福音とは何か、救いとは何か


 幾度となく考えてみなくては、問うてみなければならないテーマです。

 福音とは、いったい何のことでしょうか。

 経済的な豊かさを得ることでしょうか。

 病気からの回復や、健康のことでしょうか。

 おだやかな人間関係のことでしょうか。

 残念ながら、それは違います。

 多くの人は、それらを宗教に求めたりします。

 キリスト教であっても例外ではありません。

 教会に、キリスト教にそれらを求めて来られるケースは多々あります。

 しかし福音とは、そのようなことではないのです。

 では、何からの救いなのでしょうか。

 経済的な困難からでしょうか。

 病苦からでしょうか。

 人間関係の不和からでしょうか。

 福音とは、そして福音による救いとは・・・・。

 それは、この世界を作られた創造主なる ”神との和解 ”そのものなのです。

 神との和解こそ福音の中味であり本質なのです。

 私たちは救い出されなければなりません。

 解き放たれなければなりません。

 それほど私たちは、抜け出しがたい困窮の中に存在しているのです。

 貧しく満たされず迷いの中にあるのです。

 神のひとり子イエス・キリストが人としてこの世界に来られたということは、

 この世界は神の目からみて堕落していることをあらわしています。

 その原因は、

 人間の始祖であるアダムが、創造主なる神に背いて以来・・。

 私たち人間は、創造主との関係を断たれ、

 神に背を向け、神から遠いところにいるからなのです。

 私たちは、さ迷い続けているのです。

 それが現実の私たちの姿そのものなのです。

 私たちの思い、言葉、行為行動・・・、

 どれをとっても、神に反し背き続けているのです。

 その状態から回復するには、

 私たちを造られた創造主なる神との和解しか方法はありません。

 その和解の出来事こそ、

 イエス・キリストの十字架の死による贖い (あがない) の出来事なのです。

 その出来事を自分自身のこととして受け止めること、

 それが信仰なのです。

 その信仰によってこそ、神との和解ということが、

 私たちに、あてはめられ、そのように扱われるのです。


 「しかし今では、御子はその肉のからだにより、

 その死をとおして、あなたがたを神と和解させ、

 あなたがたを聖なる、傷のない、責められるところのない者として、

 みまえに立たせて下さったのである。」

 (新約聖書・コロサイの信徒への手紙・1章22節・口語訳聖書)


北白川 スー

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Wrote up: 23 January 2010.