始 まり、フィンランドの美しい風景の話で盛り上がりました。アルバイト学生の頭の中と私の頭の中は、美し いフィンランドの風景で覆われていました。ひとつのことに話が及ぶまでは、です。その時私は一度もフィ ンランドに行ったことがなく、宣教師の先生から見せていただいた数々の写真とお話によって美しいフィン ランドの情景を思い描いていたのです。その学生はこう言ったのです。「……でもフィンランドの夏は、蚊 がいっぱいいるんですよね!」湖が沢山あって、水のあるところには蚊がでる! 美しい夢の国の幻想が、 突然現実の世界に引き戻されました。

 尊敬する宣教師の母国は美しいはずなのに。蚊のことなど考えたこともなかった。私の頭の中は混乱し始 めました。あの困った昆虫、大嫌いな虫「蚊」に刺されて困ること、ブーンと言って襲ってくる! 日本の 暑い夏に出没する蚊。涼しい夏、北の国、美しいフィンランドに蚊などいるはずがない。第一、フィンラン ドの宣教師から一度もフィンランドに蚊がいるなどということを聞いたことがなかった。私の頭の中でぐる ぐるとかけ巡る。私はアルバイトの学生に、寒い北国の夏で、私は蚊のことは聞いた ことがなかったので、「フィンランドに蚊はいないと思います。」と言ったのです。

 教会に戻り宣教師に尋ねました。「フィンランドには蚊がいると言われたのです が、蚊はいませんよね!」すると「はい、たくさんいますよ。夏 は北のラップランドにもたくさん蚊が出ます。」スーッと私の夢のメルヘンの世界は消え去って行きまし た。やはり、森と湖の国フィンランドには、蚊もたくさんいるのでした。

 後日、私はアルバイトの学生に、その話を伝えて謝りました。そして、二人で大笑いしたのでした。

 その後実際にフィンランドを訪問させていただきましたが、そこは宣教の愛に溢れた美しい国でした。森 と湖、美しい自然。白樺の木、かわいい「ネコのベル」という花や、「リンネ草」がさわやかな風になびいて いました。

 TV やネットで様々な国や場所が紹介され、画面を通して行ったことのない場所を見ることができます。 エアコンのきいたリビングルームでソファーに座ってそこに行った気分に浸ることができます。しかし、そ の場の空気感、湿度、香りや匂いは、そこに行かないと知ることができない貴重なものです。


ニュースレター「グレイト・コミッション・第95号」  2022年11月14日・発行

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